2019年08月14日

「矛盾の察知」と「違和感」

私は矛盾に対する感度がすこぶる高い。
  
これは、生まれ持ってそうだと思う。
  
小学生の頃から、そういう感覚は非常に強かった。
  
これだけは、生まれつきの才能で、
他の人にはそうそう備わっていない。
  
  
例えば、音楽を聞くときに、
多少音程がズレていても気にならない人もいる。
  
でも、めちゃくちゃ気になる人もいる。

それと同じ。
  
  
私は、矛盾に関しては、
普通の人が気付かない小さなレベルでも敏感に気付いてしまう。
  
それは、「違和感」という形で感じる。
  
そして、その「矛盾を感じる違和感」を解き明かしたくて、
一生懸命、論理的に考える。
  
  
そして考え抜いて「矛盾の原因」を見つけ、
「筋の通った解説」を編み出したとき、
  
違和感が解消されるときに、スッキリとした快感がある。
  
  
それをやりまくってるから、論理的思考も鍛えられる。
  
  
何度も言うが、人間は感じるからこそ考える。
  
感じなければ、決して考えない。
  
とにもかくにも、【 感じる方が先 】なんだ。
  
  
つまり、私は筋が通っている事に「調和」を感じ、
筋が通っていない事に「違和感」を感じる。
  
音楽と一緒。
  
ハーモニーに対する感度だよ。
  
  
じゃあ、音楽にしても、矛盾にしても、
なぜ生まれつき感度が高い人、低い人がいるのか?
  
それは、「波動」と「波動を感じる意識」の世界の話だろうな。
  
  
私は、「調和した状態、全体が噛み合った状態」
を感じることができ、理解できるから、
  
社会の「非効率」や「矛盾」にも感度が高い訳だし、
逆に、「目指すべき理想的な状態」も明確にイメージできる。
  
  
つまり私は、
  
生まれつき、ポジティブな状態とネガティブな状態の違いを
明確に感じられる訳だ。
  
これだけは、「特殊な才能」だと思う。
  
でも、その事に気付いたのはごく最近。
  
自分の才能なんて、
徹底的に他人と比較しなきゃ分かんないから。
  
    
それ(矛盾に対する感度)以外は、
だいたい「不断の努力」で身につけてる。
  
まさに、1%の才能と、99%の努力だ。


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