2019年08月07日

「科学的解明」と「怪しさ」

ワインの話を聞いていると、
  
「なぜ、こんな風になるのか? 科学的に解明されていない」
 
という話がちょいちょい出てくる。
  
  
科学的に解明されてなくても、
そうすれば「美味しいワインが出来る」って事だから、
  
その方法を採用しているのだとか。
  
  
まぁ、俺も一緒。
  
  
理屈がわからなくても、使えるモノは使う。
  
  
【 結果や効果の検証 】はシビアにやるけど、
  
「因果関係がブラックボックス」でも、使えるなら使う。
  
  
  
なぜ、波動アートを組み合わせると、
相乗効果が生まれるのか?はわからない。
  
  
でも、威力が凄くなるから使う。
    
  
解明なんて後だよ。
  
  
味噌、醤油、酒、ヨーグルトなどの「発酵食品」なんて、
細菌について知られていない古い時代からある。
  
  
なんでそうなるか?はわからなくても、
  
「実用的だからそうする、実用的だから使う」って話。  
  
  
もし、科学的に解明されたところで、
その道のプロでもないと理解できないよ。
  
  
素人は、説明を聞いたってちんぷんかんぷん。
  
  
なぜ、アルコールで除菌できるのか、説明できる?
  
説明できないけど、使ってるんでしょ?
  
理解できてないけど、使ってるんでしょ?
  
  
世の中、そういうモンだよ。
  
  
【 科学的に解明されてないと怪しい 】というなら、
  
発酵のメカニズムを自分が理解するまで、発酵食品を食うなよ。
  
  
【「怪しい」と思う本質 】は、科学的解明うんぬんじゃなくて、
  
【 大多数が支持しているか、認めているか 】だろ?
  
  
「教えの内容」が科学的解明されてなくても、
  
神道や仏教やキリスト教の存在は、別に怪しく感じないんだから。
  
  
判断基準を多数派に依存していて、
【 自分自身の判断力の乏しさ 】を露呈しているようなモンだ。
  
  
そして、【「多数派を盲信」する判断基準 】の方が、
  
科学的というより、宗教的だ。


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