2018年03月04日

「死」の三大特性

前々回の、「死と命」の記事は、
人によってはかなり衝撃だったと思います。
  
私は読者の反応を、遠隔でも感じますからね。
  
パニックになったり、
アタマが真っ白になった人もいるでしょう。
  
  
それだけ、人は普段から、
「死と命、人生」について深く考えていないのです。
  
なぜなら、【 考えるのが怖いから 】です。
  
  
死ぬことが怖いので、考えたく無いのです。
  
  
でも、私の記事を読むと、
半強制的に考えさせられると思うので、
  
自分の人生と深く向き合う意志のある人だけ、
読んでもらえれば良いかなと思います。
  
  
「死」について深く考えれば、
自ずと「自分がどう生きるか?」も決まってきます。
  
ですから、まずは「自分の人生」を考える前に、
  
【 自分の「死」について考える事 】が優先なのです。
  
  
で、いきなり「死について考える」と言っても、
何をどう考えたら良いのかわからないでしょうから、
  
私が、思考を整理しやすいように、
ヒントというか、ガイドラインを示したいと思います。
    
  
まず、死について考える上では、
  
【 死の特性 】を知る必要があります。
  
  
私が思うに、死には
   
【 大きく3つの特性(前提)がある 】と思うので、
  
まずは、それを紹介したいと思います。
  
  
  
《 第1.死は誰にでも等しく訪れる 》
  
この世に「不老不死の人」なんていません。
  
ファンタジーやSFの世界などでは、
不老不死の人が出てきますけど、 
  
「死にたくても死ねない状態」って、
あんまり幸せそうじゃ無いですよね。  
  
だいたい、不幸なキャラとして描かれています。
  
  
にも関わらず、
昔の権力者が、「不老不死の薬」などを求めたのは、
  
ただ、死ぬのが怖くて、
「ただ目先の死の恐怖から逃れたかった」という、
  
恐怖心から来る想いが、本質的な動機なのです。
  
  
とにかく、【 人はいつか絶対に死ぬ 】のです。
  
  
  
《 第2.誰が、いつ、どこで死ぬかわからない 》
  
自殺を除いて、
人間は「死に場所、死に時」を自由には選べません。
  
  
産まれて数日で死ぬ短命な新生児もいれば、
100歳を超えて生きる長寿の人もいます。
  
突然、事件や事故に巻き込まれて死ぬ可能性は、
誰にでもありますし、
  
それ(事件・事故)が、ある日突然、
  
自分の家族や親しい人に
降りかかって死ぬ場合もありますし、
  
自分が死ぬかもしれません。
  
  
誰が、いつ、どこで死ぬかはわからないのです。
  
それが、死の前提です。
  
  
  
《 第3.死後の世界は、あるかもしれないし、無いかもしれない 》
  
死んだ後の事を考えると、
  
・死後の世界や、輪廻転生が存在して、
 「死んだ後も意識が続く」かもしれないし、
  
・死後の世界や、輪廻転生は存在せず、
 死んだら「ただ意識は無に還るだけ」かも知れない。
  
  
この、3つの特性(前提)が、
  
「死」と「人生」について深く考える上で、
念頭に置くべき要素だと思います。
  
  
まぁ、ゲームにおける「基本ルール」みたいなモノですよ。
  
  
私は、この死の3つの特性を前提として、
  
【 自分がどう生きるべきか? 】
というテーマに結論を出しています。
  
  
まず、第1と第2の特性ですが、
  
・誰でもいつか死ぬし、
・いつ何処で誰が死ぬかはわからない
  
これが、死における基本です。
  
  
誰でも、人生のゴールは死なのです。
  
・金持ちになったから終わりじゃない。
・夢が叶ったから終わりじゃない。
  
何らかの目標を達成しても、
それは人生のゴールではなく、
  
死ぬまで人生は続くのです。
  
死んだときに、人生は終わるのですから、
【「人生のゴール」とは、「死」】なのです。
  
  
誰が、いつ、どこで死ぬかはわかりません。
  
私が、明日死ぬかも知れません(笑)
  
  
死は、いつ、どうやって訪れるかわかりません。
  
  
わからないのであれば、
  
【 いつ「死」が訪れても良い様に生きる 】
  
これが、最善の選択であるハズです。
  
  
「いつ死んでも、満足して死ねる」
  
そんな生き方を私は目指そうとしています。
  
  
「いつ死んでも満足して死ねる生き方」って言うのは、
  
私にとっては、
  
・全力を尽くす
・毎日やりたい事をやる
  
という事なので、限り無くそういう風に生きています。
  
  
もちろん、今すぐ死ぬとしたら、
  
「もっと人生であれがやりたかったなぁ…」
と思う事もあるかもしれません。
  
あのゲーム、クリアしたかったなぁ…とか?(笑)
  
