2017年09月26日

自分の一番を見つけるまでは、何も定まらない

私は、自分の「生き方」が明確ですが、 
  
それは、
【 自分の人生にとって、何が一番大切なのか? 】
  
と言う事を、理解しているからです。
  
  
私にとって一番大切な事は、
  
【 地球をポジティブな「調和の世界・社会」にしていく… 】
  
という事です。
  
  
その「大義」が、私の人生にとって一番大切な事です。
  
  
それを、
  
・「役割」と呼ぼうが、「使命」と呼ぼうが、 
・「志」と呼ぼうが、「野望」と呼ぼうが、
・「夢」と呼ぼうが、「理想」と呼ぼうが、
   
何と呼んでも構いません。
  
  
私自身にとっては、
【 その大義こそが一番大切だ 】とわかっているので、
  
「一番大切なモノ」を守り、優先する為なら、
「二番目以降に大切な事」は、すぐにでも捨てられるのです。
  
  
つまり、「物事の判断基準」が明確で、
  
【「迷い」や「葛藤」が起こらない 】という事です。
  
  
  
もし、弟子たちの相手(指導・サポート)をする事が、
  
その「大義の邪魔」になる様であれば、   
今すぐにでも、弟子の集まりを解散しても構いません。
  
  
自分にとって「一番大切な事」の前では、
「二番目以降の大切な事」と比べて天秤に掛けても、
  
答えは分かりきっていますからね。
  
  
釈迦は、出家するときに、
妻と子供を置いて修行に出たらしいですけど、
  
当時の釈迦にとっては、
【「苦しみから抜け出す方法」を見つけ出す事 】が、
  
一番大切だったのです。
  
  
ですから、「一番大切なモノ」の為なら
「二番目以降の大切なモノ」は、捨てられるわけです。
  
  
私も、家族と離ればなれになろうが、 
  
私にとっては、「大義」が一番大切なのです。 
  
  
私は、そういう人間なのです。
  
  
それは私の個性ですから、決して変わりません。
  
  
  
【 自分にとって一番大切なモノ 】が明確になると、
    
その時点で、その人の「生き方」が定まります。
  
  
そして、あらゆる物事に対する判断基準が明確になります。
  
  
よく、講演、セミナーやドキュメンタリー番組、映画などを観て、
感動する人がいますけど、
  
ほとんどの人は、一日ですぐに忘れてしまうでしょう?
  
  
それは、【 日々の生活に意識が流されているから 】です。
  
  
日々の生活に意識が流されない人は、
    
【 生き方が定まっている人 】です。
  
  
つまり、生き方を定めない限り、
  
いくら感動的な「講演、セミナー、映画」を観たとしても、
  
すぐに内容を忘れてしまうのですから、
ほとんど意味が無いのです。
  
  
多くの人は、
  
まず【 今の苦しみから逃れたい! 】という所から、
スタートします。
  
  
・お金で苦しい!
・人間関係で苦しい!
  
  
そして、【 苦しみから抜け出す所 】までは、
  
目的を定められる人がいます。
  
  
しかし、一度苦しみから抜け出してしまうと、
  
目的を失って、「燃え尽き症候群」の様に、
モチベーションを失ってしまいます。
  
  
成長を怠って、潰れかけてしまう大企業の様に…です。
  
  
  
結局、成長し続けるには【 明確な目的 】が必要なのです。
  
  
人にとっては、「人生の目的」
  
企業にとっては、「使命・ミッション・経営理念」などです。
  
  
それが、中身の無い「建前」では意味がありません。
  
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を知ったとき、
   
「人生の目的も明確になる」のです。
  
  
ですから、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を見つけるまでは、
  
いくらでも【 人生の「落とし穴」にハマる可能性 】は残っています。
  
  
私は、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を知っています。
  
  
だから、自分の「好きな事」を仕事にも出来ていますし、
  
何かを判断するときにも、「迷い」や「葛藤」が無いのです。
   
   
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を自覚しているか否か?
  
