2018年01月09日

高次元存在に対する信頼と覚悟

前回の記事で、
  
【 自分は忠実に「ハイヤーマインド・守護霊」の指示に従う 】
   
という事を描きました。
  
  
この私の徹底ぶりは常人には理解しがたいかもしれませんが、
  
私は、ハイヤーマインドや守護霊が、
  
「死ね」というなら死ぬ覚悟だし、 
「破産しろ」というなら、破産する覚悟です。
  
  
例えるならば、
【 王様と祖国に忠誠を誓った「騎士」】のような心構えです。
  
  
今の平和ボケした日本人には理解しにくいかもしれませんが、  
人類はこれまで、数多くの戦争を繰り返して来ました。
  
それこそ、古代、戦国時代から、
世界大戦のあった近代まで…です。
  
  
そして、戦争に行く人間は高確率で死んでしまいます。
  
  
なぜ、「自分は死ぬ」とわかっていて、戦ったのでしょう?
  
なぜ、逃げなかったのでしょう?
  
  
それは、【 自分の命より大切なモノがあるから 】です。
  
  
それは、「祖国」や「家族」、「名誉」だったり…です。
  
  
なぜ、私がハイヤーマインドの指示に命を懸けるか?
  
というと、私にも【 命より大事なモノ 】があるからです。
  
  
私は、「自分が死んだ後の事」も考えているので、
  
そういう判断が下せるのです。
  
  
例えば、イエス・キリストは、磔になって処刑されましたが、
  
もし、姑息な手段を使って、他人を身代わりにして、
逃げ出したとしたらどうでしょう?
    
  
・死後、後世に名前が残ることも無かったでしょうし、
・死んで天に帰ったときに、神さまから褒められたでしょうか?
  
  
自分が死んだ後の事…、
  
つまり、「死後の名誉」や「死後の世界」を考えると、
  
【 自分は死んだ方が良い 】という判断も有り得る訳です。
  
  
私も同じく、
「死後の名誉」と「死後の世界」を考えるので、
  
自分の「命」や「人生」を、
全て高次元存在に預けられるのです。
  
  
例えば、
  
私が「我が身可愛さ」故に、
無責任になって、姑息になって、保身に走って、
  
その結果、人生が転落して、
ホームレスにまで堕ちたとしましょう。
  
  
で、そんな人生が待っているなら、
私は自分の命を守る価値を感じません。 
  
  
別に、落ちぶれる人をバカにする訳ではありませんが、
  
私は個人的に、「落ちぶれた人生」より、
「名誉ある死の方がいいな」って思うだけです。
  
  
【 死後の事を考えれば… 】です。
  
  
保身に走っている人は、一体何を守っているのでしょう?
  
その後に待っている「惨めな人生」に、
それほど「守る価値」を感じているのでしょうか?
  
