2018年11月11日

物理学史と哲学史の比較

昨晩は、下記の動画4本を一気に視聴していました。
  
NHKスペシャル 神の数式 完全版
1.https://www.youtube.com/watch?v=HG7BYsJ3U8o
2.https://www.youtube.com/watch?v=zxodb133rbQ
3.https://www.youtube.com/watch?v=DvyAB8yTSjs
4.https://www.youtube.com/watch?v=uh-tkJMpxvA
  
動画の尺が実際より30分ほど長くなっていますが、
番組は1話が1時間程度です。
  
  
内容は主に、「素粒子の法則」と「相対性理論」を、
同時に矛盾なく説明できる
  
【 超弦理論(超ひも理論)】に辿り着くまでの、
「理論物理学の歴史」が描かれています。
  
  
超弦理論は、「多元宇宙論」の説得力を支える、
一本の支柱になっていることは、
  
先日紹介した海外ドキュメンタリーでも説明されていましたね。
(※ 26分頃から)
  
  
これまで紹介してきたドキュメンタリー番組を一通り見てもらえば、
  
「物理学史」や「物理学者の視点」というのが、
ざっくりとご理解いただけると思います。
  
  
理論物理学者とは、
【 数式を用いてあらゆる物理現象を説明したい人々 】なのです。
  
  
なぜ数式なのでしょうか?
  
  
数式を使えば、
  
その理論が「矛盾・破綻しているかどうか?」
それとも、「筋が通っているかどうか?」
  
が、客観的にも一目瞭然だからです。
  
  
スティーブン・ホーキング博士は、
超弦理論に対して否定的でしたが、
  
超弦理論の正当性がわかってくると、
自分が間違っていたと、己の間違いを認めました。
    
  
数式とは、誰の主張が間違っていて、誰の主張が正しいのか?
  
客観的な立場から明らかにしてくれるツールなのです。
   
  
明らかになった数式の「正しさ」や「間違い」は、
どちらにしても、誰もが認めざるを得ないのです。
  
  
数式は、【 矛盾を潰す 】という目的に対して、
  
最大の威力を発揮するツールです。
  
  
理論物理学者と私の持つ性質は、
  
【 あらゆる矛盾を潰したい 】
【 全てを矛盾なく説明したい 】
  
という部分で、完全に一致しています。
  
  
ただ、私に与えられたのは、【 数学の才能 】ではなく、
  
【 言語と概念の才能 】です。
  
  
私は人が放つ「言葉の意味…」つまりは【 概念 】を、
  
ある意味で、数式のように捉えているわけです。
  
  
私は、人の語る概念が矛盾していると、
【 強烈な違和感 】を感じるのです。 
  
  
数学者が、難解な数式を見たとしても、
「この数式は何となく間違っていそうだな…」
  
と、直感で感じるのと同じです。 
  
  
そして、私は自分の感じた「違和感」を解決したくて、
  
「その概念のどこが矛盾しているのか?」を探りたくなるのです。
  
  
理論物理学者が「物理現象」と「数学のプロ」なら、
  
対をなす「精神現象」と「概念のプロ」は、
一般的には【 哲学者 】と呼ばれる人たちでしょう。
  
  
じゃあ、近代・現代で最も先進的な哲学者って誰でしょう?
  
  
哲学や心理の領域では、
  
約100年前ほどに生きていた、
ユング、フロイト、アドラー、ニーチェ…、
  
約400年前のライプニッツ、デカルト…、
  
紀元前3〜4世紀の古代ギリシャの学者
アリストテレスやプラトン…、
  
という人たちの主張が、未だに学ばれています。
  
  
つまり、物理学史に例えるのであれば、
  
哲学や心理学という分野では、 
   
ガリレオやニュートンの時代以降、
【 まったく進歩していない 】のと同じです。
  
  
約300年経った2018年現在でも未だに、
  
【 物理学の最先端と言えばニュートンだよね! 】
  
って言っているのと同じです。
  
  
現代の物理学者にとっては、「ニュートン力学」は古典物理です。
  
アインシュタインの相対性理論すらも、古典物理です。
  
  
  
なのに、哲学や心理の領域になると、
  
【 大昔の人々が現役 】で、まったく古典ではないのです(笑)
   
  
「哲学史」と「物理学史」を比較すると、
  
この【 異常さ 】がわかると思います。
  
  
遠い昔に死んだ大昔の人々が、未だに現役の時点で、
  
その分野は、【 まったく「発展・進化していない」】ということです。
  
  
物理学の分野では、宇宙の真理を解明するために、
何百、何千という物理学者が束になって共同で研究していて、
  
観測・検証の為に国家プロジェクトまで立ち上げて、
大きな予算が割かれていますよね?
  
