2018年04月15日

罪悪感と責任感

ここ最近、伝えている事ですが、
  
「死の恐怖」を抱えている限り、
人間は【 保身と延命が最優先 】になり、
  
リスクを背負えず、攻めの姿勢に出られません。
  
  
さらに、「死について真剣に考えない」という事は、
表裏一体である「生」についても真剣に考えられないので、  
  
「己の人生」についても、真剣に考える事が出来ず、
  
結果、主体的ではなく受け身で、
【「ラク」や「多数」に流される人生 】になってしまいます。
  
  
まぁ、きっと「死ぬ時」に後悔しますよね。
  
どうせ死ぬ事には変わり無いんだから、
「主体的に、攻めの姿勢で生きれば良かった」と…。
  
  
それを防ぐには、
「死の恐怖」を克服するしかありませんが、
  
「死の恐怖」を克服するためには、
  
【 人生には、「死の恐怖」を振り切るくらいの、
  辛く苦しい肉体的苦痛、精神的苦痛が存在する… 】
  
という事実に目を向ける事が必要です。
  
  
これが、ここ最近の記事の「総括」です。
  
  
でも、死にたくなるぐらいの精神的苦痛って、
人によっては、とてもイメージしにくいと思います。
  
別に、これから集団でイジメられると限りませんしね。
    
  
でも、私が思う、
死にたくなるぐらいの精神的苦痛の1つには、
    
【「後悔」と「罪悪感」】があります。
  
  
例えば、自分の選択次第で、
  
他人の人生をめちゃくちゃにして、
狂わせたとしたらどうでしょう?
  
  
本人の性格にもよるでしょうが、
「正義感」や「奉仕精神」が強い人ほど、
  
それはきっと、死にたくなるぐらいの
「激しい罪悪感に押し潰されそうになる」と思います。  
  
  
しかも、相談できる相手や励ましてくれる相手が
いないとすれば、
  
一人で抱え込んでしまって、
【 自殺願望を持つに至る、充分な理由 】となり得ます。
  
  
自分がそこまで他人に悪影響を与える可能性は無いと思いますか?
  
  
本人が自覚しようとしていまいと、 
  
人間というのは、「関わる人間全て」に影響を与えているし、
「他人に対する責任も、自動的に発生している」のです。
  
  
例えば、私はガムシャラに成功を目指してきましたが、
  
もし私が成功できていなければ、
確実に、両親に「多大な経済的負担」を与えていたでしょう。
  
  
しかし、自分が成長し続けたことによって、
家族はもちろん、自分に関わる多くの人たちに、
   
ポジティブな影響、プラスの影響を与える事が出来ています。
  
  
自分が「一人前に自立」しなければ、
確実に「家族に負担を掛ける事」になるのです。
  
  
自分の家族の人生を破滅させたら、人によっては、
  
きっと、「死にたいくらいの後悔と罪悪感」は、
感じる事になると思います。
  
  
それに、心理と宇宙のメカニズム上、
  
人生では、「絶対に起こって欲しくない!」って事が、
起こりやすいんです。
  
  
【「無意識」に抱えている「感情」】が、現実化します。 
  
  
無意識的に、「こんな事は起こって欲しくない!」と、
  
強い恐怖を感じている事ほど、「現実化しやすい」のです。
  
  
ポジティブであれ、ネガティブであれ、
現実化に影響するのは「感情の強さ」です。
  
無意識下のネガティブ感情が強ければ、
「ネガティブな現実化」を促すことになるのです。
  
  
「意識が現実化するなら、あんまり考えない様にしよう…」
と思っても無駄です。
  
  
表層意識(顕在意識)では無く、
【 無意識(潜在意識)が現実化する 】のです。
  
  
現実を変えたければ、顕在意識では無く、
潜在意識を変えなければ、意味がありません。
  
  
ですから、「潜在意識の浄化」に取り組んでいない人は、
  
【 最も現実化して欲しく無い事が、現実化しやすい 】です。 
    
   
つまり、自分にとって「最悪な出来事」です。
  
  
「自分にとって最悪な出来事」が起こったときに、
自分に味方してくれる人が一人も居なければ…?
  
