2018年04月02日

「愛」と「肉親」の関係

前回、
  
・他者から注がれる「愛」を感じる感覚
http://growheart.livedoor.biz/archives/52049811.html
  
という記事を書きました。
  
  
私は、読者の「層、理解度、反応」などを、
テレパシーやチャネリングでいつも把握する様にしています。
  
  
が、前回の記事は、目を通しても、
あまり内容が入ってこなかったという人も多かったと思います。
  
人間は、イメージしながら文章を読みますが、
そのイメージが出来ないと、内容が理解できません。
  
  
「問題の核心」に迫れば迫るほど、
「無意識の抵抗」も、それだけ最大になってきますからね。
  
  
そういう時は、
  
他人の話を聞いても、内容がまったく理解できずに、
「ただ音声を拾っているだけ」の状態になります。
  
  
人の話(音声)が伝えようとしている「意味・意図」が、
まったくイメージ出来ません。
  
それが、「無意識の抵抗」が働いている状態です。
  
  
人が音声で会話している時には、
同時にテレパシーも使って、情報を伝えようとしていますが、
  
「無意識の抵抗」が激しいときには、
そのテレパシーがまったく受け取れていない状態です。
  
  
例えるなら、
  
アメリカ人は、会話でボディランゲージを使いますが、
それが一切封じられている様なモノです。
  
  
そうなると、情報伝達率が下がって当然です。
  
  
  
それと、前回の記事は、
「全体像」をざっくりと書きましたからね。
  
それなりに「予備知識」と「理解力」のある人でないと、
理解はできないでしょう。
  
  
まぁ、この「愛される感覚・愛される自信」
  
というテーマで、何本か記事を書き続ければ、
  
ジワジワと伝わっていくと思います。
  
  
だから、しばらくは、
このテーマで数本記事を書くと思います。
  
  
で、今から本題です。
  
  
前回の記事を掻い摘まんで説明すると、
  
  
・人間は、既に他者から愛されているにも関わらず、
 それを感じられていないから、
 「自分は愛されていない」と勘違いしている。
  
  
・「自分は愛されていない」と勘違いしているから、
 【 ポジティブな意図・方向性 】を持つことが出来ない。
  
  
・「自分は愛されていない」と勘違いしているのは、 
 「他者の愛を感じる事」に対して、【 激しい抵抗感 】を持っているから。
  
  
・その抵抗感の原因は、 
 【 潜在意識下の「孤独感」と向き合いたくない 】という気持ち。
  
  
・その孤独感を避けるために、
 「大して信頼し合えない知り合い」と会話して、傷を舐め合っている。
  
  
・他人と「本当に信頼できる関係」を目指すと、 
 「自らの孤独感」と向き合う必要があるが、 
  
 そこまでの「やる気」は無いから、
 たまたま目の前に現れた知り合いと、傷の舐め合いを続ける。
  
  
という事です。
  
  
まぁ、この「掻い摘まんだ説明」ですら、
  
激しい「無意識の抵抗」が働いてしまう人もいるでしょう。
  
   
  
一言で言うと、
  
【 孤独が怖すぎて、ポジティブに生きようとも思えない 】
  
という事です。
  
  
孤独感によって、
  
【「ポジティブに生きる意志」すら、折られている 】という事です。
  
  
ポジティブな生き方っていうのは、
  
・自分の幸せ、夢、理想を目指す
・他人の幸せ、夢、理想に貢献する
  
という生き方ですよ。
    
  
  
私は、
  
【 人生最大の恐怖は「死」と「孤独」】
   
と言ってきましたが、
  
現代の日本人は、どちらも世界トップクラスにビビっています。
  
  
本当に、日本人は
  
自分の命より大切なモノの為に
切腹する習慣を持っていた、
    
勇敢な【「武士」や「侍」の末裔 】なのでしょうか?
  
  
幕末の維新志士が、現代の日本人の現状を知ったら、
  
「不甲斐ない、情けない」と、涙するのではないでしょうか?
  
  
まぁ、太平洋戦争で、
アメリカにコテンパンにやられたのが、
    
日本人集合意識下で相当なトラウマになっているのでしょう。
  
  
  
まぁ、話を元に戻しますが、
  
「死への恐怖」を持っていると、
自分の人生を真剣に考える事ができない。
  
「孤独への恐怖」を持っていると、
「ポジティブ(自他の幸せの為に)に生きる意志」を持つことが出来ない。
  
という事です。
  
  
孤独への恐怖が強いから、「多数派」に流されちゃうんでしょ?
  
その多数派が「ネガティブな勢力」だとしても。
  
  
学校でイジメが起こったとき、
  
自分を仲間はずれにされたくないから、
悪い事だとわかっていても、イジメる側に回るんでしょ?
  
  
「死ぬ事」と「仲間はずれ」を極度に怖がるのが、日本人です。
  
  
私が孤独を怖くないのは、
きっと、「両親からの愛」を感じているからです。
  
他人からいくら嫌われても、
常に、「両親は自分の味方だ」という確信があるから、
  
怖くないのです。
  
  
という事は、
  
やっぱり行き着くところは【 家庭環境 】です。
  
  
「家庭環境」において、
  
【 孤独への恐怖 】が植え付けられるのです。
  
  
「子供を持つ親」の人たちに問いたいですが、
    
子供は、「親である自分の愛」を感じていると思いますか?
  
