2017年10月26日

依存心を捨てる過程

昨日、田中くんから、
  
「どうやって主体性を高めていけば良いですか?」  
と、質問を受けました。
  
  
そこで、
  
「なぜ自分は依存心を捨てる事が出来て、
 主体性が高くなったのだろう?」
  
と振り返って考えてみると、
  
他人をアテにしなくなって来たからだし、
  
他人をアテにしなくなったのは、
【 他人に裏切られ続けてきたからだな… 】
  
という根本に辿り着きました。
  
  
私の主体性が高い理由は、
  
1.科学的な視点を持っている
    
2.他人に裏切られ続けてきて、
  他人に対する捉え方がシビアになった
  
という事だと思います。
  
  
第一の、【 科学的な視点 】という事ですが、
  
科学者というのは、先入観を排除し、
「客観的な事実」と「法則」を追求します。 
  
  
・「確実で揺るぎない証拠」を掴んでこそ、
・検証、分析し、実験で証明できてこそ、
   
ようやくそれを真実だと思える訳です。
  
  
「あやふやな情報」は鵜呑みにしませんし、
「明確な証拠」も無いのに、真実だと思い込むこともしません。
  
  
「逮捕」や「裁判」もそうですよね?
  
明確な証拠が揃ってこそ、
容疑者を逮捕したり、裁判で判決を下すわけです。
  
  
明確な証拠も無いのに、
あやふやな情報で逮捕しようものなら、
  
「中世ヨーロッパの魔女狩り」と同じです。
  
  
世の中、冤罪だらけになってしまうでしょう。 
  
  
「証拠」や「論理」を重んじるのは、
「裁判に携わる者」や「科学者の思考」です。
  
  
要は、「安易に間違っちゃいけない」という、
【 重い責任 】を背負っているのです。
  
  
この「証拠」や「論理」を重んじる考えを持っている時点で、
既に主体性は高い訳です。
  
  
一方、宗教の信者などは明確な証拠も無いのに、
他人の情報を鵜呑みにしますが、
  
それは、主体性が無く依存的だからです。
  
  
  
第二に、【 他人に裏切られる経験 】という事ですが、
  
  
「裏切られる」っていう単語自体が、
既に被害者意識を含んでいると思うので、
  
「裏切られる」という現象を、
自己責任として言い換えてみると、
  
  
1.自分の「他人を見る目」が無かった
2.「他人の気持ち」が途中で変わった
  
この2点が原因なのです。
  
  
・自分の「他人を見る目」が狂っている可能性もありますし、
・「他人の気持ち」が途中でコロッと変わるかも知れません。
  
それが、初めっから「想定内」に入っていれば、
「裏切られた!」なんていう【 被害者意識 】は湧いてきません。  
  
  
私の他者に対する捉え方は
   
・誰しも、「ウソ」や「間違った事」を言う可能性がある
・誰しも、途中で「気持ち」がコロッと変わる可能性がある
   
です。
  
  
ですから極論すると、私は誰の発言も信じていないのです。
  
  
他人は「ウソ」や「間違い」を言っているかもしれなし、
誰しも「気持ちがコロッと変わる可能性がある」のだから、
  
「誰も信じられない」という事です。
  
  
私がよく引用するバシャールだって、 
  
・言っている内容が「間違っている」かも知れないし、
・途中でバシャールの気持ちがコロッと変わるかも知れない。
  
私は、そんな風に思っています。
  
  
バシャールの発言を鵜呑みにする、バシャール信者とは違います。
    
  
バシャールの言っている事がもし間違っていたとしたら、
  
バシャール信者はダメージが大きいでしょうが、
私は、まったくダメージを受けません。
  
  
じゃあ、中井さんは一体何を信じているの?
  
って思うかもしれませんが、
  
  
遠い昔っから、ずーーーーーーっと言い続けているんですけど、
  
私が信じているのは【 法則だけ 】です。
  
  
極論すると、私は「法則」以外、何も信じていません。
  
  
多くの人は、
  
「国、社会、企業、常識、師匠、
 両親、先生、友人、お金、高次元存在」
  
などを頼りにしているでしょうが、
  
私は、そのどれもアテにしていません。
  
  
私がアテにしているのは、本当に「法則だけ」です。 
  
  
私の教えている人たちにも、
  
【「私という人間」は信じなくていいから、
  唯一絶対不変の「法則」を理解してください 】
  
という風に伝えていますからね。
  
  
それでも、
  
未だに弟子たちは「法則」が理解できずに、
「私という人間自体」に依存しているのだから、
  
【 日本語が通じていない 】としか思えません。
  
  
私が、5年後に
気持ちがコロっと変わったらどうするんでしょう?
  
私が将来、「悪の大魔王」にならないと言い切れるのでしょうか?
  
  
でも、5年後になっても「法則は絶対に不変」ですけどね。
  
  
「法則」とは、
常に北を指し示す、「コンパス(方位磁石)」の様なモノです。
  
そのコンパスを頼りに、地図を広げ、
自分の行きたい場所に行けば良いのです。
  
  
このコンセプト自体、
未だに理解されず、通じていないんでしょうね(笑)
  
  
【 意思を持った「他人」では無く、
  意思を持たない「法則」を指針とする 】  
    
というコンセプトを心の底から理解し、体得するには、
主体性が「321以上」必要みたいですね。
  
  
私だって、もしかしたら他人を裏切るかも知れないし、
私の周囲の誰かだって、私を裏切るかも知れません。
  
なぜなら、人の気持ちはコロッと変わるからです。
  
  
嫌いな人を「好き」になったり、
好きな人を「嫌い」になったりするでしょ?
  
