2018年04月05日

愛を感じる為に、他人視点を持つ

先日、人と話しながら、
「どうすれば他人の愛を感じる事ができるようになるのか?」
  
というテーマについて、考えていました。
  
  
「自分は他人から愛されている」と感じる事で、
人は、「ポジティブに生きよう」と思えますからね。
  
  
  
先日も書いた通り、
「他人から自分に向けられた愛」を感じられない人は、
  
幼少期に「両親・先生・同級生」などから、  
「お前には価値が無い」と言われて、
  
それを鵜呑みにしてしまったからです。
  
  
「自分には価値が無い」と思っているから、
「他人の愛」を感じられないのです。
  
  
ですから、その幼少期の自分にネガティブな洗脳を掛けてきた、 
      
【「両親、先生、同級生」などに刃向かう 】ぐらいの、
  
【「強気の姿勢」を持つ事が大切である 】という事を書きました。

それは、まずネガティブ洗脳を真っ白に戻すために大切です。
  
  
「大切なモノ(自尊心)」を守るには、時に「闘う事」も必要ですからね。
  
  
  
で、「ネガティブな影響を減らしていく方向性」の次は、 
 
「ポジティブな影響を増やしていく方向性」が必要です。
  
  
  
で、私自身の過去を振り返ると、
  
そういえば、若い頃に、
知り合った女性に誘われて、少し遊んだことがあったな…と。
  
失礼な話、
私はまったく異性(恋愛対象)として認識してませんでした(笑)
  
  
でも、今思えば、もしかしたら、
   
向こうは私の事を恋愛対象として
見ていたのかもしれないな…と思います。
  
  
当時の自分は、鈍感すぎて気付けませんでした(笑)
  
  
その当時の自分は、
「自分がモテるハズがない…」
  
という観念を持っていたと思います(笑)
  
  
それに、恋愛対象外の人から好かれたとしても、
好意を断るのに気を遣うから、
  
自分が好きになった人以外には、
あまり好かれたくないなぁとも思っていました。 
  
  
まぁ、いろんなネガティブ観念が働いて、
自分に対する好意に、気付けなくなっていた訳です。
  
  
「自分はモテるハズがない」と思っているのに、  
実際に自分に好意を持つ人がいたとしたら、
  
  
それは、言い換えると、
   
【 自分の魅力に、自分自身が気付いていない 】
  
という事になります。 
  
  
まず、自分で「自分の価値」を自覚できないと、
  
「他人から注がれる好意や愛」も、感じられない訳です。
  
  
自分では「魅力じゃないだろう…」と思っている部分を、
  
他人は「魅力的だ!」と感じている訳です。 
  
  
自分と他人の感覚に、ズレがある訳です。 
  
  
その「ズレ」があるから、「他人の愛」がわからないのです。
  
  
自分で商売をするにしても、
  
自分が魅力だと思う部分と、
お客さんが魅力だと思う部分は違う事が多いです。
  
  
そこの感覚がズレていたら、商売は上手く行きません。
   
     
お客さんの視点で、「どう思うか?」がわかっていないと、 
  
「商品開発」も「営業」も、【 的外れ 】になってしまいます。
  
  
  
何が言いたいかというと、
  
どちらにしても、
【 他人視点を持つことが、非常に重要 】なのです。
   
   
前回の記事に書いた、
  
【 他人の精神的苦痛を理解する 】って事も、同様です。 
  
  
  
要は、
  
【「他人の視点」に立って「感じたり、考えたり」するスキル 】
  
これは、人生を生きる上で、非常に重要なスキルなのです。 
  
  
これを持っていない人は、
  
他人の愛を感じられないし、空気も読めない。 
他人の苦痛もわからないし、まともに思考もできない。
  
  
他人って言うのは、
「自分が思ってもいない部分」を、魅力的だと感じてくれているのです。
  
  
それを知る事で、自分に自信を持つ事が出来ます。
  
  
「自分には、自分で気付いていなかった価値があるんだ」
  
と気付く事が出来ます。 
  
  
  