  
「自分って卑怯者なんだ…」というセルフイメージで、
惨めに生きていくぐらいなら、
  
私は、【 誇り高く意義のある死 】を選びます。
  
  
1.死後の名誉、死後の世界
2.惨めに生きながらえる人生
  
  
二つを天秤に掛けて比べたら、
私にとっては前者の方が圧倒的に重いのです。
  
  
ですから、私にとっては自分の生存、生命維持よりも、
  
高次元存在の指示に従う方が、重要なのです。
  
  
だから、この「人生」や「命」を、
  
高次元存在に捧げられるのです。
  
  
それぐらい、高次元存在を強く信頼しています。
  
  
ポジティブな高次元存在にも、意図があります。
  
  
この地球のアセンションに賭けていて、
「一人でも多く、ポジティブな世界に引き上げてやろう!」
   
そう思っている高次元存在は、無数に存在しているのです。
  
  
でも、高次元存在は肉体を持っていないので、
  
【 自分の意図通りに動いてくれる人間 】を求めています。
  
  
私は、それに立候補している訳です。
  
  
私にとっては、「今生の命や人生」よりも、
  
【 死後の名誉 】と【 死後の世界 】の方が重要です。
  
  
ですから、「今生の自分の命と人生」は、
  
【 ポジティブな高次元存在の意図通りに動く人間になる 】
  
という目的の為に、捧げているのです。
  
  
で、逆説っぽいですが、
  
「高次元存在に命と人生を捧げます!」とコミットするからこそ、
    
高次元存在は、
「何が何でも自分を守ってくれるだろう」とも思えるのです。
  
  
高次元存在からのサポートの威力は、
【 計り知れないほど絶大だ 】と言うことは、
  
これまでの私が行ってきた検証で確信があります。
  
  
大きな災害が起きても、
間一髪で助かる人というのがいますが、
  
あれも多くの場合、高次元存在のサポートがあってこそです。
  
  
「助からない人は全員日頃の行いが悪い」
と言うつもりはありませんし、
  
人それぞれ、ケース・バイ・ケースですけどね。
  
  
もし、高次元存在にコミットしていたとしても、
  
常に安泰という訳ではなく、
時に辛い試練がもたらされる事もあるでしょう。
  
それも、長い目で見たときに、
自分の成長に役立つ試練だから、そうしているのです。
  
  
ですから、もし人生で辛い事があっても、
私の「高次元存在に対する信頼」は揺らぎません。
  
  
私は、辛い試練がやってきても、
その試練の「ポジティブな意図」を汲み取って、
  
自分の成長の糧として、前向きに捉えるからです。
  
  
  
自爆テロを決行する人も、
方向性は違えど、私と理由は同じです。
  
  
自爆テロをする人は、
  
神の為に戦い、神の為に死ぬ事によって、
「死んだら天国に行ける」と思い込んでいるのです。
  
  
「死後の事」を考えるから、自分の命を捧げられるのです。
  
  
この宇宙のあり方を、正確に物理的に捉えたときに、
自爆テロをする人は、信仰する対象が間違ってますけどね。
  
でも、【 信仰する対象への信頼と覚悟 】は、
それだけ強いのでしょう。
  
  
その部分だけは、常人よりも突出していると思います。
  
  
  
