2018年03月09日

孤独の理由

私は昔っから、
  
【 人間最大の恐怖は、「死」と「孤独」】
  
という風に表現してきました。
  
  
人間にとっては、
【 無価値感 】が「最大の精神的苦痛」であるので、
  
「死」も「孤独」も、
  
自分の価値を「失った」と思い込んだり、
「感じられなくなる瞬間」だったりするからでしょう。
  
  
私は割と、
生まれつき孤独に強い人間だと思います。
  
一人きりで何かを考えたり、
一人で遊ぶことが好きでしたから(笑)
   
   
一人で黙々と考え、実験をしてみる、
【 研究家、発明家体質 】なのです。
  
  
かと言って、
別に人付き合いが嫌いという訳でもありませんし、
  
教育って仕事もしているくらいですから、
他人との有意義な会話は好きです。
  
  
そんな孤独に耐性のある私でも、
これまで、非常に強い孤独感を感じて生きてきました。
  
  
他人の為にいろいろやっているのに、

感謝されるどころか、
被害者意識を持たれ、敵意を持たれたり、
  
恩を仇で返されるような事も多々ありましたし、
  
現在も人類の為にいろいろやっているのに、
人類からは無視されている様なモノですからね。
  
  
よく、アニメなんかで、
  
世界の為に戦っているのに、
民衆から誤解され、嫌われているヒーローっていますよね?
    
民衆から「出て行け!」とか言われちゃう様な。
  
  
そんな感じの立場にいるヒーローの気持ちが、
非常によくわかりましたよ(笑)
  
    
まぁ、初めは悲しかったですが、今は完全に慣れっこですね。
  
人類の抱える「恐怖心の強さ」と、
それに比例した「アホさの具合」を知ったからです。
  
  
「理解して欲しい」という期待も消えて、
  
「それだけアホなら、理解できなくて当然だろ」
って感じに考えが変わりました。
  
  
  
それに、今現在の自分の孤独感が減った理由としては、
  
結婚して子供も生まれて、
家族が居るということが非常に大きいですね。
  
そういう意味で、妻子の存在が
以前に比べて私を格段に幸せにしてくれました。
  
  
ただ、まだまだ孤独感が完全にない訳ではありません。
  
  
「自分と話の合う人間」が少なすぎるので、
そういう人が私にとっては非常に貴重だし、
  
そんな人と、出会って交流したいと思っています。  
  
  
もっと他人と自分の考えを共有したり、共感したり、
同じモノを見て笑ったり、楽しんだりしたいのです。
  
  
まぁ、人間が期待できなきゃ、宇宙人でも良いです(笑)
  
私の孤独感を埋めてくれるならね(笑)
  
  
  
それで、私の抱える孤独感は特殊すぎるので、 
普通の人の参考にはならないと思いますが、
  
一般的に「孤独感の大きな理由」は、
   
【 自然体の自分が、
  他人から愛されると思っていない、その自信が無い 】
  
という事です。
  
  
例えば、恋愛には自信があるけど、
結婚には自信が無い…という人がいます。
  
そういう人は、他人と「心理的な距離感」が近づきすぎると、
どんどん、「自然体の自分」が相手にバレていきます。
  
  
で、「自然体の自分」に自信が無いから、
【 他人と心理的距離を近づけたくない… 】というのが理由なのです。
  
要は、自信が無い「本当の自分」をさらけ出したくないから、
  
他人と距離を詰めすぎず、
本音ではなく、建前で付き合う事を選択しているのです。
  
  
  
私が育った家庭では、家族がみな自然体でした。  
  
ですから、私の場合、
「家族に対する孤独感」はほとんどありませんでした。
  
  
まぁ、私自身が特殊なので、
「家族に自分の考えや苦しみが理解されない孤独感…」
  
というのはありましたが、
基本的な部分での孤独感はありません。
  
  
家族間で孤独を感じる人は、
  
多くの場合、両親が本音で付き合っていない、
仮面夫婦だったのかもしれませんね。
  
  
では、ここからが【 重要かつ核心的な部分 】です。
  
  
孤独感を抱えている人の多くは、
  
なぜ、「自然体の自分に自信が無いのか?」です。
  
  
  