  
でも、その瞬間、瞬間、
  
時間を最大限に有効活用して、
全力を尽くすことしか出来ませんし、
  
「死に時」は選べないのだから、
  
時間を最大限に有効活用して、
それでも時間が足りなかったのであれば、
  
それは【 物理的に出来なかった事 】として、
潔く諦めるしかないと思います。
  
  
私が、今死ぬとして、
  
「あぁ、あのゲームをクリアしたかったなぁ…」
と思うとします。
  
  
でも、日々の時間を無駄にしていたら、
  
「もし、もっと時間を有効活用していたら、
 ゲームをクリアできていたかもしれないのに…」
  
と、後悔の念が沸いてくるでしょう。 
  
  
でも、時間を最大限に有効活用していたら、
  
「自分の限界までやって、
 それでも時間が足りなかったんだから、仕方が無いな…」と、
  
カンタンに諦めが付きます。
  
  
・時間を無駄にしていたのか?
 時間を有効活用していたのか?
  
・やりたい事を心ゆくまでやっていたのか?
 やりたい事をやり残しているのか?
   
で、【 死ぬ時の気分 】が違いますよね?
  
  
私は、「良い気分で死にたい」ので、
  
無駄な時間を省き、時間を有効活用し、
最大限に、やりたい事に時間を使うのです。
  
  
自分が死ぬことをビビっている限り、
上記の様な考えも出来ませんし、
  
  
ただ、死について考えないようにして、
「人生の時間が無限にあるかのよう」に、過ごしてしまいます。
  
  
そして、全力も尽くさず、やりたい事もやらず、
死ぬ時に後悔し、【 最悪な気分で死ぬ事 】になるのです。
  
  
私は、
  
生きている間も良い気分でいたいし、
死に際も良い気分でいたいのです。
  
  
その為には、
  
【 時間を無駄にせず、毎瞬、全力でやりたいことをやる 】のが、
一番の策だと結論づけました。 
   
  
だから、「時間」と「体調(エネルギー)」と「経済力」が許す限り、
  
仕事においても、
出来る限り「全力でやりたい仕事」をやるし、 
  
プライベートにおいても、
出来る限り「全力でやりたい事」をやっています。
  
  
これは、私個人の結論ですから、
  
別に誰にでも当てはまる絶対に正しい事だ
と言うつもりなどありません。
   
自分は違うなと思ったら、参考程度に留めておいてください。
  
  
私は、上記のような生き方を選択しているので
  
【 いつ死ぬとしても、後悔なく、それなりに満足して死ねる 】と思います。
  
  
  
で、次に「第3の特性」の話に移ります。
  

【「死後の世界、輪廻転生」は、
 あるかもしれないし、無いかもしれない。】
  
  
こればっかりは、わかりません。
  
もちろん私は、死後の世界を「ある」と思っていますよ。
  
  
ただ、明確な物的証拠は出せませんからね。
  
私は、状況証拠を積み上げているだけですから。
  
  
なので、私は
  
死後の世界があったとしても、無かったとしても、
【 どちらに転んでも自分が得をする生き方 】を目指しています。
  
  
たとえば、死後の世界が無く、
「死んだら意識は無に還る」としましょう。
  
もし、そうだったら、
ラスベガスで銃を乱射して、何十人も殺して、自殺する。
  
そんな事をしても、
  
死んでしまったら自分のやったこともわからないし、 
意識がないのだから、罪悪感すら感じることはありません。
  
  
きっと、【 メチャクチャやって、自殺する… 】
  
という選択をする人は、
きっと死後の世界を信じていないのでしょう。
  
    
生きている間に何をやっても、
「死んだらチャラ」だと思っているのです。
  
  
どんなに苦労や努力をしても、  
死んでどうせチャラになるんだから、
  
生きている間の苦労や努力なんて、
積んでもそれほど意味が無いんじゃ無いの?
  
死んだら全てチャラになるなら、
出来る限り、ラクして生きたいわ〜と。
  
  
小学生や中学生は、
「明日地球が滅亡するとしたら、何をする?」
  
みたいな話を、友達としますよね?
  
  
そこで、
  
【 どうせ死ぬんだから、泥棒したり、人を襲ったり、
  他人に迷惑を掛けまくってから死ぬ! 】
  
って言う人は、死後の世界を信じていないのです。
  
  
まぁ、それはわかりますけど、
  
もし死後の世界があるとしたら、
それは【 最悪の選択 】です(笑)
  
