2017年08月21日

既に詰んでいる人生

昨日の弟子会議では、
  
前回の記事で書いたように、
「依存対象を手放す(捨てる)必要がある」
  
という事を伝えました。
  
  
まず【 主体性 】を身に付けなければ、
  
・良い人生は待っていない
・「平凡以下〜底辺の人生」しか待っていない
・成功など夢のまた夢
  
そういう事を伝えたのですが、
  
いまひとつ、「まだ主体性を身に付けよう!」
という気にはなれないようです。
  
  
・自分がおじいさん、おばあさんになった時、
 誰が頼りになるの?
  
・見知らぬ優しい誰かが毎月小遣いくれるとでも?
  
・そんな優しい誰かは、
 日本人じゃ無くて、アフリカに寄付するって。
  
・自分は、見知らぬ爺さんに金渡すのか?って。
 自分がしないなら、他人もしないだろう。 
  
  
とか、そういう話を延々しました。
  
  
自分がおじいさんになった時の事はどう考えてるの?
  
って聞いたら、「考えたくないです」だって。
   
   
その時点で、もうソイツの老後は既に終わってます。
  
  
私が「現実の厳しさ」を延々語ろうとも、
  
相手が「主体性を身に付けようと思えない理由」を探っていくと、
  
結局、【「親への依存心」が原因 】という結論に至りました。
  
  
今は、親は頼りになるかも知れないけど、
  
・親はいずれ死ぬんだよ?
・親が死んだらどうするの?
  
って聞いても、「考えたく無いです」だって(笑)
  
  
マザコン、ファザコンもよい所で、
  
【 親が死んだら、「後追い自殺」するんじゃねぇか? 】
  
って思いますね(笑)
  
  
弟子たちの立場は、毎月自己投資して、
  
波動的なサポートを受けて、
ようやく「平凡以下の生活」を保っている状態です。
  
  
自己投資していない人でも、
その分を将来に向けて、貯金なり、金融に投資なりしています。
  
  
弟子たちは、自己投資しているから貯金とか無い訳です。
  
むしろ、親からお金を借りて自己投資している人も多いです。
  
  
もし、自分が将来的に経済力を高めることができなければ、
  
・親から借りてきた金も無駄になりますし、
・平凡以下の生活を維持するためだけに金を使い、
  
結局、何も残りません。
  
  
「投資に失敗する」ってことは、
【 使ってきた金が無駄になる 】って事です。
  
親は、子供にお金を渡さなきゃ、
「世界一周旅行」にでも行けたかもしれません。
  
  
でも、親の「楽しみ」や「安心」(お金)を奪っておいて、
  
「何が何でも成功して経済力を高めなきゃ!」
「受け取ってきた分、利子を付けて返さなきゃ!」
  
って気にならない訳?
    
  
もう、完全に  
【 親は子の面倒を見るモノだ 】という前提で生きています。
  
  
だから、親からの支援に対して
「感謝」も「責任感」も感じません。
    
で、【 親が死んだ後の事 】は怖くて考えられないのです。
   
   
たまに、40代以上の人が、
「60代、70代の親のスネをかじって生活している…」
    
みたいなニュースを見かけますが、
弟子たちも、このままだとそうなりそうですね。
  
  
毎月、自己投資して、多大なサポートや恩恵を受け、
それで、ようやく平凡以下の生活を保っている状態のくせに、
  
既に「守り」に入っていて、
【 どうやって、ラクをしながら今の状態を維持するか? 】
   
って事を目的にしていて、本気で経済力を高める気が無いのです。 
  
  
もう、完全に病気ですよ。
  
まるで自分の立場がわかっていない。
  
  
それも、【 親への依存心 】が強すぎるせいです。
  
  
【 親への経済依存、精神依存 】が、凄まじいレベルなのです。
  
  
私は、親が死んでも寂しくありません。
  
罪悪感も無いし、被害者意識も無いし、
あるのはただ感謝だけです。
  
  
私が親に精神的に依存していないのは、
  
私は、【 本音を語れる相手がたくさん居るから 】です。
  
  
というか、公に「自分の本音」を公表しながら生きていますから。
  
  
  