それも、「自殺したいくらいの精神的苦痛」にはなるでしょう。
  
  
ですから、「死にたくなるぐらいの精神的苦痛」というのは、  
  
【 決して他人事では無い 】のです。
  
  
  
それで、「後悔」と「罪悪感」の話に戻りますが、
  
「責任感が強い人、責任ある立場の人」には、 
   
過去の失敗を嘆いて、落ち込んでいる暇はありません。 
   
  
例えば、
  
会社の社長が何か大きな失敗をして、お客さんに迷惑を掛けて、
それで激しく落ち込んで会社に出勤してこなかったら…?
  
無責任だなぁ…と思うでしょう?
  
  
責任ある人にとっては、
  
「失敗を嘆く」ことでは無く、
「全力で失敗をリカバーする事」が最善の手になりますから、
  
責任のある人ほど、【 気持ちの切り替え 】が重要となります。
   
  
一流の経営者も、スポーツ選手も、
  
失敗しても過剰に落ち込まず、
「気持ちの切り替え」が上手です。 
  
  
それは、【 責任感が強いから 】こそです。 
  
  
逆に言うと、
「失敗を嘆いて、自分を責めて、落ち込んでいる人」というのは、 
  
それだけ、【 他人に対して無責任 】なのです。
  
  
スピリチュアル的な「カルマ」の話になりますが、 
  
【 カルマとは、罰ではない 】
  
これは、よく言われる事です。
  
  
バシャールは、
  
「人殺しをしたカルマは、
 死にそうな人を助けることによって、バランスが取れる」
  
という風に言っていました。 
  
  
つまり、【 過去の悪事は、善行で帳消しに出来る 】という事です。 
  
  
まぁ、どこまでそれが適応できるかはわかりませんが、
  
善行を積み続けることで、
自分にネガティブなカルマが返ってくる事を、 
  
ある程度は「軽減できる」という事でしょう。 
  
  
他人に苦しみを与えてしまったから、
自分は苦しまなきゃいけない…、 
 
そんな風に捉える必要な無いという事です。
  
  
しかし、巨大な罪悪感に押し潰されそうな人は、 
 
【 自分が苦しみ、自分に罰を与えることで、許されたい… 】
  
そういう心理が働いてしまうこともあるでしょう。
  
  
しかし、自分が苦しむ事では無く、
他人を苦しみから救うことでも、同じ結果が得られるのです。
  
  
カルマとは、エネルギーのバランスを取る事です。
  
カルマとは、自分が他人に対してやったことを、
「相手の視点で経験し、視野を広げるためのシステム」です。 
  
  
カルマは罰ではない…という事を拡大解釈して、
  
人に迷惑や負担を掛けまくっても、
自分が酷い目に遭わなくても済む…と考える人もいますが、 
  
   
その為には、
  
その分だけ他人に奉仕しまくって、
バランスを取る必要があります。
  
  
無条件に、カルマを帳消しにできる訳ではありません。
  
  
では、自分が失敗して、他人に多大な迷惑を掛けたときに、
  
・罪悪感から、自分に「苦しみ」や「罰」を与えようとするのか?
 
・全力で他人に「奉仕・貢献」する事で、リカバーしようとするのか?
  
