2018年07月22日

「守られている安心感」を感じる方法

最近は、「6段階欲求」について語っていますが、
  
自分で解説していても、
非常にわかりやすいなと思います。
  
  
1.安全と肉体に関する欲求
2.安定と生活に関する欲求
3.自由と享楽に関する欲求
4.他人と情愛に関する欲求
5.自尊と意義に関する欲求
6.使命と大志に関する欲求
  
  
シンプルに、
「6段階の欲求」をそれぞれ満たしていく事で、
    
人間は幸せにもなるし、精神的に成長するし、
心の底から、他者に貢献したいと思える人間になれる訳です。
  
  
6段階欲求を満たしていく事こそが、
人間にとっての「万能幸福論、万能成長法」とも言えると思います。
    
   
では、今回は6段階欲求の2番目、
  
「2.安定と生活に関する欲求」について、
掘り下げて解説したいと思います。
  
  
この欲求が満たされていないという事は、
  
【 日々の生活に不安を感じている 】という事です。
  
不安の種類には大きく、
「精神的不安、経済的不安、肉体的不安」があります。
  
  
例えば、いくら莫大な資産を所有していても
  
「それが、いつ失われるかわからない…」
  
という不安に駆られている人は、
【 2の欲求を満たせていない 】という事です。
  
  
2の欲求が満たせていない人の世界観は、
  
【 いつ、目の前の安定が失われるか分からない 】
という世界観で、
  
だからこそ安心できず、不安に苛まれるのです。
  
  
6段階欲求を満たせていない人は、
  
幼少の頃に親から植え付けられた、
ネガティブな世界観が影響している…、 
 
という事については、これまで解説してきました。
  
  
では、「2の欲求」を満たせていない人は、
幼少期、どのような境遇で育ったのでしょう?
  
  
平たく言えば、家庭環境が荒れていた人でしょうね。
  
  
両親がいつもイライラしていたり…、
両親がちょっとしたことで激怒しだしたり…、
両親から「理不尽な八つ当たり」を受けたり…、
  
そういう家庭環境で育つと、
  
子供としては、
  
・いつも何かに脅かされている
・意味不明、理解不能な理由で、自分は危険に晒される
・理不尽な暴力には抵抗できないし、他人は守ってくれない
  
という世界観を持ってしまいます。
  
  
そして大人になっても、その世界観を引きずってしまい、
  
他人に対して安心できないし、
危険を感じると保身しか考えられなくなります。
  
  
逆に、2の欲求を満たせている人は、
  
【 自分より大きくて強い「存在・チカラ」に守られている 】
  
という感覚を持っている人です。
  
  
クラスメイトにいじめられても、
学校の先生も親も、誰も守ってくれなかった…、 
  
という経験を持つ人は、まさにその逆で、
「守られている感覚」を持つのは難しいでしょうね。
  
きちんと心理を学んで、理解しない限りは。
  
  
では、【 理不尽な「怒り」や「暴力」】を受けて育った人が、
  
守られている感覚を持つには、どうすれば良いでしょう?
  
  
私は、「守られている感覚」を持っていますが、
  
「守られている感覚を持つ」という事は、
「信頼している」という事です。
  
  
何を信頼しているか?
  
1.唯一絶対に揺るがない「宇宙の法則」
2.ポジティブな意図を持つ「高次元存在」
3.善意を持った「人間」
  
です。
  
  
第一に、宇宙の法則ですが、
  
自分の人生経験、膨大な他人の人生経験に照らし合わせても、
善い行いを積み上げている人には、やっぱり善いことが返ってきます。
  
  
悪い事をしなければ、
自分に悪い事が返ってくる理由も無いし、
  
悪い事をせず、善い事を積み上げていれば、
自分に良いことが返ってくる…、
  
だから善いことを積み上げ続ける…
  
  
シンプルに、この宇宙の法則に確信を持っています。  
  
  
  
第二に、「ポジティブな意図を持った高次元存在」ですが、
  
  
私は、ポジティブな意図を持った存在から、
  
・どうすれば守られるのか?
・どうすれば見捨てられるのか?
  
