2018年03月12日

幸せな人生

ここ最近は、会った人、会った人に、
「死の恐怖」について話をしていますが、
  
  
そもそも、
  
・「自分が死を極度に恐れている事」にすら自覚が無いとか、
  
・「なぜ死の恐怖を乗り越えた方が良いのか?」
 私の記事を読んでも、そのメリットすらよく理解できないか、
  
そういう部分で躓いている人もいました。
  
  
なので、今日はその辺の話を書きたいと思いますが、
  
私は、人生を「テーマパーク」によく例えます。
  
  
テーマパークには、閉園時間があります。
  
それが、人間の寿命です。
  
  
年間パスを持って頻繁に通っている人では無く、
「初めてテーマパークに行く」という人の場合、
  
閉園時間を意識して、
ガイドブックを見ながら、効率良く巡ろうと思いますよね?
  
  
でも、閉園時間を意識しなかったらどうでしょう?
  
ダラダラ過ごして、いつの間にか、
  
「あれ? もう閉園時間?」 
「あー、あのアトラクション乗り過ごした!」
  
という風になります。
  
  
「人生にとって死を意識するかどうか?」というのは、
「テーマパークで閉園時間を意識するかどうか?」という事と同じです。
  
  
それに、テーマパークでは
限られた時間帯しかやっていない、
  
タイムスケジュールが設定されている
アトラクションやショーもあります。
  
  
テーマパークを思いっきり楽しみたい人は、
そういう要素も含めて考えて、効率良く巡ると思います。
  
  
人生でも、
  
子供の頃にしかできない事もあれば、(子供向けの遊びなど)
大人になってからようやくできる事もありますよね。(飲酒など)  
  
  
先日の記事で、3つの死の特性について語りましたが、
  
1.誰でも等しく絶対死ぬ
2.誰が、いつどこで、死ぬかわからない
3.死後の世界はあるかどうかわからない
  
です。
  
  
で、テーマパークと違うのは、「2番」です。
  
人生ではいつ、
「はい、今すぐ地球から出ていって下さい!(死んで下さい!)」
  
と、【 急な強制退場 】を食らうかもわからないのです。
  
  
テーマパークもそういうルールだったとしたら、
  
「閉園時間ギリギリ手前に、
 一番好きなアトラクションに乗ろう!」とは思いません。
  
チャンスがあれば真っ先に、
一番好きなアトラクションから順に乗っていくと思います。
  
  
いつ、テーマパーク(人生)から
強制退場させられるかわからないからです。
  
  
で、人生をテーマパークのように、
   
「限られた時間」を前提に、
いろいろ考えながら巡れないとしたら、
  
それは、閉園時間…、
  
つまり【「死」を意識していないから 】です。 
  
  
閉園時間(死)を意識していないから、
テーマパーク(人生)をダラダラと過ごしてしまうのです。
  
  
それで、「死を意識していない理由」は、
【 死を極度に怖れているから 】です。
  
  
「限られた時間」を意識せずに毎日を生きている。
  
もう、この時点で、
【 己の死に対してビビリまくっている証拠 】なのです。
  
  
では、死を意識せずに生きたとしたら、
「死に際」にどう感じるでしょう?
  
  
・もっとあれをやっておけば良かった…
・ああしておけば良かった…
  
と、ほとんどの人が後悔すると思います。
  
  
例えば、学校の卒業式では、
総決算として、過去の学校生活を振り返ると思います。
  
それと同じ事です。
  
  
中学校の卒業式に出席しておきながら、
  
「学校生活(過去)」を思い出さず、
「高校(未来)」の事しか考えない人はいないでしょう?(笑)
  
  
「死に際」っていうのは、【 人生の卒業式 】です。
  
ですから、過去を振り返って、
自分の人生の総決算をするのです。
  
  
その時、何を感じると思いますか?
  