それだけで、人生に【 天地の差 】が生まれます。
  
  
「はこぶね倶楽部」では、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を自覚するための、
知識やサポートを提供していますけど、
  
それでも、まだ自覚している人は「ごく少数」です。
  
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を自覚している人は、
  
「生き方」が定まっていて、「判断基準」も明確です。
  
  
ですから、「落とし穴」に落ちることもほどんどありません。
  
日常に意識が流されてしまう事もありません。
  
  
逆に、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を自覚しなければ、
  
どんなに良い話を聞いたとしても、
すぐに日常に意識が流されていくので、
  
ほとんど意味が無いのです。
  
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を知る事ができれば、
  
それが、人生の指針となり、軸となります。
  
  
自分にとっては、
「何を死守するべきで、何を捨てて良いのか?」
  
その判断が明確で、「迷い」や「葛藤」が起こりません。
  
  
逆に、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】が見つかるまでは、
  
「指針」も「軸」もグラグラで、安定しないのです。
  
  
まず、「人生を充実したモノにしたい」と言うのであれば、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を見つけていない人なら、
   
それを見つける事を「最優先の目的」とするべきでしょう。
  
  
それが見つかるまでは、「何もかも安泰では無い」のですから。
  
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を見つけていない人は、
  
いくらでも、周りに意識が流されていくのです。
  
  
私は学生の頃、プロの歌手になりたいと思っていました。
  
でも、音楽よりもっと情熱の持てるモノを見つけました。
   
  
自分にとって、音楽は一番では無かったのです。 
  
  
そういう風に、【 何が自分の一番なのか? 】
  
っていうのは、カンタンには見つかりません。
  
  
でも、見つかれば、確実に「コレだ!」と解るはずです。
  
  
【 自分はこれをやるために生まれてきたんだ! 】
    
という、「明確な認識」を持てるハズです。
  
  
それの自覚を持てれば、
  
いずれ人生で成功する事は決まった様なモノです。
  
  
逆に言うと、その自覚を持ててない状態では、
  
いくらでも落とし穴に落ちて、
下り坂を転がり落ちる可能性は残っているのです。  
  
  
釈迦も、悟りを得る前に、
  
まず、「苦しみから抜け出す方法を何としても見つける!」
  
と、生き方を定めました。
  
  
そして、その目的の為に、
障害となるモノ(王家の地位や家族など)は全て捨てました。
  
  
【 生き方を定めた時点 】で、成功は決まったようなモノです。
  
  
逆に、【 生き方が定まっていない人 】は、
  
いくらでも「転落する可能性」が残っているのです。
  
  
生き方を定めるには、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】に、自覚を持つことです。
  
  
それは、精神的に成長しないと、見えてきません。
  
  
生き方を定めるには、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を見つける必要があるのだから、
  
  
まず始めに、
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を、何としても見つける!
  
と言う事くらいは、決断したらどうでしょう?
  
  
私は、自分の情熱がわからない時から、
  
「自分の情熱を何とかして見つけるぞ!」と思って、
行動してきました。
  
だから、見つけたのです。
  
  
自分の情熱がわからない人は、まず最初に、
   
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を、何としても見つける!
  
と、決心したらどうでしょう?
  
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を見つけるまでは、 
  
周囲に意識が流されて、
いくらでも落とし穴に落ちる可能性は残っているのですから。
  
  
【 自分にとって一番大切な価値(観)】を、何としても見つける!
  
という決心すら出来ない人は、
「充実した人生」は手に入らないでしょうね。
  
  
  
一番が見つかれば、もう一切「迷い」など起こりません。
  
「家族と趣味と、どっちが大事なんだろう…?」
「お金とやり甲斐と、どっちが大事なんだろう…?」
  
みたいな、そんな「迷い」は絶対に起こらないのです。
  
  
「一番」が見つかった瞬間に、「生き方」も定まります。
  
  
迷っている間は、一番を見つけられていないという事です。


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