2017年09月28日

家族が一番である事はあり得ない

前々回の記事で、
  
「自分にとっての一番の価値(観)を見つけなければ、
 生き方は何も定まらない」
  
という事を書きました。
  
  
で、その補足的な事を書きますが、
  
自分にとっての一番の価値(観)が、
  
「家族」であったり、
「特定の他人」である事は有り得ません。
  
  
二番目以降なら有り得ますが。
  
  
前回の記事で書いたように、
  
他人の意志や行動というのは、コロコロ変わります。
それに、いつ死ぬかもわかりません。
  
  
もし家族を失ったら、
  
・自分の人生も終わるのか?
・自分の一番の情熱は完全に消えて無くなってしまうのか?
・次の家族を見つけるまで、情熱は持てないのか?
  
って言うと、そうではありません。 
  
  
つまり、自分にとって一番の価値(観)を見つけるという事は、
   
【 家族よりも、恋人よりも、
  自分にとって、もっともっと大切なモノを見つける! 】
  
という事でもあるのです。
  
  
【 自分にとって一番の価値 】は、
  
「家族などの特定の他人」は関係無く、
  
自分の「行動・表現」「奉仕・貢献」によって、
自分の「自己重要感」や「自尊心」を高めてくれるモノです。
  
  
【 自分にとって一番の価値 】は、
あくまで自分が中心であり、自分が軸であるものであって、
  
「特定の他人」に尽くす事が、  
「自分にとって一番大切な事」であるハズがありません。
  
  
「自分の人生で、家族が一番大事!」って言っている人は、
  
本当の意味では、
  
「自分にとって一番大事なモノ」を、
まだ見つけられていないのです。
  
  
他人は、変動します。
  
  
人間の個性は変わりませんが、
  
「意志」は変わるし、「行動」は変わるし、
「寿命」だって、いつ死ぬかもわかりません。
  
  
そのように大きく変動する対象が、
自分にとって一番の価値や情熱であるハズがありません。
  
他人に流されないモノ、他人に影響されないモノこそ、
  
【 自分にとって一番大事な価値(観)であり、情熱 】です。
  
  
ところが多くの人は、孤独を恐れるあまり、
  
「二番目以降の価値・情熱(家族・他人)」に
ガッツリしがみついているから、
  
「一番目の価値・情熱」が、いつまでもわからないのです。
  
  
「一番目の価値・情熱」がハッキリと自覚できれば、
  
「二番目以降の価値・情熱(家族・他人)」に、
しがみ続ける理由もありません。
  
  
  
ちなみに、私の一番の価値観・情熱は、
  
【 意義のある事がしたい 】と言う事です。
  
  
なぜか?
  
  
いくら金持ちになっても、
お金はあの世に持っていけません。
  
誰しも、全員死んでしまうのです。
  
  
ですが、
  
死んで「すぐに忘れ去られる人」と
死んでからも「延々と語り継がれる偉人」がいます。
  
  
私は、自分が死んだ後の事を考えて、
  
歴史に足跡を残す方が、
オモシロイ生き方だと思っているのです。
  
  
そして、そういう生き方ができる人は、レア(希少)です。
  
私は、「ありふれた生き方」より、
「レアな生き方」の方に興味があります。 
  
  
私が偉人を目指すことの報酬は、
  
・レアな生き方が経験できる
(※ 好奇心が満たされる)
  
・たくさんの人々に賞賛され、感謝される
(※ 自己重要感が満たされる)
  
という事です。 
  
  
もう一度言いますが、
どうせみんな死んでしまうのです。
  
  
自分の事をあざ笑ったり、
白い目で見てきた連中も、
  
いずれ、一人残らず「あの世行き」です。
  
  
最後は、他人など関係無く、自分の生き方に
  
【 満足しているのか? 後悔しているのか? 】
   
   
という事しか、残らないと思います。
   
 
だから、私は後悔がなく、満足できる生き方を目指します。
  
  
  
私にとっては、偉人を目指す事が、
   
「レア(希少)な生き方」であり、
「自己重要感を満たせる生き方」であり、
「死に際に満足できる生き方」だと思います。
  
その【 精神的な報酬 】の為に、
  
いくらでも負荷を背負い、試練を乗り越えるのです。
  
  
私にとっては、
それだけの苦労をする価値が有ると思えるのです。
  
「苦労していない偉人」など居ない訳ですし、
より苦労している偉人ほど、偉大な偉人であるハズですから、
  
試練がやってきたり、忍耐を強いられる時ほど、
「これで、自分はより偉大な偉人になれるぞ!」と思えるのです。
  
  
  
私は、自分のベストを目指し、ベストを尽くすと決めていますが、
  
「ベスト(理想・全力)」にフォーカスする一番のメリットは、
  
【 迷わなくて済む 】と言う事です。
  
  
私は、
  
【「迷う事」が最も無駄なエネルギーの使い方 】
   
だと思っているので、 
  
出来る限り迷わない様に、
迷いを少なくするために、色々と予め決めているのです。 
  
  
例えば、
  
「100%を狙い、100%を尽くす」と決めれば、
もう迷いはありませんが、
   
「ちょっと手を抜く」と言っても、
「99%〜1%」の振り幅がありますから、
   
・どれくらい手を抜くのか?
・どれくらい頑張るのか?
  
という事について、
常に「迷い」が生まれてしまいます。
  
  
【 ベスト(理想)を狙い、ベスト(全力)を尽くす 】と決めれば、
もう迷いはありませんし、
  
その分、非常に高い集中力を保てるのです。
  
  
・自分が狙える中で、「最も高い理想」を目指し、
  
・自分が出来る中で、「可能な限りの全力」を尽くす。
    
   
そう決めていれば、
  
「迷う」という【 無駄なエネルギー 】が省けます。
  
  
どれくらい手を抜こうか? と、
  
いつも迷っている方が、よほど疲れる生き方だと思います。
  
  
ということで、
  
【 一番・ベスト 】と、それ以下(二番以降)では、
  
「天と地の差」があるのです。
  
  
「一番・ベスト」と、「それ以下」では、
  
まったく異なる結果を生むのです。
  
  
「家族が一番!」と言っている人は、
  
実は「二番以降」を大切にしているのです。
  
  
だから、「家族が一番!」と言っている人が、 
  
真に「最高の情熱に従って生きる事」は出来ないのです。
  
  
一番と、二番以降は、天と地の差です。
  
  
【 一番に狙いを定め、自分にとっての一番の価値・情熱を知る 】
   
それが出来たかどうかで、
  
人生の結末に、「天地の差」が生まれるのです。


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