自爆テロをする人が信仰している対象とは違って、
  
私の信頼している高次元存在のサポートの威力は、
本当に絶大です。
  
  
ですから、
  
【 私は高次元存在の為に、命と人生を捧げて働きます! 】
  
とコミットメントして、
人生でどん詰まりになる事なんて、あり得ないのです。
  
  
常人は、「お金が心配だ、生活が心配だ…」と言いますが、
  
高次元存在に身を委ねている限り、
自分が餓死するような事は絶対にありません。
  
  
高次元存在は、地球のポジティブ化の為に、
働いて欲しいのです。
  
つまり、死なれたら困るわけです。
  
  
ですから、
  
「高次元存在の為に働く覚悟」さえあれば、
必ず生かしてしてくれます。
  
自分に死ぬ時があるとすれば、
それは「仕事が終わったとき」です。
  
  
自分の成長の為に、
一時的に「お金に困る様な試練」があるかもしれませんが、
  
「高次元存在の為に働く」と覚悟を決めている人間が、
  
生活できなくなるほどに追い詰められる事態になる事は、
まず考えられません。
  
  
「高次元存在の為に働くと決めている人間」の生活は、
  
必ず守られます。
  
  
めちゃくちゃお金に困っている様に見えても、
  
「高次元存在の為に働く」と決めている人間には、
絶対にサポートが入って、何とかなるのです。
  
  
ギリギリまで
金銭的に追い詰められている様に見えても、
  
すんでの所で、
  
・臨時収入があったり…、
・お金を借りられるアテが見つかったり…
  
そういう事が必ず起こります。
  
  
生活とか、お金とか、そんなのは、
   
【 高次元存在に「身(人生と命)」を委ねるかどうか? 】
  
というテーマに比べたら、非常にみみっちいテーマです。
  
  
「ポジティブな高次元存在の為に働く」と決めている人間は、
  
長期的に見れば、全てがスムーズに進みます。
  
  
途中でやってくる試練も、
【 長い目で見て自分の成長に必要なことだ 】
  
と前向きに捉えれば良いのです。
  
  
実際にその通りなのですから。
  
  
自分の人生を本当に良いモノにしたければ、
  
ポジティブな高次元存在のために、
【 今生の人生と命を捧げる覚悟 】を持てれば良いのです。
  
  
それだけで、全ては解決します。
  
全てはスムーズに良い方向に向かいます。
  
  
もし、
  
・我が身可愛さ故に保身に走ったり、
・目先でラクな方に流されたとしても、
  
待っているのは「惨めな人生」です。
  
  
【「惨めな人生」って、そこまで守る価値があるのか? 】って。
  
  
自分の「惨めな人生」を守るくらいなら、
   
「誇り高く自分の命と人生を、
 公と大義の為に捧げた方が、よっぽど良くないか?」って。
  
  
【 惨めな「生」と、誇り高く意義ある「死」】 どっちが良さそう?って。
  
  
戦争に例えると、
「逃げてもどうせ殺されるだけなら、戦って死ね」って事です。
  
もしかしたら、勝てるかもしれないし。
  
  
別に、これは私の個人的な考えであって、
  
他人に押しつけるつもりは毛頭ありません。 
  
  
死後の事なんかより、
とにかく【 自分の「生命維持、生存」の方が大事 】って、
  
そういう動物的本能みたいな考えの人もいるでしょうから。
  
  
高次元存在のサポートの威力は絶大です。
  
  
ですから、今この瞬間、
  
【 ポジティブな高次元存在の為に、今生の人生と命を捧げる! 】と、
  
本当に決断できたとしたら、
  
これまで人生が上手く行かなかった人でも、
その瞬間から、劇的に人生全体が良くなり始めるでしょう。
  
  
逆に、姑息なことをしていると、
高次元存在のサポートは無くなっていきます。
  
  
どうせ人は死ぬんです。
  
  
「惨めな人生」だろうが、「快適な人生」だろうが、 
  
どうせいつか、人は死にます。
  
  
でも、魂は永遠です。
  
  
ですから私は、「今生の人生や命」より、
 
「魂」を優先します。
  
  
逃げて「惨めな人生」を生きるくらないなら、
  
私は、「高次元存在の為に生きて死ぬ方」が良い。
  
  
逃げた後の「惨めな人生」なんて、
私にとっては「守る価値」を感じませんが、
  
「死後の名誉」と「死後の世界」の方が、
よほど「守る価値」を感じるのです。
   
  
今、
 
「このまま行けば、
 自分の人生はマジでヤバいことになる…」
  
と感じている人が、一発逆転を狙いたいなら、
  
【 ポジティブな高次元存在の為に命と人生を捧げる覚悟 】
  
を決める事です。
   
  
その瞬間から、ありとあらゆる全てが変わります。
  
  
我が身可愛さ故に逃げてもどうせ、
待っているのは「惨めな人生」と「惨めな死」です。
  
  
我が身が本当に可愛いと思うなら、
「惨めな人生」と「惨めな死」でいいのか?って話です。
  
  
それよりは、
  
「公の為に人生と命を捧げる覚悟」を持って、
誇り高く生きて、誇り高く死ぬ方が、
  
よほど価値ある「人生と命の使い方」では無いでしょうか?
  
  
「動物的な本能」に流されていたら、
  
【 惨めだろうが、生きながらえる事 】が大事でしょう。 
  
  
でも、私にとっては、
「動物的な本能」より、「人としての尊厳」の方が大事です。
  
  
・何よりも生命維持・生存が大事という、動物的な判断を下すのか?
  
・成熟した人間として、
 命より大事なモノの為に命と人生を捧げるのか?
  
  
これは、
  
・【 原始的な、動物的思考・発想 】と
・【 成熟した、人間的思考・発想 】との戦いなのです。
  
  
  
  
補足の追記ですが、
  
【 決断すれば、人生は上手くいく 】
  
  
その内容に嘘偽りはありませんが、
  
落とし穴は、実際は決断できていないのに、
「決断したつもり」になっていること。
  
  
その決断が本物かどうか?
  
「それを試されるような試練」が訪れるでしょう。
  
それを乗り越えられなければ、
「決断出来ていた」とは、まったく言えません。
  
  
どれだけ高次元存在を信頼しているのか?
  
  
それは、
  
「絶対に助かるから、ビルの屋上から飛び降りろ」と言われて、
本気で自分は飛び降りれるのか?
 
という事を試されているに近いです。
  
 
ですから、自殺するぐらいの覚悟が必要だと言うのです。
  
「決断はカンタンだ」とは言ってません。
  
  
「惨めな人生」を避けるために、
  
本当に限界まで苦しめるのか? 本当に死ねるのか?
  
  
それが出来なきゃ「本物の決断」ではありませんし、
  
ただ、「中身の無い空っぽの期待」でしかありません。


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