2018年02月28日

恐怖を乗り越える為の前提

私が、捨て身の覚悟で恐怖に立ち向かえるのは、
  
「死」を受け入れているからです。
  
  
人生最悪の出来事が、「死」であるなら、
  
「死ぬこと」さえ受け入れられれば、
それ以上に怖いことっていうのはありません。
  
  
限りなく延命されて、拷問を受け続ける…
  
っていうなら、死ぬより辛いかもしれませんが、
  
現代でそんな事はなかなか無いでしょう。
  
  
人生の最低ラインが「死」で、
【 それは誰にでも訪れる 】ってことが受け入れられれば、
  
  
・破産、倒産も怖くない
・病気も怖くない
・大怪我も怖くない
・他人から嫌われても怖くない
  
…ということです。
  
  
だって、死んだら
どんな精神的苦痛も肉体的苦痛もリセットなのです。
  
  
誰にでも絶対に訪れる「死」さえ受け入れられれば、
  
大抵の恐怖は、恐れるに足りないと思えます。
  
  
・破産するのが怖い!
・他人から嫌われるのが怖い!
  
そういう人って、
【 自分が死ぬ 】ということがわかってないんでしょうね。
  
  
【「自分が死ぬ」という現実から逃避している 】のです。
  
  
人生では、将来にどんな苦痛が待っているかわかりません。
  
  
でも、「最悪、死ぬだけだ」と思ったら、
  
大抵のことは、怖くなくなるのです。
  
  
もし強い恐怖が沸いてきても、冷静に対処できるのです。
  
  
私が捨て身になれるのは、死を意識しているからです。
  
  
成功するためには、捨て身の覚悟を持つ必要があります。
  
  
自営業者になったら、
「破産の可能性と恐怖」は常に付きまといます。
  
  
でも、それを覚悟できない人間は、
自営業者なんて生き方は続けられません。
  
  
私は、【 人間が死ぬことなんて当たり前 】だと思っています。
  
死ぬこと自体を残念だとか、そういう風には思いません。
  
  
死ぬことが残念なら、誰しも死ぬことが決まっている訳で、
この世に生を受けることすら残念でしょう。
  
  
死ぬことは決まっているのだから、それより、
  
【 どう生きたか? どう死んだか? 】
  
が重要だと思います。
  
  
私は、死後の世界を信じているので、
  
死んだ後にハッピーになりたいと思っています。
  
  
だから、現世で苦痛があっても、思い通りにならなくても、
死後のことを思えば、耐えられるのです。
  
  
それに、別に死後の世界がなくて、
「死んだら無に還る」としても、
  
私は自分の生き方に満足しています。 
  
  
【 死後の世界があろうが、なかろうが、
  どちらにしても、自分が満足できる生き方 】を、
  
私はしているのです。
  
  
まぁ、私は賢いからね。
  
  
誰にでも等しく訪れる「死」を恐れるなんて、
  
【 老いをネガティブに捉える 】のと同じです。
  
  
時間の経過を、不幸にしか感じません。
  
そんな人生を不幸にしか感じない考え方、損でしょう?
  
  
死を恐れることは、
【 人生そのものを不幸に感じる要因 】になります。
  
  
だからこそ、
【「死」という最悪の事態 】を受け入れさえすれば、  
  
他に恐れるものはあまりなく、
自分の生きたいように、生きられるのです。
  
  
【 自分好みの生き方、死に方 】が実現できるのです。
  
  
  
「人間は誰でも死ぬ…、人の命は儚い…」
  
そんな当たり前の事実すら、現実逃避している人が多いのです。
  

「当たり前の事実」から目を背けていて、
  
正しい判断を下せるわけがありませんね?
  
  
【 至って当たり前の事を、正しく認識できない 】のが、
  
「人類の知性と精神性のレベル」なのです。
  
  
【 恐怖によって、当たり前の事実から目を背け、
  感情的になり、理性的、論理的に考えられない 】
  
  
それが、現代の人類の「思考・知性・精神」のレベルです。
  
  
だから、私は人類が賢いなどとは思わないのです。
  
  
もし、今以上に賢くなりたければ、
  
「自分が既に賢い」という
過信や傲慢さを捨てなければなりません。
  
  
人類が、
  
「自分たちって、当たり前の事がわからないくらい、アタマ悪いなぁ…」
   
と気付いたとき、まともな判断が下せるようになるのです。


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