  
自分の死を極度に恐れている人は、
もう、「保身」と「延命」しか考えられません。
  
自分の頭に銃口でも突きつけられたら、
   
もうパニックになって、
「何でもするから命だけは助けて下さい!」
  
って感じになるでしょう。
   
  
で、現代社会において「保身」と「延命」に繋がるのは、 
  
「お金」と「他人の評価」です。
  
  
・他人の評価が良いと、お金をもらいやすい。
  
・お金があれば、死の恐怖から逃れやすい。
  
  
餓死やホームレス、自殺などを避けられるし、
医療費も払える、健康にもお金を使える、
  
さらに、恐怖から逃げる為の娯楽や中毒にお金を使えますからね。
   
  
そういうカラクリで、死を怖れている人は、
無意識的に、「お金」と「他人の評価」求めます。
  
  
でも、何回も言いますけど、
誰でもいつか絶対に死ぬんですよ。
  
  
絶対に逃れられないモノから逃れるために、
エネルギーを注ぎ続けるって、無駄でしょ?
  
  
強い恐怖は、理性を吹っ飛ばして、
自分にとって損な選択をさせるのです。
  
  
・幸せで短い人生
・不幸で長い人生
  
どっちが良いですか?
  
  
と聞くと、
  
だいたいの人が【 幸せで短い人生! 】
と、答えます。
    
  
じゃあ、今はどっちの人生を生きていますか?
  
と聞くと、
「不幸で長い人生」の方を生きているのです。
  
  
・やりたい事をやった方が幸せだし、
・本音で生きた方が幸せです。
  
もし短い人生だとしても、そうした方が幸せでしょう。
  
  
でも、「他人の評価」と「お金」を失うのが怖くて、
それが出来ないのです。
  
  
結局、「幸せで短い人生」が良い!と言っておきながら、
  
実際に「死の恐怖」が迫ってきたら、
その恐怖から逃れるために、
  
「不幸で長い人生」の方を選択してしまうのです。
  
  
で、一定期間頑張って、
「他人の評価」と「お金」をたくさん集めました。 
   
他人からは、明らかに成功者だと思われています。
  
  
でも、
  
やりたい事をやっていなかったら…、
本音で語り合える人間関係がなかったら…、
  
その人は不幸だし、
「お金」と「他人の評価」があっても、ただ虚しいだけです。
   
  
幸せって何でしょう?
  
  
いろいろありますが、具体的に言うと、
  
・「本音で語り合える相手」が存在する
・「自分のやりたい事」をやっている
  
という事だと思います。
  
  
でも、死の恐怖から逃げる為に、
  
他人に嫌われたくないから、
本音を言わずに建前ばかり語って、
  
お金の為にやりたくない仕事をしているとしたら、
  
いくら「お金」と「他人の評価」が集まっても、
まったく幸せではありません。
  
  
「本音」を語っていないから寂しくて、
「やりたい事」をやっていないから虚しいだけです。
   
  
他人からいくら成功者だと思われても、
  
本音を語らず、やりたい事をやっていなければ、
心の中はすさんでいるのです。
  
  
先日の記事に書きましたが、
  
孤独感を減らすには、
日頃から【 本音を語る事 】が不可欠です。
  
  
「他人の見る目」を気にして、
本音を隠し、建前ばかり語っている人は、
  
他人と深く繋がれないから、とても寂しい人なのです。
  
  
孤独感を減らすのは、
人間関係の「数」ではなく、「深さ」なのです。
  
  
   
じゃあ、
  
・なぜ本音を語らないの?
・なぜやりたい事をやらないの?
  
というと、【 怖いから 】です。
  
  
他人の評価を失い、お金を失い、
  
己の【 死の恐怖 】と直面するのが怖いからです。
  
  
死の恐怖を乗り越えたら、
  
「他人の見る目」など、どうでも良くなります。
  
だって、自分の人生にも、幸せにも、
まったく関係が無いんだから。
  
  
自分を嫌った他人も死ぬし、自分も死ぬのです。
  
  
死(人生の時間制限)を意識したら、
  
「他人の見る目」を気にするよりも、
【 自分のやりたい事 】をやるのに忙しくなります。
  
  
自分の死に際に、
  
「あー、結局自分は死ぬんだな…、
  
 自分はこれまで、
  
 死ぬのが怖くて、他人から嫌われるのが怖くて、
 お金を失うのが怖くて、
  
 他人のご機嫌取りばっかりやってきて、
 自分のやりたくもない事ばかりやってきたな…」
  
  
そんな風に、
自分の人生を回想するのがお好みですか?
  