  
もし、死後の世界があって、
人の意識や魂は、輪廻転生を繰り返し、
  
自分が他人にやったことは過去世、来世をまたいで、
自分に返ってくる…。
  
本当にそういう仕組みだったら、
  
メチャクチャやって、
他人に迷惑掛けまくってから死ぬって言う選択は、
  
自分の為にまったくなりません。
  
  
きっと、死んだ後も、
来世以降苦しみ続ける事になるでしょう。
  
  
「死んだら全てがチャラになる」なら、
  
ムチャクチャやって、他人に迷惑かけても、
好き放題に自分の欲望を満たしてから死ぬっていう選択も、
  
一見、妥当のように思えます。
  
  
でも、死後の世界が存在しているパターンの場合、
その選択は、非常にリスキーです。
  
  
私は、【 死後の世界、輪廻転生、過去世のカルマ 】があるとしたら、
  
出来る限り、生きている間に他人に奉仕貢献している方が、
自分の為にもなるじゃん!と思う訳です。
  
  
・生きている間もハッピーに生きて、
  
・死後の世界があるパターンの場合は、
 死んでからもハッピーになれる。
   
  
私は、そういう生き方を選択しているのです。
   
  
具体的に箇条書きにすると、下記になります。
  
  
・時間を無駄にしない
   
・毎瞬、全力を尽くす
    
・仕事も遊びも、極力やりたい事だけをやる
  
・やりたくない事は極力やらない
   
・日々の生活を快適に暮らすために、
 自営業のライフワークで経済的にも成功する
  
・死後の世界があるパターンを考えて、
 出来る限り、他人に奉仕貢献する
  
・親しい人、愛する人がいつ死んでも後悔しないよう、
 その時、その時で、自分にやれる事はやっておく。
  
  
文章にすると、
     
   
【 時間を無駄にせず、時間、体調、お金が許す限り、
  仕事も遊びもやりたい事に全力投球。
  
  やりたくない事はやらない。
  
  「死後の世界・輪廻転生」があるパターンを考えて、
  仕事でもプライベートでも、他人への奉仕貢献になる事をする。】
  
  
という事です。
  
  
でも、【 言うは易し、行うは難し 】かもしれませんね。
  
  
私のような生き方をする為には、
  
【 ありとあらゆる、「全ての恐怖を克服」していく必要 】
  
がありますから。
  
  
まぁ、大変っちゃ大変です。
  
  
でも、私は賢いので、
長期的に見てベストな選択って言うのがわかってしまう。
  
  
大変な道のりだとしても、
自分は「ベストな選択」をするしか無いのです。
  
  
「ベストな選択」だとわかっていながら、
それを選択しないって、相当アホですからね(笑)
  
理解に苦しむくらい。
  
  
私は、中学生の時に自殺願望を持って、
  
「死、命、人生」について、深く考えました。
  
  
その時に、ここまで深く考えていた訳ではありません。
  
ただ、【 死、命、人生について考える習慣 】が身に付きました。
  
  
そして大人になって、いろいろ勉強、研究していく中で、
  
さらに、「死、命、人生」についての見識を深めていったのです。
  
  
そして、ある時、
  
上記の様な「生き方」をすれば良いじゃん!
   
という最終結論に辿り着いたのです。
  
  
まぁ、私と同じ様な生き方を、誰もが選択するとは思いません。
   
  
ただ、「参考材料」や「ヒント」としては、
結構大きく役に立つんじゃないかな? と思います。
  
  
それに、【 3つの特性(前提)は、万人共通 】です。
  
  
《 第1.死は誰にでも等しく訪れる 》
  
《 第2.誰が、いつ、どこで死ぬかわからない 》  
  
《 第3.死後の世界は、あるかもしれないし、無いかもしれない 》
  
  
このルールは、誰にでも当てはまりますから、
  
これを基準に考える事は、オススメ出来ます。
  
  
ゲームをプレイするには、
まずルールを把握しなければなりませんからね。
  
  
言い換えれば、上記の「死の3つの特性」が、
 
【 人生を生きる上での基本ルール 】なのです。  
  
   
  
でも、基本ルールを把握・理解せずに、
  
プレイしている人が、なんと多い事か。
  
  
基本ルールを把握・理解していないから、
上手くゲームを楽しめないのです。
  
  
人生は、ゲームです。
  
  
ルールを知る人は、主体的にゲームを楽しめますが、
  
ルールを知らない人は、
  
絶対に逃れられない死に対して、死ぬまで恐怖を抱え続け、
  
心を恐怖が支配して、ゲームを楽しむ気など起きず、
ただ恐怖心から「保身」と「延命」に駆けずり回るだけです。
  
  
絶対に逃れられないモノ(死)に対して、
恐怖を抱え続けるって、
    
どう考えても損な生き方です。
  
  
時間と労力の無駄でしか有りません。
  
  
水を飲んだら、いつかオシッコが出るのが当然です。
  
なのに、オシッコが出そうになる事に、
恐怖を感じている様なモノです。
  
   
絶対に出るモノは出るんだから、
それを前提として、腹を括って覚悟を決めるしかありません。 
  
  
理性的に、論理的に、合理的に考えれば、
  
死の恐怖を持ち続けるって、損な生き方です。
  
  
でも、恐怖心が強いと、
理性的に、論理的に、合理的に考えられず、
  
思考が停止して、パニックになり、
目先の事しか考えられず、
  
長期的に自分にとって損な方を選択してしまうのです。
  
  
・強い恐怖を抱えたまま、一生アホでいるのか?
   
・覚悟を決めて、恐怖を克服し、アホを抜け出すのか?
  
  
まぁ、そういう選択なのです。
  
  
あとは、お好きにどうぞ。


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