という、因果関係を理解しています。
  
  
ですから、
  
「自分がこういう生き方をしている限りは、絶対に守られる…」
と、確信しています。
  
先ほどの「宇宙の法則」とほとんど同じですけどね。
  
  
多くの人は、
  
「ポジティブな意図を持った存在が、何を狙っているのか?」
という事を理解していませんし、
  
「どうすれば守られて、どうすれば見捨てられるのか?」
という因果関係も理解していません。
  
  
守られていない…という感覚を持つ人は、
  
「自分がどう足掻いても、
 見捨てられるときは見捨てられる…」
  
と思っていますが、実際には違います。
  
  
【 他人が自分に対してどういうアクションを取るか? 】
  
という事に関しては、
ある程度コントロールをする事が出来ます。
  
  
例えば、私って「強気で過激な事」も書きますが、 
  
他の「過激な主張を行う論客たち」に比べると、
ほとんど中傷されていないと思います。
  
  
ごくごくたまに変なヤツが絡んできますが、
  
絡まれたときの対処法も熟知しているので、
別に大した事にはなりません。
  
  
それに、仕事でクレームを受ける事もありません。
  
  
これは私が、
  
【 他人が自分に対して、どういうアクションを取るのか? 】
  
という事の因果関係を理解しているからです。
  
  
「自分自身がこういう精神状態だったら、
 クレーム、炎上、誹謗中傷、荒らしが起こる」
  
という因果関係を理解しているのです。
  
  
「守られていない感覚」を持つ人は、
  
【 理不尽な怒り、暴力、嫌がらせには抗えない… 】
  
と思っているでしょうが、
   
心理を理解すれば、
  
「他人が自分に対して、どういうアクションを取ってくるか?」  
という現象の因果関係も理解できるので、
  
「理不尽な怒り、暴力、嫌がらせ」などを
意識的に避けることも可能になるのです。
  
  
心理を理解すれば、
【 人間関係において、地雷を避けて歩けるようなモノ 】ですね。
  
  
  
それで、
  
実際にポジティブな意図を持った存在に守られ、
彼らから守られている感覚を持つためには、
  
何が必要でしょうか?
  
  
まず、ポジティブな意図を持った存在が、何を狙っているのか?
  
