2018年07月14日

世界観のメカニズム

前回に引き続き、
「世界観」というテーマで語りたいと思います。
  
  
「人間の持つ世界観」というのは、
【 幼少期に親から植え付けられるモノ 】です。
  
  
アメリカでは、
ダーウィンの進化論を信じていない人が多いらしいです。
  
多くのアメリカ人が、キリスト教の教義である、
「神が人間を創造した」という話を信じている訳です。
  
  
無宗教の人が多い日本では、あまり考えられない話ですよね?
  
  
日本人が仏教に触れるのは、「法事・法要」のときくらいで、
  
普段の生活から、「仏教やお坊さんの教え」を
人生の指針にしている日本人は、少ないでしょう。
  
  
年初には「初詣で神社」へ行って、
年末には「除夜の鐘でお寺」へ行く、
    
新生児の「お宮参り、七五三」は神社に行って、
死んだら仏教のお坊さんを呼ぶ。
  
  
始まりは神道、終わりは仏教…。
  
他にも、クリスマスなんかも祝うわけで、
日本人が「宗教にこだわりが薄い民族」である事は明白です。
  
  
その観点から見れば、
  
宗教の教義の方を信じて、
ダーウィンの進化論を否定するっていう発想は、
  
ちょっと理解しにくいかもしれません。
  
  
しかし、幼児というのは、
「親の話を何でも鵜呑みにしてしまう」のです。
  
親が、「神様が人間を作ったんだよ」と言えば、
それを疑う事もなく信じるのが幼児です。
    
  
そして、その世界観を信じたまま大人になってしまえば、
その本人の世界観は、容易には覆らなくなります。
  
親の教えとまったく違う内容を語る人がいても、
素直に、すんなりと受け入れることが出来ません。
  
  
この記事を読んでいる読者のみなさんも例外無く、
  
「親の教え、親の語る世界観」
を正しい事だと信じ込んだまま、大人になっています。
  
それが例え、
【 どんなに非論理的で間違っている内容でも… 】です。
  
  
人それぞれ、世界観や人生観が違いますが、
  
人間というのは、
自分の持つ世界観をベースに、生き方を決めているのです。
   
  
例えば、人によっては、
  
人間ってみんな良い人ばかりだ!と思う人もいるでしょうし、
人間ってみんな悪い人ばかりだ!と思う人もいるでしょう。   
  
性善説よりの世界観を持つ人もいれば、
性悪説よりの世界観を持つ人もいるわけです。
  
  
その本人の世界観によって、
他人の話を信じるのか? 疑うのか?というような、
  
「他人との接し方」も決まって来るのです。
  
  
そして、生まれたての子供が、
成長過程でどのような世界観を持っていくのか?
  
という事を左右するのが、「親の世界観」です。
  
  
子供というのは、
【「親の持つ世界観」を、そのまま引き継ぐ 】わけですね。
  
  
私の場合、私の父親が「超理系の世界観」を持っていたので、
私もその世界観を引き継ぎました。
  
  
【 あらゆる現象は、自然法則の上で起こっている事だ… 】
  
というのが、私の世界観です。
  
  
過去の「科学者、物理学者、数学者」は、
ありとあらゆる自然法則を解明してきました。
  
重力、気圧、慣性、電波、電気、光線、原子、遺伝子…、
  
  
そして、それらの自然法則は決して変わらないのです。
  
  
1000年前(過去)の円周率と、
1000年後(未来)の円周率は、
  
現在と比べて変化していると思いますか?
  
  
慣性の法則は? 遠心力の法則は? 重力の法則は?
  
  
変わる訳がありませんね?
  