でも、
  
・「親にしか本音を話せない…」
・「親しか本音を語れる相手がいない…」  
  
って人は、親に超強力な精神依存をしている訳です。
  
  
要は、親以外に心を開ける相手がいないのです。
  
一方、私は【「赤の他人」でも心を開ける 】と言う事です。
  
  
親への精神依存、経済依存を捨て、
「自立心」を養い、「主体性」を身に付けない限り、
  
【 将来の事も、人生の事も、怖くて考えたくない! 】
  
って状態から、抜けれません。
  
  
待っているのは、【「底辺」や「下流」の人生 】です。
  
  
つまり、何かに対する依存心が強い人は、 
 
その時点で、既に人生が詰んでいるのです。
  
  
どこまで行っても、どん詰まりです。
  
親だって、いつまでも生きている訳ではありませんが、
【 親が死んだ瞬間に、自分の人生も終わる 】のです。
  
  
ということで、
  
「依存対象」を捨てない限り、
【 詰んでいる人生 】から抜け出す事はできないのです。
   
   
ですから、私は言いました。 
  
「依存対象を捨てる気」が無いのであれば、
もう見込みがないし、既に詰んで終わっている人生なので、
  
そんなヤツの相手をしているのは時間の無駄だ…、と。
  
  
依存対象を捨てる気が無い人間は、
永久に、【 人生に対する主体性 】を身に付ける事もできず、
  
【 依存対象を失った瞬間、終わる人生 】なのです。
  
  
つまり、「もう既に詰んでいる」という事です。 
  
  
詰んだ人生から抜け出すには、
  
依存対象を捨て、
「自立心」と「主体性」を身に付けるしかありません。
  
  
それをやる気が無い人間は、
人生を変えることなどできないし、既に詰んでいる人生です。
  
  
本人としては、
    
「○○を失ったら、もう人生終わりだ!」
と思っている訳でしょう?
  
そして実際、その通りになります。
  
  
依存対象を失った瞬間に人生を終わらしたくなければ、
  
先に「依存対象」を捨て、「自立」する必要があります。
  
  
精神的、経済的に自立する気が無いのに、
  
成功したいとか、ふざけた発言です。
  
  
そういうヤツが狙っているのは、自立・独立では無く、
  
【「金魚の糞」成功法、「コバンザメ」成功法 】です。
   
  
誰か、スゴイ人に付いていって、依存して、寄生して、
「おこぼれを頂きたい」って事です。
  
  
おこぼれ頂戴のメンタルで、
誰がその人を成功者と思うのでしょう?
  
誰が、そんな人の商品やサービスを買うのでしょう?
  
  
私は「魔法使い」ではありません。
  
自立心や主体性を高めるビームなど、出せないのです。
  
  
私に出来るのは、「最高の環境」を提供する事だけです。
  
  
ピアノを買ってもらっただけで、ピアノが弾けるようになるのか?
  
サッカーコートを用意されただけで、サッカーが上手くなるのか?
  
自転車を買ってもらっただけで、自転車に乗れるようになるのか?
  
  
なりません。
  
  
【 本人の練習 】が必要です。
  
  
環境も大切ですが、一番は【 本人の努力 】です。
  
  
私が「最高の環境」を用意しても、
その環境の中で努力できない人間が、結果を出せる訳無いのです。
   
   
【 依存対象を捨て、自立したいと思えない人間 】は、
  
将来性も、見込みも、何もありません。
  
  
「既に詰んでいて、終わっている人生」しか待っていません。
  
  
私としては、そんなヤツを相手にするのは、
  
【 時間とエネルギーの無駄 】なので、
そんなヤツには何もしません。
  
  
【 もう手に負えない 】と言う事です。
  
  
どんな名医でも、
「治る気がない患者」は治せないでしょう。
  
  
将棋では、

どんな手を打っても負けてしまう状態を、【 詰み 】と言います。
  
で、自分がどう足掻いても詰んでしまう事が先にわかると、
負けを認めて【 投了 】するのです。
  
  
私は、【 依存対象を捨て、自立したいと思えない 】人間は、
  
どう足掻いても詰んでしまうことがわかっています。
  
  
だから、無駄な足掻きは止めて、何もしません。 
   
  
唯一助かる道は、【 依存対象を捨てる事 】です。
  
   
それすらする気が無い人は、
もう既に詰んでいて、ゲームが終わっているのだから、
  
さっさと人生自体を投了したら良いと思います。
  
  
【 親の銭食い虫として、親の楽しみや安心・安全を奪うだけ 】です。


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