2018年05月11日

目に見えない存在のサポート

私たちは、守護霊や宇宙人など、
  
目に見えない存在から、
インスピレーションやエネルギー的なサポートを、
  
膨大に、膨大に、膨大に! 受け取っています。
  
  
彼らのサポートがなければ、
とうの昔に、人類も地球も終わっていたと思いますよ。
  
  
彼らに、過去も今も、救われているのです。
  
  
もちろん、彼らの手助けを受け取る意志を持ったのは、
地球人類ですけどね。
  
  
でもなぜ、そんな事をしてくれているのだと思いますか?
  
  
バシャールの話によると、
  
地球が高次元文明の仲間入りをして、
宇宙連合とかいう「文明コミュニティ」に参加すると、
  
地球文明が、まだ未発達の
「他の惑星の進化・発展」を手助けするようになる…
  
という風に言っています。
  
  
私は、こういう事を
期待されているんだろうなと思う訳ですよ。
  
  
誰も、見返り無しに「大変な仕事」はしないでしょ。
  
電車で他人に席を譲るくらいなら出来ても、
大変な仕事ほど、「見返り」も無しにはできません。
  
  
私は、地球人類というのは、
「高次元存在に投資されている」と思っています。
  
  
で、自分たちが独り立ちして、 
  
その「投資のリターン」を彼らに返すのが、
【 当然の責務 】だと思っている訳です。
  
  
独り立ちしていない相手に対するサポートというのは、
  
全てが「投資の意味合い」を含んでいます。
  
  
私たちは、高次元の存在達から、
既に、「膨大な量の投資」を受けているのです。
  
  
「受けた投資のリターン」を彼らに返すことも無く、
  
与えられたサポートを、
「自分たちの保身の為だけ」に使う訳ですか?
  
  
わかりやすく言うと、
  
【「勉強したい!」という貧しい若者を応援するために、
  代わりに学費を出してあげていたのに、
  
  相手はそのお金を学費には使わず、遊びに使い込んでいた… 】
  
  
っていう状態とまったく同じです。
  
  
明らか、ふざけてますよね?
  
  
そういう事を、人類はしている訳ですよ。
  
特に日本人は…。
  
  
相手(パトロン)から見捨てられても、当然の所業です。
  
  
地球人類は、高次元存在から、
「将来性」や「見込み」があると思われて、 
  
投資されている訳ですよね?
  
  
それなのに、
彼らから受けた恩を返すことも考えないなんて、
  
【「無責任」と「恩知らず」にも程がある 】と思う訳です。
  
  
誰しも、「初心」を持っている時は、「素直」です。
  
  
あらゆる子供もそうですし、
新しい事を学びはじめた大人もそうです。
  
  
でも、時間が経てば立つほど、
【 初心を忘れ、素直さを失っていく 】のが、人間の弱さです。
  
  
たいがいの人間は、時間経過と共に、
  
【 他者からの恩を忘れ、慢心する 】のです。
  
  
それも、人生で引っかかりやすい罠(トラップ)のひとつです。
  
  
  
高潔な精神、成熟した精神とは、「慢心しない精神」です。
  
  
【「初心」と「他者からの恩」を、決して忘れない精神 】です。
  
  
その精神が持てていないってことは、
  
いくらでも、罠(トラップ)に引っかかる可能性も、
落とし穴に落ちる可能性もある。
  
  
私は、とにかく精神性を高めたかった。
  
愚かで無様な人間にはなりたくなかった。
  
  
精神性を高めなければ、 
人生の先輩が落ちている落とし穴に、自分も落ちるという事です。
  
  
私は、自分で自分の事を好きでいたかったし、
  
美しい心を持ち、
自分で自分の事をカッコ良いと思える人間になりたかった。
  
  
その為には、
自分に厳しくして、自分を律する、自制心が必要です。
  
  
周りの人間がラクに流されても、自分だけは流されない…、
  
そんな「強い自分軸」を持つ必要があります。
  
  
それを持ててこそ、【 高潔で成熟した精神 】と言えるでしょう。
   
   
人間は、どうせいつか死ぬのです。
  
  
だから、長生きするよりも、「どう生きて、どう死ぬのか?」
  
それが、私にとって大事なテーマでした。
  
  
武士道みたいなモノです。
  
  
カッコ良く生きて、カッコ良く死ぬ。
  
これが、私にとって「長生き」より大事な事です。
  
  
たとえ「長生き」したとしても、
他人を犠牲にして姑息に生きるなんて、まっぴらご免。
  
  
  
「自分はいつ死んでも良い」とか言う人ほど、
内心では、自分の死を怖れまくっています。
  
怖くて考えないようにしているから、
「自分の死に現実味を感じないだけ」です。
  
  
本当にいつ死んでも良い様な心構えだったら、
  
将来の為に貯金しても無意味だし、
持ってるお金を使い切って、遊びまくれよって思うけどね。
  
  
医者から、余命一ヶ月って宣告されて、冷静でいられるのか?
  
それで、死をどれくらい怖れているか?がわかる。
  
  
 
私が死ぬ時は、
  
・人生でやるべき事をやりきった時か、
・生き続けるより、死んだ方が意義がある時です。
   
  
そのどちらか以外では、無意味に死ぬ気は無い。
  
  
  
結局、人生に正しいも間違いも無いんだから、
  
最後は、【 楽しさ 】と【 美学 】ですよ。
  
  
自分が思う、楽しい方、カッコ良い方、美しい方…、
  
そっちを選んで、生きていくだけです。
  
  
恐怖に負けて、目先のラクな方に流されるのは、 
 
楽しくもないし、カッコ良くもないし、美しくも無い。
  
さらに、自分の為にも、他人の為にもならないし、損しかしない。
  
  
自分の美学に当てはめたら、「愚」と「無様(ダサさ)」の極み。
  
  
古い言葉に、「一宿一飯の恩義」って言葉がありますけど、
  
受けた恩を忘れないって、カッコ良いでしょ?
  
  
古き良き日本の精神は、どこに行ってしまったのでしょうか?
  
  
自分たちを甘やかし続けた挙げ句、
自信喪失している人間ばかりが、目に付きます。
  
  
心を入れ替えて、気合い入れ直して、
  
カッコ良く、パリっと生きようと思わないんですかね?


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