その大きな原因のひとつは、
  
【 他人の感情を害する事は悪である 】という、
  
「クソ思いっきり間違った思い込み(定義)」であると思います。
  
  
他人と心理的な距離を詰めていこうと思うと、
  
必ず、「お互いに今まで知らなかった部分」を知る事になります。
  
  
そして、
  
その半分は自分にとって好ましく、都合が良く、
もう半分は、自分にとって好ましくなく、都合が悪い事なのです。
  
  
それでも、相手の好ましくない部分を我慢するのではなく、
ポジティブ面を見つけて許し、許容していくから、
  
相手との「深い繋がり」を感じて、孤独感は消えていくのです。
  
  
カンタンに言うと、心理的距離を詰めようとすると、
  
「互いにイヤな部分が見えてしまう」のは、絶対に避けられない事です。
  
  
でも、それを許し合っていくから、
「深い繋がり」を感じて、「孤独感」は消えるのです。
  
  
恋愛はイイけど、結婚はイヤ…という人は、 
  
心理的距離を詰めていって、
【 互いにイヤな部分を見せ合う過程 】に、耐えられないのです。
  
  
私は、深い繋がりを感じ、信頼関係を構築する上で、
絶対に必要な過程だと理解しているので、
  
別に、「今まで知らなかった相手のイヤな部分」が見えようと、
一切動じません。
  
  
それも全部ひっくるめて、相手を受け入れるだけです。
  
それぐらいの覚悟は、予め出来ているのです。
  
  
整理してステップにすると、
  
  
1.心理的距離を詰める
  
2.互いのイヤな部分(自然体)を見せ合う
  
3.我慢するのではなく、別に気にならなくなる所まで許す
  
4.深い繋がり、信頼関係が構築できる、孤独感が減る
  
  
という事です。
  
  
で、「2番、3番」のプロセスを乗り越えられ無い人は、
  
「4番」に辿り着く事は絶対に出来ません。
  
  
で、深い繋がり、信頼関係を構築し、孤独感を減らすためには、 
  
互いにイヤな気持ちになる事は、往々にしてある事です。
  
  
お互いに既に、
精神的にめちゃくちゃ成熟し合っている者同士なら、
    
別に「互いの新たな部分(自然体)」を発見したところで、
一切イヤな気持ちにはならないでしょうけどね(笑)
  
  
まぁ、そういうパターンは地球上ではレアケースなので、
  
ほとんどの人は、
  
自分が許していないイヤな部分を、
相手の中に見てしまうモノです。
  
  
で、「お互いにイヤな部分を見せる」という事は、 
  
他人と心理的距離を詰めていく上では、
  
【「ネガティブ感情」も、ほとんど避けられない 】という事です。
  
  
で、
  
【 他人にネガティブ感情を感じさせる事を、悪い事だ 】
  
と思っている人は、
  
永久に、「自分の自然体」を他人に見せることができません。
  
  
「自分の自然体を見せること」と、
「それを見た誰かがイヤな気持ちをする事」は、 
  
ほとんどセットの様なモノです。
  
  
それは、人の価値観(好き嫌い)がバラバラだからです。
  
  
本音を出して、「自分はこれが大好き!」という時、
   
それが、「大嫌いな人」もいるのです。
  
  
例えば、私が真実を追究し、それを公開しようとするとき、
  
「真実が知りたい! 待ってました!」という人と、
「真実なんて知りたくない! 止めてくれ!」という人と、
  
どちらの考えの人も居るわけです。
  
  
この世に、「全員に喜ばれるモノ」なんてありません。
  
誰かに喜ばれる事は、他の誰かが嫌いな事です。
  
  
他人にネガティブ感情を与えない方法は、
  
・本音を言わない
・何も主張しない
・自然体を出さず、建前で生きる
  
という事になります。 
  
  
そうすると、
無難ですが、窮屈な生き方になります。
  
  
そして、みんなが仮面を付けて、自然体の自分を出さないから、
  
永久に他人と「深い繋がり、信頼関係」を構築する事も出来ない、
ずっと「孤独な人生」を歩み続けることになるのです。
  
  
孤独感を減らしたいなら、自然体で生きる事です。
  
そして、
その自然体の姿が好きな人もいれば、嫌いな人もいるのです。
    
ですから、自然体の自分を好きになってくれる人と、
信頼関係を構築し、付き合っていけば良いのです。
  
  
その過程では、当然ながら、
  
他人にネガティブ感情を与える事もあるでしょう。
  
  
【 別に、それの何が悪いの? 】って話なのです。
  
  
私は、10年くらい前から、
「感情のメカニズム」について語ってきました。
  
  
感情とは、「感じさせた他人」ではなく、
「感じる本人」に責任があるのです。
  
これが、感情のメカニズムなのです。
    
  
10年間言い続けても、
まだほとんどの人が理解していないので、
  
人間のアホさには、本当に辟易しますけどね。
  
  
感情は、本人の観念によって生み出される訳で、
  
例えば、いくら他人が感情を傷つけようと思っても、
  
ネガティブ観念を持っていない人を、
精神的に傷つける事は出来ないのです。
  
  
まぁ、意図して精神的負荷や負担を掛ける事はできますが、
ここで言う「感情を傷つけること」とは、区別されます。
  
  
例えば、宇宙人のバシャールを傷つけようと、
いくら人間が足掻いても、それはほぼ不可能でしょう。
  
人間からいくら悪口を言われたところで、
まったく気にも留めないでしょうから(笑)
  