  
それが伝わっていないと、
  
子供は「チャレンジ精神」を持てませんよ。
  
  
リスクを極端に怖れるようになります。
  
  
親が子供にとって、
【 自分が失敗しても、休める居場所 】として機能していないと、
  
子供は、自分の人生に対して「攻めの姿勢」に出られません。 
  
  
・「子供の失敗」を裁いて責めて、
・「わかりやすい愛情表現」をしていないとしたら、
  
子供は、
  
【 自発心なんて持たない方が良い、
 「目上に従順な優等生」でなければ愛されない 】と思うでしょう。 
  
  
それこそ、【 模範的な奴隷 】です。
  
  
【 家庭で、奴隷を育てている 】のです。 
  
  
子育てに対して、非常に無責任です。
  
  
まぁ、そうやって祖父母の時代から、
  
「代々受け継がれてきた教育方針」なのでしょう。
  
  
ただ、過去に起こった事を今更嘆いてもどうしようもありません。 
  
  
問題は、ネガティブに育てられてしまった大人は 
 
どうやったら変わるのか? という事です。
  
  
「変わりたいという本人の意志」は言わずもがな必要ですが、
  
意志を持った人間が、
どういう行動を起こせば、変わる事が出来るのか?
  
その「方法論」を確立するのが、心理のプロの仕事です。
  
  
  
で、初めにやるべき事っていうのは、
  
【 親に逆らうこと 】だと思うんですね。
  
  
親は「ネガティブな人間」で、
自分は「ネガティブな育てられ方」をした。
     
それを、潔く認める必要があると思います。
  
  
何故かっていうと、
  
今更、(ポジティブな)親が、子供に接するみたいに、
わかりやすい愛情を注いでくれる人の登場を、
  
他人には期待できません。
  
  
そんなのを期待していたら、一生が終わってしまいます。
  
  
もし、赤の他人から
「赤ちゃんや幼児をあやすような態度」をされても、
  
ちょっと気持ち悪いと思いますしね(笑)
  
  
 
ですから、積極的に
  
・自分で自分を愛する事
・自分で自分を認める事
  
を、しなければなりませんが、
  
  
孤独が怖い人というのは、
  
親から、【 子供のお前には価値がない! 】という
真逆の洗脳を受けてきた人たちです。
  
  
その親のネガティブ洗脳に対して、
真正面から反抗する必要があります。
  
  
・親がナンボのもんじゃい!
  
・お前のクソ教育のせいで、私の人生メチャクチャじゃ!
  
・もう、私に口出しすんな!
  
・親のお前が私に価値が無いと言っても、
 私には価値が有るんじゃ!
  
  
ってぐらいの、強い気持ちを持つ事は必要でしょう。
  
  
ネガティブな親に育てられたくせして、
  
【 親に刃向かえないから、そこから抜け出せない 】のです。
  
  
「親に逆らってはいけない」というのは、
「儒教の教え」らしいですが、
  
それも、【 クソな思想 】です。
  
  
親だろうが、クズはクズ。 クソはクソです。
  
  
この世には、非常にたくさんな人々が存在しています。
  
親より自分の事を大切にしてくれる、
「血の繋がっていない他人」だって、【 存在して当然 】です。
  
  
ネガティブな親より、
そういうポジティブな他人を大切にした方が良いんじゃ無いですか?
  
  
まったく、
  
【「親」というポジションを過大評価しすぎ 】ですよ。
  
  
私は、今まで様々な人に教育を施してきましたが、
  
「ポジティブでプロ」の私の教えより、
「ネガティブで素人」の親の教えの方を優先しちゃう人がいるんですね。
  
  
まぁ、冷静に考えたらアホな判断だと思いますけど、 
  
それくらい、【 親は特別 】って観念が強いのでしょう。 
  
  
それも、覆さなければ、
  
親に施された「ネガティブ洗脳」は解けません。
  
  
【 親は、特別などでは無い 】という事です。
  
  
私は、自分の子供に
「親は特別だぞ!」なんて教育する気は一切ありません。
  
  
ネガティブな親は、
子供を自分の思い通りに「支配」したいんでしょう。
  
  
弱者を支配する事で、優越感に浸って、
自分の「劣等感まみれの気持ち」の中に、
  
「ほんの少しの自尊心・自己重要感」を感じたいのでしょう。 
  
  
吐き気がしますけどね。
  
  
自分の親がクズなら、ちゃんとクズだと認めなければなりません。
  
クズな親も、世の中に絶対に存在しているのですから。
  
  
クズな「血の繋がった親」より、
ポジティブな「血の繋がっていない他人」の方が、
  
よほど頼りになるんです。
  
  
私の感覚では、
血の繋がりなど、さほど価値がある様には思えません。
  
  
肉親同士、殺し合ったりする事件もあるんですよ?
  
「肉親が味方」と決まっている訳じゃない。
  
  
肉親を過大評価し過ぎるから、
  
他人を軽視・過小評価しているのです。
  
  
私は、人間を【 魂 】として見ています。
  
  
「血の繋がり」による関係より、
「魂の相性」の方が、よほど人生において重要です。
  
  
血は繋がっていても、遠い親戚なんかは、
自分の人生に、あまり関わりありませんしね。
  
  
私が重視するのは、
「血の繋がり」より、「魂の繋がり」です。
  
  
私にとっては、血の繋がった家族より、
魂の繋がったソウルメイト、ソウルファミリーが大事です。
  
  
私の両親がポジティブだったのは、
たまたま運が良かっただけです。
  
  
自分を愛するためには、他者からの愛を感じる為には、
  
【 まともに愛してくれなかった親に刃向かうこと 】が、
  
第一にやるべき事です。
  
  
肉親に囚われているから、「他者の愛」がわからないのです。
  
「赤の他人」から愛されていても、まったく感じられないのです。
  
  
肉親なんてクソ食らえ。
    
  
まず、そういう気持ちが第一です。
  
  
そう思えたら、
  
【「赤の他人」から自分に注がれている愛 】がわかりますよ。


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