2018年04月04日

他人の苦痛から学ぶ

私のここ最近の記事を読んでいる人には、
  
「自分って何の為に生きてるんだろう?」
  
って、疑問が沸いてきた人も多いと思います。
  
  
そういう疑問が沸くって事は、
  
【 ようやくまともな神経になってきた 】という事です。
  
  
ようやく、
  
「この世界がとてもネガティブである事を理解し始めた」
という事です。
  
  
ネガティブな世界で生きても、
  
ネガティブな世界に適応できないし、
適応する気も無いし、苦しい事の方が多い。
  
それに、未来に大した希望も持てない。
  
それなら、死んだ方がマシなんじゃないか…?
  
  
そういう発想が沸く方が、まともなのです。
  
  
私は、その疑問を「15歳」の時に抱えました。
  
  
でも、私は生きることにしました。
  
  
将来に対して完全に絶望したわけではなく、
  
死ぬ事はいつでも出来るから、  
「ほんの少しの希望や可能性に掛けてみよう」と…、 
  
そんな風に決断を下したのです。
  
  
生きる上で何より大切なのは、【 希望 】です。
  
  
今が苦しくても、
「未来が良くなっていく」という希望があれば、 
  
目の前の苦しみに耐えることが出来ます。
   
  
一方、今がどれだけ恵まれていても、
「未来はどんどん悪くなっていく一方だ…」と思っていたら、
  
将来が不安でしかありません。
  
  
現在の私は、未来に希望しか持っていません。
  
  
だから、
  
まだ叶っていない夢もありますし、
まだ満足していない部分もありますが、 
  
未来に対して、不安は一切ありません。
  
  
この先、「自分には追い風しか吹くことがない」と、
理解しているからです。
  
  
私は、絶望している間、希望を一生懸命に探しました。
  
この絶望的な状況の中で、どこかに希望はないのか?と。
  
  
そして、最終的に希望を見つけ出したから、生きているのです。
  
  
希望って言うのは、探さないと見つかりません。 
  
  
でも、ほとんどの人は、
  
「自分の希望を探す」という行為をしていない。
  
  
面倒くさいからです。 

目先でそれほど困っていなければ、
わざわざ本気で希望を探す動機もない。
  
  
でも、絶望的な状況になったら、
   
・完全に絶望するか?
・一生懸命に希望を探すか?
  
  
どちらかしか無いと思います。
  
  
私は、一生懸命に希望を探しました。
  
そして見つけたので、希望を失いません。
  
  
自分は経験上、希望を見つけてきたから、 
   
【 自分は希望を見つける事が出来る 】という信念もあります。
  
  
私は、
  
【 ネガティブな世界で生きても、苦しい事の方が多い 】
   
その事に、15歳で気付きました。
  
  
でも、努力すれば、
  
「自分の生活」も変えられるし、「世の中」も変えられる。
  
  
今はそう思っているから、希望を持って生きているのです。
  
  
「自分の生活も、世の中も変えられない」と思っていたら、
  
とっくの昔に、
「未来」と「世界」に絶望して、自殺してますよ。
  
  
自分の生きる意味を見つけたから、私は生きています。
  
  
でも、自分の生きる意味を見つけたければ、
  
「自分って何の為に生きてるんだろう?」っていう問いに対して、
真剣に考える必要があります。
  
  
ほとんどの人は、【 死ぬのが怖い 】から生きています。
  
それが、「生きる意味」なのです。
  
  
そして、それは【 何も考えていないのと同じ 】です。
  
  
  
でも、
  
【 死ぬより辛い苦痛 】がこの世に存在している事を知ったら、
  
「死ぬのが怖いから生きる」っていう理由も、バカらしくなります。
  
  
「死ぬより辛い苦痛に遭遇するなら、死んだ方がマシじゃん」って思います。
  
  
【「死ぬより辛い苦痛」が存在するこの世の中で、なぜ生きるのか? 】
   
それこそが、真剣に考えるべきテーマです。
  
  
  
今の私の生活は、
  
圧倒的に「精神的苦痛(ストレス)」が少なく、
「幸福感」や「満足感」の多い生活をしています。
  
そういう生活をしているなら、死なない方がマシかなと思います。
  
  
だから私は、自分の人生で、   
【 苦痛より幸福が遥かに上回る生活 】を目指して、
  
努力してきました。
  
  
  
人間は、「死ぬより辛い苦痛」っていうのがイメージ出来ないと、 
  
「死の恐怖」が優勢になり、「死なない為に生きている」という訳です。
  
  
だから、【 保身と延命が最優先 】になる。
  
  
でも、リスクを背負う「攻めの姿勢」が持てないから、
  
「幸福感、満足感」などはなかなか手に入りません。
  
  
  
人間は、自分が経験しなくても、
他人の経験をイメージする事は出来ます。
  
    
例えば、拷問で「爪を剥がされる痛み」ってありますよね?
  
どれくらいの激痛か? 想像できませんか?
  
  
身体に硫酸をかけられて、全身大火傷になる痛みって、
  
どれくらいの激痛か? 想像できますか?
  
  
想像できるから、慎重になって、回避しようと思う訳ですよね?
  
  
他人の苦痛をイメージ出来るから、自分は苦痛を回避できるのです。
  
  
私は、失敗した経営者が、どれほどの苦痛を背負う事になるのか?
  
たくさんの例を見て、学んでいます。 
  
  
「お金」も「人間関係(信頼)」も失い、
  
顧客、取引先、金融機関… 
あらゆる他人から、ひどく責め立てられます。
  
それが、失敗した経営者の末路です。
  
  
「ああは、なりなくない」と、心底思います。
  
  
だから、経営判断には慎重になるのです。
  
  
他人の身体的苦痛はイメージしやすいのかもしれませんが、
  
他人の精神的苦痛はイメージしにくいですか?
  
  
日本人の多くは、他人の精神的苦痛がわからないから、
  
社会的に「ストレスケアの領域」が未熟なのです。
  
  
でも、日本人の多くは、
「孤独」や「仲間はずれ」を心底怖がっていますよね?
  
  
ということは、
  
「孤独」や「仲間はずれ」の精神的苦痛を、
本当は理解できるハズです。
  
  
できるのに、していない。
  
  
ネガティブ感情を感じたくなくて、
自分の「感じる感覚」や「想像力」をオフにしているのです。
  
  
極度に「精神的苦痛」を怖れているから、
  
【 その存在すら、無視してしまっている 】のです。
  
  
相当の重症ですな…。
  
  
他人の苦痛から学べない人は、
  
自らの身を持って、苦痛を経験するしか有りません。
  
  
他人の苦痛をイメージする事すら怖れている人は、
  
その怖れが自分の身に降りかかり、現実のモノになるのです。
  
  
「恐怖に負けた人間は、その身で苦痛を味わう事になる…。」
  
これは、【 法則 】です。
  
  
これまでの数年のプロセスで、
日本人は相当恐怖から逃げて来ていますから、
  
今後、日本人の多くは、痛い目を見ることになるでしょうね。
  
  
「他人の苦痛」を感じれば、
まともに思考が働き、生き方が変わります。
  
そうしてこそ、
自分に降りかかる痛みを回避できるのです。
  
  
他人の苦痛から学ばないから、
自分が身を持って苦痛を味わう事になるのです。


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