2019年11月09日

愛の定義

仕事の事も考えますが、
ここ数日は、「愛」について考えていました。
  
  
「愛とはなんぞや?」って、
  
その答えは私の中でとっくの昔に出ていて、
  
私の結論は、【 何かを大切に思う気持ち 】です。
  
  
その「思いの強さ」に強弱はあれど、
大切に思う気持ちは、全てが「愛」と言えます。
  
  
例えば、前回の記事で、日本企業の発明品で、
アフリカの人々の命が救われるって話がありましたけど、
  
純粋に、素晴らしいと思ったし、良かったなと思います。
  
  
これは、言い換えると、
  
私が「アフリカの人々に対して愛を感じている、愛している」
という事です。
  
  
まぁ、大それたことでも無くて、
そんな人は世の中にいっぱいいるんですよ。
    
見知らぬ誰かの為に、
「寄付したり、募金したりする人」がね。
  
  
まぁ、私から言わせれば、
  
お金は【 使い方 】が一番大事だから、
ただカネを出すだけじゃダメなんですけどね。
  
お金っていうのは、ちゃんと結果に繋がるように、
頭の良い奴が使わなきゃ、意味が無いのです。
  
  
まぁ、それは別にしても、
寄付や募金をしようと思う気持ちは、紛れもなく「愛」です。
  
  
  
何かを愛することは、自覚しやすいです。
  
自分の内側から湧いてくる想いだから。
  
  
でも、愛されている事は自覚しにくい。
  
自分とは別の、【 他人の想い 】だから。
  
  
確信が持ちにくい。
  
  
人は誰しも、愛を求めているし、
愛されたいと望んでいます。
  
  
なのに、他人から愛されている事を感じられない。
  
  
人が、愛されていることを自覚できるようになったら、
  
この世の不幸の多くは消えていくんですけどね。
  
  
じゃあ、なぜ人は「他者の愛」を感じられないのか?
  
  
それは、【 愛とはこういうモノだ! 】
  
という、「愛の定義」を勘違いしているからです。
  
  
愛とは、「何かを大切に思う気持ち」です。
  
  
でも、多くの人は、「他人の気持ち」じゃなくて、
  
【 他人の「行動」や「振る舞い」】を見ているのです。
  
  
例えば、多くの日本人は、
  
【 愛とは「優しさ」だ 】と勘違いしています。
  
  
そういう風に勘違いしている人は、
  
【 相手を大切に思うからこそ、長い目で見て困らない様に厳しくする 】
  
という事が理解できません。
  
  
実際、厳しい人生を生き抜く為には、厳しさが必要です。
  
  
私は両親から、多くの優しさと、厳しさを受け取りました。
  
「厳しく育ててくれた事」にも感謝しています。
  
  
でも、愛を「大切に思う気持ち」ではなく、
「優しさ」だと勘違いしている人は、
  
「厳しい愛」を愛だと思えません。
  
  
だから、愛されている事を感じられません。
  
  
優しさは、「短期的な幸せ」に繋がる愛で、
厳しさは、「長期的な幸せ」に繋がる愛です。
  
短期の愛(優しさ)ばかり評価して、
長期の愛(厳しさ)を評価しないとなると、
  
その人は、甘えた人間になり、
  
甘えた人間は、仕事もできない、責任も果たせない、
周囲の人々から見放され、見捨てられる運命です。
  
  
そうならない様に、厳しさが必要なのです。
  
  
愛とは、「優しさ」でもなければ、
特定の「振る舞い」や「行動」でもありません。
  
  
何かを大切に思う気持ち、【 あらゆる想いの源 】です。
  
  
【「愛とは何か?」という正確な定義(本質) 】が理解できれば、
  
自分が愛されている事を感じられるようになります。
  
  
要は、いつも言っている様に【 真実 】ですよ。
  
  
・「人生は厳しい」という真実
・「厳しさが必要だ」という真実
・「厳しさも愛である」という真実
  
真実(客観的事実)を理解すれば、
人の思考や感情はバランスが取れて、幸福に向かうのです。
  
  
真実こそ、快適と幸福への切符なのです。
  
  
ガリレオは、地動説を唱えましたが、
  
地動説を理解したからこそ、
人々は飛行機やロケットを飛ばせているのです。
  
  
人類が、電気のメカニズムという真実を理解したから、
人々は、便利な家電製品の恩恵を受けているのです。
  
  
【 真実の解明と理解 】こそが、文明発展のコアなのです。
  
  
だから、私は「間違った情報を広める輩」が、
クソムカつく訳ですね。
  
  
人々を「不幸の道」に導いている訳だから、
  
非常に罪深いです。
  
   
「間違った情報」を広める人間は、
本人が自覚していなくても、罪深いのです。
  
  
そういう意味で、現代は【 罪深い人間だらけ 】ですね。
  
  
真実を伝えようとするのは、私の抱く「人類愛」です。
  
  
「愛されていること」を感じるには、
  
【 愛の定義を正確に理解すること 】です。
  
  
愛とは、特定の「行動」や「振る舞い」ではありません。
  
  
例えば、昔の日本の和尚さんが、
「自分の血を吸う蚊を殺さなかった」という話があって、
  
その「命を尊ぶ気持ち」や「器の大きさ」が、
美談として語り継がれていますが、
  
  
一方でアフリカでは、その蚊を媒介としたマラリアで、
非常に多くの人々が死んでいるのです。
  
  
そんな背景があったとしても、
「蚊を殺さないこと」が、美談になりますか?(笑)
  
  
蚊を殺さない優しい気持ちが、愛になりますか?(笑)
  
蚊のせいで子供たちがいっぱい死んでるのに?
  
  
多角的に考えてみれば、
愛の本質についてなど、誰も何も理解していないのです。
  
  
「何かを愛すること」よりも、
「誰かから愛されていることを感じること」の方が難しいのです。
  
  
それは言い換えると、
自分の愛ではなく、【 他人を愛を理解する事 】です。
  
  
他人の立場に立って、他人の想いをイメージする。
  
それは、「視野の広さ」や「空気を読む力」とも言えます。
  
  
精神的に成長することで、
様々な「他人の愛」を理解できるようになります。
  
  
人は誰しも、「愛されたい」と望んでいます。
  
  
でも、実際に重要なのは、愛されること自体ではなく、
  
【 他人の愛を理解すること 】です。
  
  
「他人の愛」を理解すれば、
愛されている事を感じられるようになるからです。
  
  
でも、「他人の愛など理解したくない」という人は、
  
一生孤独でしょうね。
  
  
まぁ、その選択は個々の自由ですけど。
  
  
まず、愛を感じたければ、
  
自分の考える「愛の定義」をぶっ壊す事です。
  
  
お互い仲良しとか、ラブラブな感じが愛だとか、
  
そんなのだけが、愛じゃないという事です。
  
  
別にベタベタしていなくても、
  
固い絆・信頼関係で結ばれる関係は存在しています。
  
  
「優しさ」だけしか認めないという人は、
  
目先の感情だけを追い求め、
年老いて行く過程で、長期的には下降していく人生です。
  
  
お互いに自分に厳しく、自立している関係だからこそ、
ずっと仲良くしていられるのです。
  
  
「固い絆」には、自他に対する厳しさが必要なのです。


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