  
それと同様に、
私を感情的に傷つけるのは、非常に難しい事ですよ(笑)
  
  
例えば、誰かが私に嫌がらせをしてきたとしても、
  
私にとっては、
「それにどう対処すれば、自分好みに上手く収まるか?」
  
という事を研究する研究対象として、面白く捉えます。
  
  
私は、身の程知らずのアホに対して、
自分のアホさを自覚させるのが大好きですから、
  
「どうやったら自分のアホさを自覚させられるかな?」
とアタマをひねるのも、
  
自分にとっては面白いゲームです。
  
  
まぁ、そんな感じで、
ネガティブ観念を持たない人に対して、
  
感情的に傷つけようと思っても、
ほぼ不可能なのです。  
  
  
逆に言うと、感情的に傷つくという事は、
  
本人が無意識に抱えるネガティブ観念が原因です。
  
  
自分の感情を変えられるのは、
他人ではなく、「本人だけ」なのです。
  
  
人間は、【 他人の感情に対しては無力 】なのです。
  
まずそれを理解する必要があります。
  
  
「他人に対して何とかしてあげたい」と思っても、
  
その問題を解決できるのは本人の意志だけです。
  
  
他人がやる事というのは、
潜在的に抱えている感情に気付かせるトリガーでしかありません。
  
  
本来感情というのは、
  
自分で生み出しているが故に、
本人しか自分の感情を変えることは出来ないのです。
  
  
これは、常識とはかなり違っている話でしょう。
  
でも、明らかに常識の方が間違っているので、仕方ありません。
  
  
「あの人を(感情的に)傷つけてしまった!」と、
  
嘆く必要は一切無いのです。
  
  
ただ、自分が「トリガーの役」になっちゃっただけで、
  
実際には、【 感情の原因は本人にある 】のです。
  
  
要は、
   
・自分のネガティブ感情を減らしたきゃ、自分が変われ!
   
・他人のネガティブ感情を減らしたきゃ、無理だから諦めろ!
  
って話です。
  
  
まぁ以前の記事で書きまくっていると思うので、
ここで感情のメカニズムの話は詳しくしません。
  
もっと知りたい人は、過去の記事でも探して読んで下さい。
  
  
とにかく、他人の感情に対して無力ですし、
  
人間は、自分の感情にしか責任を持つ事はできません。
  
  
だから、他人にネガティブ感情を与える事は、
悪い事でも何でも無いのです。
  
  
あー、日本人の常識とだいぶ違いますね。
  
他人に精神的苦痛を与えたとかで、
罪に問われたりする法律があるくらいですから。
  
  
でも、人々が感情に対して無知なんだから、
常識の方が間違っているんだから、
  
仕方ありません。
  
  
まぁ、ちょっと補足すると、
  
悪意を持って、他人に精神的負荷を与えようとしたなら、
その「悪意という動機」が、犯罪になっても仕方無いと思いますが、
  
悪意もなく、知らず知らずのうちに、
他人にネガティブ感情を与えてしまったぐらいなら、
  
気にする必要は無いと言う事です。
  
  
詐欺だって、「騙すつもりがあったのかどうか?」
  
という、動機で犯罪になるか決まるでしょ?
  
  
それと、同じようなモノです。
  
  
とにかく、

【 他人にネガティブ感情を与える事は悪いこと 】
  
という、クソ間違った思い込みをしている人は、
  
自分の自然体をさらけ出せないので、
  
他人と深い繋がり、信頼関係を構築できず、
孤独感を抱えたまま生きたことになる…、という話です。
  
  
で、

【 他人にネガティブ感情を与えるのは悪いこと 】
  
こういう考えって、
  
「世界の中で日本人が一番強いんじゃないかな?」と思います。
  
  
と言う事は、
  
【 日本人が世界で一番孤独感の強い民族なのかもしれない… 】
  
という事ですよ。


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