2018年03月05日

自分の死に対する結論

よく、映画やドラマ、マンガなんかで、
人が殺されそうな時に、
  
・「命だけは、お助けを〜!」
・「イヤだ〜!! 死にたくない〜!!」
   
ってセリフが出てきますよね。
  
  
今の自分は、それに全く共感出来なくなりました(笑)
  
  
そこで自分が死ぬなら、それが「死に時」かなって思うからです。
  
  
今死ぬとしたなら、それが「自分の死に時」なんだから、
なんで抗うのか?と(笑)
  
  
私は、いつ死ぬ覚悟も出来ているのです。
  
  
私は、「自分の命」を高次元存在に預けていますから、
  
「自分の死に時は、高次元存在が決める」と思っているし、
  
高次元存在が「今死ね」と言うなら、それに従うだけです。
  
  
以前にも言いましたが、
  
祖国に忠誠を誓い、
祖国の為にいつでも死ぬ覚悟ができている、
  
騎士みたいなモノです。
  
  
【 誰でも死ぬし、死に時は選べない 】
  
それを、私は完全に受け入れています。
  
  
だから、死に抗わない。
  
  
死に対して、完全に降伏しているのと同じです。
  
だって、絶対に避けられないんだから。
  
  
もちろん、
  
生きてやるべき事があるなら、  
生きようとしますよ。
  
  
私が生きて仕事をした方が意義があるなら、
当然ながら、何が何でも生きます。
  
  
でも、高次元存在的に、
「こいつはここで死んだ方が意義があるな…」
  
と言うなら、死ぬことも厭いません。
  
  
イエス・キリストだって、
高次元存在のそういう判断で、死んだのかもしれません。
  
  
【 生きて仕事を続けるよりも、ここで死んだ方が、
  後世により大きく貢献できる… 】
  
  
そういう判断だったのかもしれません。
  
  
死に勝つ事はできません。 不老不死は無いのです。
  
死には絶対に勝てないのだから、抗わずに降伏した方が良い。
  
  
死自体に抗うことは、無謀で愚かな挑戦です。
  
  
私は、死について徹底的に先回りして考えたからこそ、
  
「自分の死」に対して、【 明確な結論 】を出すことができたのです。
  
  
生きる事に意義があるなら生きますが、
  
死ぬことの方に意義があるなら、私はいつでも死にます。
  
  
「自分がどうしたい」より、「高次元存在の判断」を優先します。
  
  
それが、私の決断です。


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