まず、
  
・自分の感じ方(価値観)と
・他人の感じ方(価値観)には
  
非常に大きなギャップがある…
  
  
そういう前提を持つ事が大切です。
  
  
自分には、
「自分で気付いていない価値や魅力」があって、
  
「それを感じてくれる他人が存在している」という事です。
  
  
  
例えば、ある男性が、
「男の魅力はお金だ!」と思っているとします。
  
でも、自分はそこまでお金を持っていないから、
「男として、自分に自信が持て無い」とします。
  
  
でも、女性の側に立ってみると、
  
「お金が魅力だ!」と思う人も、当然いるでしょうが、
そうでない人も居るわけで、
  
「特に、お金に魅力を感じない女性」からしてみれば、
その男性が自信喪失しているのが、勿体なく見える訳です。
  
  
そんな感じで、
  
自分が魅力・価値だと思っている事と、
他人が魅力・価値だと思っている事には、ズレがあるのです。
  
  
自分が自覚していない魅力・価値に気付いて行くには、
   
【 他人視点を借りる事 】が必要です。
  
  
様々な価値観を知る事で、
【 自覚していなかった、自分の価値・魅力に気付ける 】のです。
  
  
例えば、私は「話が合う人」が少ないので、
  
「自分と話しが合う」というだけで、
私にとっては、【 ものすごく価値の高い他人 】になるのです。
  
  
でも、人によっては、
  
「ただ話が合うことくらい、
 別に取るに足らない、価値の低いことだろう」
   
と思ってしまいそうですけどね。
  
  
とにもかくにも、
  
「狭い自分の主観」しか持っていなければ、
  
精神的にも、経済的にも、上手く回ることはありません。
  
  
私はしばらく、
  
女性が男性に好意を持つ感覚って、
どんな感じかわかりませんでした。 
  
女性が男性に何を求めているのかわからなかった。
  
  
でも、今は以前より少しわかりますから、その分だけ、
女性から好感を持ってもらえる自信も高まりました(笑)  
  
  
【 他人の立場・視点に立って、感じる、考える 】
  
  
このスキルが、
  
・自分に自信を持つためにも、
・他人の愛に気付くためにも、
・コミュニケーションスキルを高める為にも、
・他人の苦痛から学んで、自分の人生に生かすためにも、
・商売でお客さんの視点に立って商品開発をして、営業するためにも、
   
全てに必要になってくる訳です。 
  
  
でも、それが得意な人ばかりでない所を見ると、
  
学校教育では、
まったくこのスキルを鍛えられていないという事でしょう。 
  
  
ま、「協調性」ばかり重視して、
「個性や感覚、捉え方の違い」など邪魔者扱いですからね。 
  
  
むしろ、
  
【 このスキルが苦手になるような教育を受けている 】と言えます。 
  
  
やっぱり、学校教育はクソです。
  
人を不幸にする教育です。
  
  
・個性の違い
・価値観の違い
・感覚の違い
・捉え方の違い
  
  
人それぞれの違いに価値を見いだすから、
  
人は、【「ありのままの自分」に自信が持てるようになる 】のです。
  
  
【 自分のユニークさが、誰かにとっての高い価値なんだ 】
  
と思えるようになるのです。
  
 
学校教育に洗脳されている人はむしろ逆で、
  
自分は多数派と違って異質な存在だから、
自分には価値が無いと思い込んでいるでしょう。
  
  
  
もちろん、経済の領域においては、
役に立たないモノには価値が有りません。
  
経済的価値とは、役に立つかどうか?です。
  
  
でも、精神の領域においては、 
  
【 自分の個性が、誰かの孤独を埋める 】としたら、
  
特に何もしなくても、存在しているだけで、
誰かにとっての価値になっているのです。
  
  
まず、親世代が率先して、
学校教育のクソ洗脳から脱洗脳しないと、
   
今幼少期を送っている子供世代に、
そのままクソ洗脳を施すことになります。
  
  
・親世代の責任を果たすか?
・恐怖と責任から逃げるて、子供世代にツケを回すか?
  
その選択です。


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