だから、少なからず人は結婚と離婚を繰り返すのです。
  
  
家族だろうが、先生だろうが、
国だろうが、企業だろうが、
宇宙人だろうが、高次元存在だろうが、
   
・「ウソ」や「間違い」を言っているかも知れないし、
・いつ、気持ちがコロッと変わるかも知れないし、
・いつ、自分を裏切ることになるかも知れない
  
  
それが、私の持つ世界観です。
  
  
私が唯一、
全幅の信頼を寄せているのは、「法則だけ」です。
  
  
法則は、「意思」や「意図」を持っていないからこそ、
コロッと変わる可能性もありません。
  
  
以前、「法則」が変わるときは、
「世界の終わり」だという記事を書きましたが、
  
それくらい、
【 法則が変わることはあり得ない 】のです。
  
  
バシャールの発言より、法則の方がよっぽどアテになります。
  
  
私は、法則を指針として、自分の行動を決定しています。 
  
  
いくら他人が私を裏切ろうとも、誰が私を裏切ろうとも、
  
法則が自分の味方をするように行動している限り、
  
【 私の身は守られ続ける 】のです。
  
  
それを信頼しているので、
私は安心して暮らしているのです。
  
  
もう一度言いますが、私の事なんて信じなくて良いんですよ。
  
私は5年後、気持ちがコロッと変わるかもしれないんだから。
  
  
人の気持ちなんて、どう変わるかわかりません。
  
  
私が実は悪者だった時のことぐらいは想定して、
人生を生きて欲しいモノです。
  
  
まぁ、私はまだ心配ない方だと思いますが、
自己啓発やビジネス教育界の有名著者・講師などは、
  
ファンの人たちが思っているほど、
人格者ではない場合が多いと思いますが(笑)
  
  
そもそも、
まず既に「親と学校の教育」や「常識」に裏切られてますよ。
  
【 既存の教育や常識は間違っているから 】です。
  
  
みんな、ウソを教え込まれているのです。
  
  
私は、中学校の挫折の時にそれを痛感しました。
  
  
【 親も、学校も、国も、企業も、平気で間違った事を教える 】
  
  
そんな社会で生きているからこそ、
  
自分自身がシッカリと真実を見極める必要があるのです。
  
  
その為に、経験や検証を重ねて、
  
客観的な真実を把握し、確信を深めていく必要があるのです。
  
  
揺るぎない「宇宙の法則のひとつ」に、
  
・自分の与えるモノを受け取る
・自分が与えたモノが返ってくる
  
という法則があります。
  
  
もう、本当に基本はこれだけで良いと思うんですよ。
  
  
私は、
  
・真実が知りたいから、可能な限り真実を伝える
  
・自分が優しくされたいから、他人に優しくする
  
・自分が自由でいたいから、他人の自由を尊重する
  
・自分が成長したいから、他人の成長をサポートする
  
・人生を良くする方法が知りたいから、知っている事を教える
  
・自分が経済力を高めたいから、他人の経済力向上を支援する
  
・質が高い商品を買いたいから、質の高い商品を売る
  
  
  
私はただ一貫して、
   
【 自分が受け取りたいモノを与えているだけ 】です。
    
   
私から発信するモノが、
【 質が高くて、親切で、誠実 】である限り、 
  
いくら特定の他人に裏切られようとも、
   
私に返ってくるモノは、
【 質が高くて、親切で、誠実なモノ 】なのです。
  
  
揺るぎない絶対の法則が、その結果を約束してくれています。 
   
   
だから、私は他人に裏切られても気にしません。
  
「人の気持ちはコロコロ変わるからねぇ」って思うだけです。
  
  
でも、私が積んでいるカルマは圧倒的に自分が得たいモノなので、
  
私の元には、「自分の得たいモノ」がたくさん返ってくるのです。
  
  
自分が「間違った情報」を発信していたら、
  
自分の元に返ってくるのも、「間違った情報」です。
   
  
  
自分が他人に対して、ウソや間違いを教えて、
質が低くて、不親切で、不誠実なモノを与えておいて、
  
自分の元には、
  
正確な真実の情報と、質が高くて、親切で、誠実なモノが
返ってきて欲しいなんて、
    
それは、いくらなんでもムシが良すぎますよね?
  
  
そんな事は、宇宙に望めません。 
  
  
・自分の与えるモノを受け取る
・自分が与えたモノが返ってくる 
  
これが、唯一絶対のルールなのですから、
  
それに則って生きるだけです。
  
  
このルールに則って生きている限り、 
 
他人にいくら裏切られようとも、何の問題も無いのです。
  
  
「いくらでも裏切って下さーい!」って感じです。
  
  
宇宙の法則には、誰も勝てませんから。
  
  
私は、宇宙の法則によって、
  
圧倒的にポジティブなモノが返ってくるように、
常に行動しています。 
  
  
ですから、誰かが私に悪意を持って攻撃しようが、 
私は唯一絶対の宇宙の法則によって、守られているわけです。
  
  
唯一絶対の宇宙の法則が、
自分の味方をするように行動しているので、
    
他人なんか、何も怖くないのです。
  
  
私が「不親切な人の存在を裁かずに許した上」で、
いつも他人に親切にしている限り、
  
私の周りには親切な人しか寄ってこないのです。
  
  
それが、宇宙の法則なのです。
  
  
と言う事で、
  
「バシャールや私が、実は悪人だったパターン」
を想定している人の方が、
  
「依存心」や「甘え」が少なく、「主体性」は高いですよ(笑)


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