  
そんなのを望む人間はいないでしょう。
  
  
でも、死の恐怖を乗り越えない限り、
  
そんな、【 望まない死に際 】が待っています。
  
  
要するに、「死の恐怖」を消さない限り、
  
「やりたい事」も出来ないし、「本音」も語れない。
  
  
孤独感は消えないし、寂しいし、虚しい。
  
  
だから、【 充実した幸せな人生を歩めない 】のです。
  
  
という理由で、
  
「死の恐怖は早めに消した方が良いですよ」
  
と、提案しているのです。
  
  
  
死を極度に怖れている人は、
  
「自分の死に際」すら、イメージしたくないでしょう。
  
  
いつか絶対に起こる事なのに、考えたく無いのです。
  
  
いくら他人が死んでも「他人事」で、
自分が死ぬとは思えない、思いたくない。
  
  
恐怖心は、「現実逃避」と「誤魔化し」の天才です。
  
  
絶対に起こる自然現象すら、否定するのです(笑)
  
  
「そうですよね、誰でも死にますよね!」と、
言葉では言えても、
    
内心では、まるで自分が死ぬことを納得していないのです。
   
    
それぐらい、
【 内心とまったく異なる建前の発言 】が出来てしまえる。
  
  
ある意味、ものすごい高等スキルです(笑)
  
  
他人は死ぬのに、自分は死なないと思っている。
  
  
じゃあ、不老不死がお好みですか?
  
自分の友達も、子供も、恋人も、みんな先に死んでいくし、
人類が滅亡しても、自分だけは生きている…、
  
そんなのがお好みですか? っていうと、
  
不老不死もイヤだって言う。
  
  
死ぬのもイヤだし、不老不死もイヤなのです(笑)
  
どっちもイヤ。
  
  
だから無意識的に、
  
理論的にはメチャクチャで破綻しているけど、
とりあえず「自分は死なない」という事にしている。
  
  
それって、
ある方向から見たらとんでもないバカですが、
  
ある方向からみたら、
そんな非論理・非現実を無意識的に正当化してしまえるほど、
  
【 非常に高度な「ゴマカシ能力」】
  
を持っているとも言えます(笑)
  
    
自分が死ぬことは、
怖すぎて考えたく無いし、イメージ出来ないのです。
  
事実だとしても、まるで受け入れられないのです。
  
  
とにかく、死の恐怖を抱えている時点で、
  
・人生について真剣に考えることはできない
・自分にとって「最も大切な価値観」に気付くこともできない
  
  
「他人の評価」と「お金」を失うのが怖くて、
  
・本音を語れない
・やりたい事ができない
  
  
という事です。
  
  
いや、もう散々ですね。
  
  
で、死ぬ時に感じるのは、
  
・やりたい事をやってこなかった(虚しい)
・本音で語り合える相手がいなかった(寂しい)
  
という事です。
  
  
死の恐怖から逃げていると、
これだけのデメリットがあります。
  
  
だから、
さっさと死の恐怖くらい、乗り越えた方が良いです。
  
  
どうせ、誰でもいつか絶対に死ぬんだから。
  
  
死は、自然現象ですよ。
   
   
「森友学園問題の真実を知りたい! 究明して公表するべきだ!」
    
と言うのに、
  
「自分が死ぬ」という真実は、知りたくないのです(笑)
    
   
【 死に対するイメージ 】が悪すぎるのが、
  
「人類のアホさの根源」ですね。
  
  
もっと、「死」をポップでライトに捉えられたら、
  
人生変わりますけどね。
  
  
ま、一人きりで死を乗り越えるのは大変かもしれませんが、
  
はこぶね倶楽部に入ったら、
「死の恐怖」を乗り越える為の、全てのサポートは揃っていますよ。


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