2022年04月22日

「霊的な目的」と「納得」

人間が持つ「最もパワフルな能力」の一つが、
論理的思考力。
  
  
その論理的思考力を鍛え上げた末、
  
「論理的思考力が全く役に立たない世界」  
に放り込まれてしまった訳で、
  
最も信頼に足る思索の基盤と考えていた「自然法則」すら、
捻じ曲げられるシミュレーテッド・リアリティ。
  
  
論理的な分析も、予測も、何も当てにならない。
  
  
これはつまり、人間として生まれてきたけど、
「人間として生きること」を止めざるを得ない。
  
  
周りが「論理的思考が吹っ飛んでいるNPC」で溢れようとも、
  
自分だけは「人間らしさ(人間らしい思考、基準)」を
保ち続けようとしてきた。
  
  
でも、自分の体験を省みると、
  
そもそも、自分は「人間らしい幸福や達成」を目的として、
生まれてきていないと思わざるを得ない。
  
  
自分を成長させて、経済活動して、
社会や他人に貢献して、子供を立派に教育して、
  
「自分と他者(社会)の物心両面の幸福」を追求する。
  
  
それが、人間らしい「人生の目標の一つ」だと思うけど、
  
どうも、自分が生まれ、生かされているのは
そういう目的の為では無いらしい。
    
  
別の、【 何か「霊的な目的」がある 】と思わざるを得ない。
  
  
世俗に対する執着や目的を捨てて、
「個人の霊的な目的」の為に身を費やす、委ねるなんて、
  
まるで釈迦みたいな、「出家するお坊さん」みたい。
  
  
やりたくも無いのに、
【 坊さんみたいな人生 】を強要されている感じか。
  
  
「精神や霊的な成長に好奇心」を持っていた時期もあるし、
その気持ちもわかるけど、もうそれは卒業したんだよな。
  
  
人間にとって、「幸福」よりも重要なのは、
  
【 納得 】なんだよね。
  
   
ホームレスだって、自分がその境遇に納得してりゃ、
それほど不幸な気持ちにはならない。
  
  
苦しい境遇であっても、
  
自分は「過去の罪を償うためにその辛苦を背負う」と
本人の意思で決めているなら、耐えていける。
  
  
命を懸けた勝負であっても、その結果で死ぬとしても、
本人が納得しているならば、「不幸な最期」とは言えない。
  
  
  
だから、精神にとって重要なのは、
「周囲の環境や境遇の質」じゃなくて、
  
【 本人が(論理的に)納得しているかどうか? 】
  
  
全員が「金持ち」にはなれないし、(経済活動は競争だから)
全員が幸福にはならないかも知れないけど、(事故、事件はゼロにはならない)
  
【 全員が自分の「境遇・判断・結果」に納得できる世界 】に住みたい。
  
 
私だって、自分の境遇に「納得」できるなら、
「感じる辛さ」は大幅に軽減できるだろう。 
  
  
納得できないからこその、苦痛。
  
  
幸福よりも重要なのは「(論理的な)納得」であり、
  
「納得」こそが、最も健全な精神状態。


mixiチェック

haxe501 at 18:26│clip!