  
一方私は?
  
  
たった一人です(笑) 予算もありません(笑)
  
  
まぁ、人類自体が、物理学に強い興味があるから、
そこに人材や予算を投じるわけで、
  
哲学や心理などに対しては、
「人類の関心自体が低い」のでしょう。
    
  
その状況で私は、物理学史で言うところの、
ガリレオやニュートンの役割をこなしてきた訳です。 
  
  
さらには、人間の精神の研究から派生して、
「現代の経済学を根底から覆す発見」までしています。
  
  
物理学者の行う「画期的発見」など、
私は既に数十回は経験していると思います。
  
  
幾百、幾千の物理学者が束になって研究していて、
お互いに助け合い、刺激しあい、
  
その中から画期的な発見があれば、
ノーベル賞が送られるのでしょう?
  
  
たった一人で画期的な発見を続ける私には、
ノーベル賞も、数十回分、数十個分欲しいくらいですよ。
  
  
それくらい、
私の行っていることは「密度が高い」のだと言いたい訳です。
  
  
ただ、理論物理が主張する数式の場合は、
別の物理学者も検証してくれて、
  
数式が間違っていたら指摘してくれますし、
計算が正しければ、認めてくれます。
  
  
しかし、私がいかに自分の理論を主張しても、
【 客観的に検証してくれる人 】がいません。
  
  
悲しいことに。
  
  
理論物理学の世界みたいに、  
もし私が間違っているなら、粗探しをして欲しいです。
  
正しければ、認めてほしいです。
  
  
そうやって議論が深まって、
さらなる問題や発見を生むのです。
  
  
もし天才物理学者が存在して、
画期的な理論と数式を主張しても、
   
そのシンプルで美しい数式が正しいのか、間違っているのか?
  
「それを評価できる第三者」がいなければ、
その理論と数式が正しいのかどうか、計り知れません。 
  
  
私の場合、私の理論を客観的に、
中立的に評価してくれる人が、全くいないわけです。
  
理論物理学の世界とは違って…です。
  
  
数学が得意な人間がいれば、
現代の学校でも、天才だと認められるでしょう。
   
しかし、「概念を扱うことが得意な人間」がいたとしても、
学校では、そういう人は評価されません。
  
  
数学は、【 数字と記号の計算式 】ですが、
  
概念は、【 言葉と意味の計算式 】なのです。
  
  
学校において、
  
「数学」は評価されるのに、
「概念」が評価されない以上、 
  
人材の質と量も、数学の方が厚くなっていきます。
  
  
人が集まれば、助け合い、刺激しあう事で、
研究は深まっていきますし、第三者が評価してくれます。
  
  
私には、それがない。
  
  
まぁ、人類がそこまで興味を持たないことを、
私自身が一人で研究しているのだから当たり前ですが。
  
  
人類にも興味を持ってほしいですけどね。
  
  
物理学の進歩は、
便利なテクノロジーを生み、人々の生活を快適にしてくれます。
  
私の研究する哲学・心理学の進歩は、
人々の生活を幸福にするモノです。
  
  
人類自体が、「精神的な幸福」を軽視し、
  
「目に見える便利さ(テクノロジー)」
を過大評価している事の証拠です。
  
  
だから、誰かが精神苦で自殺しようが、
  
人類にとっては、さほど興味がないのです。
  
  
完全にマイノリティーの他人事です。
  
  
人々が物理と同じくらい、
精神に対して興味を持つまでには、
  
精神苦がまだまだ足りないのでしょう。
  
  
ま、世の中の流れはもう知ったこっちゃありません。
  
  
私は、己の研究を進めるだけです。
  
  
人類が真剣に幸福に興味を持った時、
私の研究に興味を示す事になるでしょう。
  
  
そんな時が来るかどうかは知りませんが。


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