2019年08月03日

科学のはなし

「例外のない百発百中」=「自然法則」=「科学」
  
  
今日は、かいじゅんに対して、
  
【 どうして「うちわ」で扇ぐと涼しくなると思う? 】
って話から、
  
  
気化熱、結露、湿度、沸点、気圧…、
  
それらに絡む話をした。
  
  
・なぜ、「冬場の窓」や「冷えたグラス」には水滴が付くのか?
・なぜ、湿度が高いと暑く感じるのか?
  
  
これらには理由があって、当然ながら科学。
  
しかも、「小中学校の理科」で習うレベルの初歩。
  
  
  
水は100℃で沸騰する。
  
誰でも知っている事。
  
  
「水が沸騰するときの温度は、いつでも100℃で一定だ!」
  
と教える人がいたとしよう。
  
  
でも、別の人から、
  
「富士山の頂上で沸騰させたら、80℃台だったよ? なんで?」
と突っ込んで質問された。
  
  
ここで、科学を理解している人間は、
  
「気圧が下がると沸点が下がる」という事を瞬時に教えられる。
  
  
でも、経験則で語っている人間は、
  
そういう「例外の話」に弱い。
  
  
経験則で語る人間は、
メカニズムを理解している訳じゃないから。
  
  
たまたま自分が沸騰した水の温度を計ってきたら、
「100℃だった場合が多い」というだけ。
    
  
「80℃台? なんでだろうね? わかりません。」 で終わる。
  
  
これが、「経験則」と「自然法則(科学)」の
  
【 格の違い 】だ。
  
  
  
うちわで涼しくなる理由を、
  
「経験則」で語る人間と、「気化熱の観点」から話せる人間。
  
  
それが、「私の語る心理」と「他の心理」との差。
  
  
「科学(自然法則)」に基づかない教えは、
  
【 全てが曖昧であやふやな経験則 】に過ぎない。
  
  
釈迦の教えも、キリストの教えも、
  
所詮は「経験則」でしかない。
  
  
「人類を知性」を引き上げるのは、
  
科学(自然法則の理解)しかない。
  
  
そして、私は誰よりも
科学的態度(例外と妥協を許さない)にシビアな科学者だという事。


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