2020年11月12日

美術活動の意義

今日は、村上隆さんの本を買って読んだんだけど、
これまた非常に勉強になった。
  
  
私の美術に対する考察や分析が、
ある程度正しかったと思えましたが、
  
「そもそも、私が美術活動を行う意味はあるのか?」
  
という事を考えさせられました。
  
  
正直、私にはいろんな事ができます。
  
その中で、「最もお金を稼げるビジネスは美術なのか?」
と言われれば、明らかに違います。
  
  
ならば、「お金以外の目的」が無ければ、
私が美術活動をやる価値がない。
  
  
音楽もそうだけど、
一時期に流行って、忘れられていく音楽もあれば、
  
様々な人々にカバー・演奏され、
「世代を超えて語り継がれていく名曲」もあります。
  
  
本当に価値のある芸術作品の定義とは、
  
きっと、何十年後、何百年後にも美術館に飾られて、
「未来の大衆」が見たいと思う様なモノ。
  
だと思うんですね。
  
  
現代アートの作品も玉石混淆であって、
「歴史のふるい」に掛けられなければ、
  
本当に価値がある作品なのかどうか?はわかりません。
  
  
要は、「未来の大衆にも感情やインスピレーションを与える」のが、
優れた芸術作品の定義だと思う訳です。
  
  
私に、そんなものを作りたいモチベーションがあるかどうか?
 
と言われたら、微妙です。
  
  
私は無駄が大嫌いな「効率」と「実利」で物事を考える、
超合理主義の人間です。
    
  
美術だって、「海外の美術好きの金持ち」に対して、
「波動の存在や価値を認めさせる為」ならば、
  
やる価値はあると思いました。
  
  
まぁ、可能性のひとつですね。
  
  
でも、「新型コロナ」を解決できちゃう方が、
よっぽどインパクト強いですし、お金にもなります。
  
私の目的には、そっちの方が適っています。
  
  
ここ最近に美術を勉強したのも、
「アートビジネスの仕組みを理解したかった」という動機です。
  
  
私自身が有名になれば、
私が何か作品を作れば、それに高値が付くと思いますけど、
  
・有名になってから、美術をやるか?
・美術活動を通して、有名になるか?
  
と言われれば、
「有名になってから美術に取り組む方」が効率的です。
  
  
ただ、美術界について学んでみると、
  
「こういう作品を作ったらウケるんじゃないか?」
という仮説は思いつくので、
  
その仮説を試してみたいという意味で、
作品を作ることはあるかも知れません。
  
  
本来、私は絵や美術作品にさほど興味がない人間ですからね。
  
美術に関する「ビジネス」や「人々の価値観」の方に興味があります。
  
  
でも、波動を込める技術で、
「観客に感情やインスピレーションを与えること」は可能です。
  
  
まぁ、「波動の存在」が一般的になれば、
「作品としての意味」が薄まるかも知れませんが、
  
歴史的価値としては、価値が残る様な気もします。
  
  
芸術作品の真の価値を決めるのは、未来の人々。
  
現代に生きる人々には、知る由もない。
  
  
儲けたいと思うのであれば、
  
「現代の人々」に喜ばれる様な、
お金になる事を考えながらやるしかありません。    
  
  
それを両立するにはどうすれば良いのか?
美術家として生きる人には、悩ましい部分だと思います。
  
  
そしてそれ(美術家たちの苦悩、試行錯誤)こそが、
美術史でもある訳ですね。


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