  
ネガティブとポジティブ、
二方向のバランスの取り方があるのです。
  
  
で、責任感が強い人ほど、
「ポジティブなバランスの取り方」を目指します。
    
そっちの方が、自分と他人の為になりますからね。 
  
  
自分に罰を与えても、特に他人は喜びませんから。 
  
許されたいが為にどれだけ積極的に苦しもうが、
ただの自己満足です。
  
  
ただ、後悔と罪悪感で、
自殺願望を持つくらいの精神状態になっているときは、
  
貢献意識や奉仕精神をしていく為の自信すら折れているでしょう。
  
  
「失敗をリカバーできるぐらいの能力は、自分には無い…」
  
そんな風に思っていたら、
  
やはり、巨大な罪悪感に耐えきれず、
「自分に罰を与える方向」で考えてしまうでしょう。
  
  
ですから、メンタルが正常なウチに、
    
己の精神を「成長・成熟させておく事」が大切です。
  
  
そうすれば、失敗しても過度に落ち込む事なく、
  
気持ちをすぐに切り換えて、
「ポジティブな行動でリカバーしよう!」と思えますからね。
  
  
それに、責任感が強くなればなるほど、
慎重になって失敗も減らせます。
  
  
責任感については、
また別の機会に深掘りするつもりですが、
  
「死にたくなるほどの後悔と罪悪感」に苛まれたくなければ、
  
他人に対して、勇気と全力を尽くしておく…、これに限ります。
  
  
罪悪感の反対は、
  
自尊心、自己重要感、自分の存在価値、存在意義を感じる…、 
 
って事です。 
  
  
私は、「罪悪感」を感じるのが大嫌いです。 
  
  
私は、「正義感」も「奉仕精神」も強いので、
  
その分、ちょっとした罪悪感で、
自分の精神が極端に弱くなってしまう事を知っています。
  
  
逆に、自尊心、自己重要感、存在価値、存在意義を感じるのは大好きです。 
 
  
だからこそ、【 正義感と奉仕精神を全開にして生きている 】のです。
  
  
そうする限り、「罪悪感」とは対極の、
  
「自尊心、自己重要感、存在価値、存在意義」を感じられるからです。
  
  
私は、「罪悪感を感じる可能性」を潰しながら生きています。
  
  
それが、

【 勇気を持って、全力で、他人に奉仕・貢献する生き方 】です。
  
  
罪悪感は「人を弱くする恐ろしい感情」です。
  
逆に、自尊心は「人を強くする頼もしい感情」です。
   
   
【 セルフイメージに直結する感情 】と言えるでしょう。 
  
  
そして、この世界は、
  
【 ちょっとしたことが大事故に繋がる世界 】です。
    
  
飲酒運転で人が死にます。
  
ちょっとした火の扱いで、大火事になります。
  
プールや海の水遊びで、人が溺れます。
  
ちょっとした不注意で、人が事故死します。
  
  
【 本人のちょっとした気の緩みが、大事故に繋がる 】のです。 
  
  
だから、私は「気の緩み」を怖れます。 
  
  
それは麻薬と同じで、一度手を出してしまうと、
     
【 気の緩みが、人生の破滅に繋がっているから 】です。
  
  
「目の前の恐怖からちょっと逃げただけ」で、
  
【 余裕で人生が破滅するくらいの事には、繋がっている 】のです。
  
  
駅のホーム転落など、
危険性が高いことは、何度も警告や注意喚起がなされますが、 
  
「恐怖に立ち向かうか? 逃げるか?」の選択の危険性を語るのは、 
私くらいですからね(笑)
  
  
でも、車の運転はみんな気を付けているから、
事故死する人は少ないのです。
  
交通事故死する人が、年間3000人〜4000人に対し、
  
・ガンになる人は年間100万人。
・自殺願望を抱く人も、年間100万人。  
  
だって、気を付けていないから。
  
  
飛行機が滅多に事故らないのは、
それだけ整備士やパイロットが気を付けてるからでしょ?
  
  
ガンにならない方法は、テレビで教えない。
   
ガン保険のCMはいっぱいやるけどね(笑)
  
  
コンビニに行けば、
日本人の「健康に対するリテラシーの低さ」がわかります。
  
  
自動車の運転は、みんな危機感を持っているのに、
  
自分がガンになること、自殺願望を抱くことには、
危機感を感じない。
  
  
なんで? 他人事だから。
  
なんで他人事? 死ぬのが怖いからでしょ?
  
  
死ぬのが怖いから、
死のリスク(危険性)を直視する事すら出来ない。
  
  
・自分はガンにならないだろう、
・自分は自殺願望を抱くことはないだろう、
   
と、タカを括る。
  
  
【 死にたいぐらいの精神的苦痛 】なんて、
   
状況次第で、誰だって抱く可能性がある。
  
  
人間のメンタルタフネスは、無限じゃ無いから。
  
  
個人差はあれど、
誰にでも、「精神ストレスの許容量」に限界はある。
  
  
もっとも怖れている事、否定している事が現実化して、
その時、支えてくれる味方がいなきゃ、
  
「死にたいぐらいの気持ち」にはなる。
  
  
そして、そんな「地獄の釜」が開くときは、 
 
ちょっとした【 本人の気の緩み 】が原因…。
  
  
飲酒運転、痴漢、麻薬…、
  
本人としては「ちょっとした事だ」と思っている事で、
人生は破滅に向かう。
   
  
それが、現実。 
  
  
自殺願望を持つ人って、ガン患者ぐらい多いんだから。
  
それって他人事かなぁ?


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