2017年12月22日

甘えた人間は、突き放すしか無い

以前にも同じ事を言いましたが、
  
  
私は、他人に対するアプローチは、
  
・優しく伝える
・厳しく伝える
・突き放す(見捨てる、見放す)
  
の、大きく三種類に分けられると思います。
  
  
素直な人や、謙虚な人には、
優しく伝えればわかってもらえますが、
  
態度が悪い人に対しては、
厳しく伝えざるを得ません。
  
  
それでもダメなら、
もう「突き放す」しかありません。
  
  
で、「他人を突き放す厳しさ」を持っていない人は、 
  
自分が他人から突き放されたくないし、
「他人から突き放されたとき」に、被害者意識を持ちます。 
  
  
企業から「派遣切り」に遭った人たちみたいに。
  
「契約切りやがって!」って、
それが派遣スタッフという立場でしょう?
  
  
そもそも、自分に大して仕事の能力も無いのに、
  
「雇ってもらって当たり前」という根性が、
狂っているのです。
  
  
  
実際、人生を生きる上では、
突き放したり、突き放されたりする事はたくさんあります。
  
  
例えば、みなさんは毎日何かお買い物をしているでしょうが、
「お金を払う価値がある」と思うから、お金を払っています。
  
今まで買っていたモノより、
良い商品が出てきたら、そっちに乗り換えるでしょう?
  
ってことは、これまで買っていた古い商品は、
「見放された、見捨てられた」と言う事です。
  
  
さらに、自分に向かってくる数々の営業的アプローチを、
断ったりしているでしょう?
  
  
みなさんは、日々の経済活動で、
たくさん「突き放して、見捨てて、見放している」のです。
  
  
それが、世の中の「当然」なのです。
  
  
自分は、役に立たないモノにはカネを払わない癖に、
  
自分が企業の役に立てなくても、
自分にカネ(給料)は払って欲しいって、矛盾してますけど?
  
  
  
世の中で売れる物は、
「消費者にとって価値あるモノ」であって、
  
お願い営業されて欲しくも無いモノを買ったり、
お願い営業して役に立たないモノを売っている訳ではありません。
  
  
それは、「労働者の労働」にも言える話です。
  
  
  
「突き放したり、突き放されたりするのが
 当然に起こる世の中」で、
   
突き放すことを否定していては、
まともに生きていけません。
    
  
突き放すのも、突き放されるのも、当たり前の行為です。
  
  
世界には、企業には、国には、
  
役に立たない人間を養っている余裕は無いのです。
  
  
メシを食って、他人から価値を受け取った分だけ、
  
代わりに、自分も何か価値を提供しなきゃいけない。
  
  
これが、この世の経済における根本原理です。
  
  
なんで、まともに働かない人間に
メシを食わせなきゃいけない?
  
  
甘えている人間全員をまともに養おうとしたら、
  
働いている人間が、
いくら寝ずに働いても圧倒的に足りません。
  
  
そんな不公平が続く訳が無い。 通る訳が無い。
  
  
甘えている人間は、自分が働けって。
   
仕事できるだけの能力が足りないなら、
「他人に役立つ能力」を身に付ける事に本気出せって。
 
  
それが出来なきゃ、ホームレスになっても当然の道理。
  
  
  
で、どこまでも甘えて続けようとする人間に対しては、
  
優しく教えてもダメ。 厳しく教えてもダメ。
  
  
最後に突き放されるまで、見捨てられるまで、
自立しようと思わないのです。
    
  
だから、甘えた人間は突き放さないとダメなのです。
  
  
そして、突き放されても自立できない人間は、
救われようが無く、どこまでも落ちていくしか無い。
  
  
それこそが「世界のあり方」であって、
自分が「他人に助けてもらって当たり前」という傲慢さを持ち、
  
世界がオカシイのでは無く、
自分の方こそ、「他人を舐めていたんだ」という事実を、
  
身を持って思い知るしか無い。
  
  
自分が他人から何かを受け取っている分、
自分から何かを返そうともしない無責任な人間は、
  
信頼も人間関係も、失うしかないし、
  
経済力を失って野垂れ死んでも、当然の道理。


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