  
時代や場所が移ろいでも、決して変わらない…、
  
「不変」かつ「普遍」…、それが自然法則です。
  
  
人の意志というのは、コロコロ変わりますが、
  
法則自体は意志を持ちませんし、
意志を持った存在が、法則をねじ曲げる事はできません。
  
  
サッカー選手が、サッカーのプレイ中に、
ルールをねじ曲げる事ができないのと同じです。
  
ルールをねじ曲げたら、それは皆が同意している
サッカーというスポーツではなくなりますし、
  
そんな事が出来たらめちゃくちゃになって、成立しません。
  
  
ルール自体が意志を持って勝手に変わる事もありません。
  
意志を持っていないからこそ、ルールであり、法則なのです。
  
  
生き物が「意思を持つ」という現象すら、
法則の中で起こっている事ですし、
  
この世で起こっているあらゆる現象は、
「自然法則の中」で動いている事なのです。
  
  
私は、幼少の頃からそういう世界観だからこそ、
  
「人間心理も何らかの法則の中で動いているはずだ」と着眼し、
研究を行ってきたわけです。
  
  
人間の持つ世界観というのは、
  
本人の【 生き方、考え方、選択、判断 】に強く影響しています。
  
  
「世界観」こそ、
  
【 本人の生き方を左右する根本的要素 】と言えるでしょう。
  
  
そして、その「世界観」というのは、
  
【 自分を育てた親から引き継ぐ 】のです。
   
   
では、多くのネガティブな人々は、
どんな世界観を、親から引き継いできたのでしょう?
   
  
一言で言うと、【 脅迫 】です。
  
  
ほとんどの人は、
  
生まれてから成人するまで、
自分の親からさんざん脅迫されて育ってきている訳です。
  
  
○○じゃないと、酷い目に遭うぞ!
○○してたら、痛い目に遭うぞ!
○○だと、価値が無いぞ!
  
  
そういう類いの「脅迫」です。
  
  
自分の親から、まさに脅されまくっている訳です(笑)
  
で、子供はその「脅し」を疑う事なく信じます。
  
  
その脅しが、
どんなに非論理的で、間違っている内容だとしても…です。
  
  
で、子供の頃から脅迫されまくって育った子供は、
  
○○しなきゃいけない
○○でなきゃいけない
○○するのは悪い事だ
  
という思いで、「がんじがらめ」になっている訳です。
  
  
なんで、親は子供を脅迫するのか?って事ですけど、
  
日本人は特に、
【 リスクは冒さず、無難がベスト 】
  
という価値観が強いですからね。
  
  
「酷い目に遭わないこと」を最優先にして、
人生設計を考えていた訳です。
  
  
これまでの時代では、
それが「生き残るために最適な戦略」だったかも知れません。
  
しかし、【 時代は変わった 】のです。
  
  
今現在の時代、人類が直面している状況というのは、
  
【「人類史上初めて」の状況 】なのです。
  
  
未だかつて、これほどまでに
テクノロジーが急激に進歩した時代は無かったわけですよ。
  
  
テクノロジーの急激な進歩によって、
人間の生活、仕事、価値観…、すべてが変わっているのに、
  
人間の精神や教育だけが、まったく追いついていない状態です。
  
  
要は、「世界のあり方」は、
ここ100年で急激に変化しているのに、
    
「人間の持つ世界観」は、
100年前からまったく変わっていないのです。
  
  
何故だと思いますか?
  
わからないですか?
  
  
じゃあ、逆から検証してみると、
なぜ、テクノロジーだけは急激に進歩したのでしょう?
  
  
テクノロジーの急激な進歩の理由は、
人間が「物理次元の自然法則」を理解したからです。
  
  
物理学者が、自然法則を解明し、
  
その「解明された自然法則」を元にして、
発明家がテクノロジーを発明するのです。
  
  
例えば、みなさんは電気や電波を使って生活していますが、
  
「電力や電波を使った発明」を行う前に、
【 電気や電波がどのような法則で動くのか? 】
    
を理解していなければ、発明はできませんからね。
  
  
例えば、CDで音楽を聴くとして、
  
みなさんは、
なぜCDで音楽が聴けるのか、知っていますか?
  
  
CDには、何が記録されていて、
どうやって機械で読み出しをして、音を鳴らしているのでしょう?
    
  
それも、「音」を「データ」に
変換する理屈を知っている人がいるから、
  
CDという発明が存在しているのです。
  
    
昔は「レコード」や「磁気テープ」だったのに、
それが、しばらくして「CD」や「MD」になりましたが、
  
よく知らないけど、勝手にできちゃった…
  
という訳ではありません(笑)
  
  
【 自然法則の解明 → 技術の進歩 】
  
という流れなのです。
  
  
これまで、物理次元の法則は解明されまくってきたので、
その知識をベースに、さまざまな発明が為されてきたのです。
  
  
では、「人間の精神について…」はどうでしょう?
  