という事を理解しなければなりません。
  
  
私は、自分自身をポジティブに成長させてきたので、
  
「ポジティブな意図を持つ高次元存在の目的」も、
深く理解できるようになりました。
  
  
基本的に、ポジティブな意図を持つ存在というのは、
  
【 弱者保護という意図・目的 】を一切持っていません。
  
   
世界中の多くの人間が、
「弱い人間を助けることは正義になる」と思っているでしょうが、
  
真にポジティブな意図を持つ存在は、そんな風には微塵も思っていません。
  
  
お金で言えば、【 寄付はしないが、投資はする 】という感じです。
  
  
ポジティブな存在は視野が広いので、
常に全体を眺めていますし、
  
ポジティブな存在にとっての優先順位は、
常に【 全体の利益・調和 】が一番です。
  
  
では、ここでわかりやすく例を出しますが、
ポジティブな存在が100万円を持っていたとしましょう。
  
目の前に、100人の子供たちがいます。
  
  
その子供たちに教育費を割こうとしたとき、
  
ポジティブな存在は、「一人ずつ一万円渡す」よりは、
【 将来、世界に貢献するであろう一人の子供に、100万円を投じます 】
  
残りの99人の子供には、残念ながら一銭も教育費を投じません。
  
  
まぁ、これは極端な例ですけど、
  
【 ポジティブな存在が、どういう判断基準を持っているか? 】
  
という事をわかりやすく示すための例です。
  
  
優秀な一人の人間が、思いっきり世の中の為に活躍した方が、
  
【 全体の利益・調和に適うから 】です。
    
  
ポジティブな存在は、「全体の利益・調和」を常に優先するので、
  
合理的かつ長期的に考えて、
【 より全体の利益・調和に繋がる判断 】を下します。
    
  
将来、全体の利益に貢献しなさそうな存在には、一銭も投資しません。
  
ポジティブな存在とは、そういう判断を下すのです。
  
  
ポジティブな存在の優先順位は明確で、
  
最優先は【 全体の利益・調和 】ですからね。
  
  
ポジティブな意図を持った存在は、
  
常に【 全体の利益・調和 】を最優先に判断を下す。
  
  
そういう存在だと思ってもらって間違いありません。
  
  
という事は、
  
ポジティブな存在から、
最も多くの「エネルギー」や「チャンス」を投資される人材とは、
  
【 将来、全体の利益に貢献しそうな人材 】という事になります。
  
  
「6段階欲求を満たし続ける意志・素質」と、
「大義や使命を全うする意志・素質」を持った人間です。
  
  
自分がそういう人間であれば、
  
ポジティブな存在から見れば、
【 守ってあげなきゃいけない人材 】という事になります。
  
  
私は、ポジティブな存在の意図を理解しているので、
  
その意図に沿う生き方をしているわけです。
  
  
自分も幸せになりつつ、全体にも貢献できる…、
  
まさに「WIN-WIN」でしょう?
  
  
逆に、「全体に貢献する意志や素質を持たない人間」は、
  
ポジティブな意図を持った存在からすれば、
【 守るに値しない人間 】なのです。
  
厳しいですけど、
ポジティブな存在は「全体の利益」を優先しますからね。
   
  
【 限られた資源 】を、
「いかに効率良く全体の利益に繋げるか?」
   
という事を突き詰めるのが最優先ですから。
  
  
ポジティブな存在から見れば、
  
「社会や世界全体に奉仕・貢献する気満々の人間」ほど、
エネルギーやチャンスを【 投資する甲斐のある人材 】なのです。
  
  
逆に、「全体の利益を犠牲にして、己の保身を優先する様な人間」は、
  
ポジティブな存在から見れば、【 投資するに値しない人材 】です。
  
  
私も、いろんな人を見ていますけど、
  
若い頃には素晴らしい素質を持っていたのに、
ある瞬間、「全体より保身を優先する判断」をしてしまい、
  
ポジティブな存在から見捨てられてしまった人々を、
多く見てきました。
  
  
世界中の人々は、「弱者保護を正義」だと思っているでしょうが、
  
それは、合理的に考えれば【 全体の利益・調和 】に適いません。
  
  
私も、「弱者を強者に育てる事」に興味はあっても、
  
「弱者を弱者のまま、養うつもり」など、毛頭ありません。
  
  
【 全体の利益に貢献しない存在は、見捨てられても仕方が無い… 】
  
これが、ポジティブな存在の判断基準です。
  
  
逆に言うと、
  
自分自身を限り無く成長させて、
自分自身の幸せを限り無く追求して、
  
全体の利益に貢献しようとする人材は、
  
ポジティブな存在から見れば、
【 何が何でも守ってやりたくなる人材 】という事なのです。
  
  
弱者保護を、ポジティブだとか、
正義だとか勘違いしている人は多そうですが、
  
まったくの勘違いです。
  
  
むしろ、「幸せ」や「成長」の為には
  
厳しい環境に晒され、強く逞しくなることも必要です。
  
  
ポジティブな存在は、「厳しさ、冷酷さ」を否定しません。
  
  
【「幸せ」と「成長」に必要な試練・トレーニング 】だと思っています。 
  
  
弱者保護は、その必要な試練から逃避させてしまうので、
  
「ポジティブな目的」の役には立たないのです。
  
  
という事で、
  
「守られる感覚」を持つ為には、
  
  
【 与えたモノが返ってくるという宇宙の法則 】や、
  
【「自分の精神状態」と「他人の態度」の因果関係を理解する 】と共に、
  
    
ポジティブな意図を持つ存在の目的…、つまり、
  
【「全体の利益・調和を最優先にする」という判断基準 】をちゃんと理解して、
  
ポジティブな存在の意図・目的に沿った生き方を心懸ける事です。


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