  
そもそも、【 人間の精神に自然法則が存在する 】
  
という視点を持っている人間すら、ほとんど見当たりません。
   
   
人類は、人間の精神については、サッパリ何もわかっていないのです。
  
  
そういう理屈で、
  
テクノロジーは、ここ100年でめちゃくちゃ進歩したのに、
人間の精神は、100年前からまったく進歩していないのです。
  
  
人間の「教育・精神・世界観」が進歩せずに、
「テクノロジー」だけが急激に進歩したら、どうなるでしょう?
  
  
そのアンバランスさが、精神的苦痛となって跳ね返って来ます。
  
  
現代の若者の悩み通りです。
  
「どう生きれば良いのかわからない…」
「生きる意味がわからない」 
  
と、人生の迷子になるのです。
  
  
過酷な環境でとにかく生き残るために、
  
「リスクを冒さず無難を優先する教育」を受けてきたのに、
「人間を奴隷やロボットのように捉える教育」を受けてきたのに、
  
環境自体がガラっと変わってしまったわけです。
  
  
環境の変化に適応するには、
過去に植え付けられてきた世界観を、一旦捨てなければなりません。
  
  
それは、敬虔なキリスト教の家庭で生まれ育ち、
神様を信じて、努力してきた人間が、
  
「実は、あなたが信じている神様なんていないよ」っていう事実を、
いきなり思い知らされるのと、全く等しいことです。
  
  
過去の宗教の教義は、
自然法則の解明と共に、書き換わってきました。
  
  
ガリレオ・ガリレイが地動説を唱えたとき、
宗教に否定され、宗教裁判に掛けられてしまいましたが、
  
地動説は正しい事が証明され始めると、
宗教側が変わらざるを得ませんでした。
  
  
・地上は平面である (実は球体だけど)
・地上は動いていない (実は公転してるけど)
  
そういう事を信じていたのに、
一気に覆された訳ですから、
  
当時の人々からしたら、相当ショックだったかもしれませんね。
  
  
でも、そういうショックを経て、人類の科学は進歩してきたのです。
  
  
で、私はこれまで、「心理の法則」を解明しました。
  
  
「心理の法則」が理解されない限り、
  
人類の「精神・教育・世界観」が進歩することはありません。
  
  
科学でいうと、疫病で人が死んでも、落雷で人が死んでも、
それを「呪いだ、祟りだ、神の怒りだ」と言っているのと同じです。
  
  
そういう意味で私は、
  
人間の「心理・精神分野」における、
  
コペルニクス、ガリレオ・ガリレイ、
ニュートン、アインシュタインなどと同じ役割なのです。
  
  
むしろ、これまで、
  
優れた物理学者や天文学者はたくさん生まれてきましたが、
優れた心理学者は生まれてこなかったわけで、
  
私の存在は【 人類にとって、超絶に貴重 】でしょう?  
  
  
私一人で、これまで生まれてきた数多くの、
科学者、数学者、天文学者、物理者たちと、
  
「科学・物理 ←→ 精神・心理」という軸で、
双璧を為しているわけですから。
  
  
テクノロジーの進歩・成熟と、精神の進歩・成熟は、
バランスを取らなければなりませんが、
  
現代は、テクノロジーだけが急激に進歩して、
アンバランスだからこそ、数多くの問題が起こっているのです。
  
  
統計データばっかり取って、エビデンスとかほざいている
センスのない心理学者たちは無視して、
   
【 心理・精神の法則 】が広く認知されなければ、
  
人類に明るい未来はありません。
  
  
そして、新しい自然法則の発見は、
  
ガリレオ・ガリレイの地動説の様に、
  
【 人々の世界観を覆す事実 】でしょうし、
  
世界観を覆されるときには、少なからずショックも受けるでしょう。
  
  
しかし、精神ショックを避けて、
天動説を信じ続けても科学の進歩は無かったわけで、
  
ロケットを飛ばすことも不可能ですからね。
  
  
精神的ショックの先にしか、人類の進歩はないわけです。


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