2017年07月26日

義務感の反動は、無気力

自分に自信が無く、依存的で、奴隷思考の人間は、
  
目上の指示に従って、自分がやりたくない事でも、
義務感で、イヤイヤ、形式的に行います。
  
  
私は以前、
「義務感とは甘え」という記事を書きましたが、 
  
  
義務感で行動する人の心理は、 
  
【 言われた通りにやるから、
  もし失敗したらアンタが責任取ってくれよ! 】
   
という事です。
  
  
つまり、初めから責任転嫁する気が満々です。
  
  
でも、義務感でイヤイヤ形式的にやって、
  
上手く行く試しがありません。
  
  
物事が上手く行くかどうか?は、
  
【 取り組む本人が本気かどうか? 】
  
という事で決まるからです。
  
  
  
つまり、義務感で行動する人は、 
  
【 自分は必ず失敗するし、その失敗は他人のせいにする 】
  
という前提で、行動しているのです。
  
  
物事に取り組む本人が「本気を出す」には、
  
イヤイヤの義務感では無く、
【 主体的なモチベーション、本気のやる気 】を持つ必要があります。
     
  
主体的な人の心理は、 
  
【 もし自分が失敗しても、
  絶対に他人のせいになんかしないから、
  
  頼むから、自分の思ったとおりにやらせてくれ! 】
  
です。
  
  
みなさんは、
  
A.「言われた通り」にやるから、失敗したら責任取ってくれ!
  
B.人のせいにしないから、「自分の思った通り」にやらせてくれ!
  
か、どちらのタイプでしょうか?
  
  
上手く行く人は、必ず「後者(B)」ですよ。
  
  
Bタイプの人は、
  
もし、途中で失敗したところで、自分で軌道修正を続けて、
成功するまで粘り強くやり続けますから。
  
だから、結局は「Bの態度」が上手く行きます。
  
  
でも、中にはとんでもない「Cタイプ」の人もいます。
  
  
そのCタイプとは、
  
【「自分の思った通り」にやるけど、
  もし、失敗したら他人(親)が尻拭いしてくれよ! 】
  
です。
  
  
こういう人は、「A.義務感で行動する人」よりも、
さらにとんでもなく甘えています。
  
  
【 自由は欲しいけど、責任は背負いたくない 】という事で、
   
「自由と責任がセットである」という事実を、まるで理解していません。
  
  
親に甘やかされまくったら、そういう風に育っちゃうんでしょうね。
  
  
でも、「人生」と「現実」はそんなに甘くありませんから、
  
【 自分は借金を繰り返して、最後は親に返済させる 】
  
という、超だらしない人間になってしまうでしょう。
  
  
親が死んだりして頼れなくなった時点で、
その人、もう生きていけないでしょう。
  
  
「親がいずれ死ぬ」という現実からも逃げて、
  
できるだけ考えないようにしていそうです(笑)  
  
  
  
で、話を元に戻して、
  
「義務感で行動し続ける人」というのは、
  
イヤイヤやっている訳ですから、
少しずつ精神ストレスが溜まります。
   
  
で、その精神ストレスが限界に達すると、
  
「義務感の反動」で、【 無気力 】に襲われます。
  
  
要は、「何もやりたくない、何もやる気が起こらない」という状態です。
  
  
それこそが、【 うつ病の原因 】と言っても良いでしょう。
  
  
で、無気力は「義務感の反動」なので、
  
無気力をどうにかする事は出来ません。
  
  
無気力に襲われたときは、何もしない事です。
  
そこで、無気力な自分を責めたりすると、
「ネガティブなスパイラル(悪循環)」に入っちゃいますね。
  
  
「自分の情熱」に従って生きている人は、
  
無気力に襲われることはありません。
  
  
そもそも、イヤな事をしていませんからね。
  
  
「自己責任の姿勢」で、「主体的」に、「本気のやる気」で、
情熱に従って生きる人は、
  
行動すればするほど、さらに「情熱」や「やる気」が湧いてきて、
やる気が尽きることが無く、むしろ拡大していきます。
  
  
まぁ、私も中学時代は「イヤな受験勉強」をやり過ぎたり、
社会人になってからも、「イヤな仕事」を無理にやり過ぎて、
  
その反動が来ましたからね。  経験済みです。
  
  
でも、過去に「イヤな事をやり続けた自分」というのは、 
  
目の前の勉強や仕事を
【 やらなきゃいけない事だ 】と思い込んでいたんですね。
  
  
「不真面目である事」を裁いていましたし、
  
それをやらないのは「良くないこと」で、
「良くないことをすると、良くない結果が待っている」と、
  
盲目的に信じ込んでいました。 
  
  
でも、逆に言えば、
  
・真面目でさえいれば、人生が上手く行くんでしょ?
・もし自分が真面目でも上手く行かなきゃ、自分以外のせいにするぞ!
  
という態度だった訳です。
  
   
「真面目教の信者」だった訳ですね(笑)
  
  
でも、真面目な態度でも上手く行かない事はあるし、
  
自分が真面目だからと言って、上手く行かなかった時に、
他人や社会が責任を取ってくれる訳でもありません。
  
  
世間とは、厳しいのです(笑)
  
  
その世間の厳しさを、当時の私はまだ知らなかったので、
  
「真面目教の信者」で居続けていた訳です。
  
  
その後、
  
「世間の厳しさ」を知り、「真面目教の洗脳」が解けて、 
  
  
【 例え、自分が真面目だろうと、上手く行かない時は、
  他人も、社会も、誰も責任は取ってくれない 】
   
と言う事がわかったのです。 
  
  
そして、
  
【 誰も責任を取ってくれないのだから、
  どうせなら、自分の思ったとおりにやろう! 】
  
と思えたのです。 
  
  
「自分が義務感で行動しようが、誰も責任を取ってくれない」
  
って事がわかると、
  
義務感で行動するのが、非常にバカバカしくなります。
  
  
アテにしていたモノが、実はアテにならないという事がわかって、
  
【 自分は無意味なモノにしがみついてた! 】って事に気付くのです。 
  
  
その事に気付けない人は、
  
ずっと「無意味なモノ」にしがみ付き続けてしまいます。
     
  
【 ただ真面目に生きてりゃ、誰かが責任取ってくれる? 】
  
世間とは、そんな風に出来ていないのです。
  
  
親や学校からそう教わったかも知れませんが、嘘っぱちだし、
  
ただ、親や先生が、子供をコントロールしやすいように、
そういう風に言っているだけです。
  
  
真面目な人間ほど、
目上の人間からすれば、扱いやすいですからね。
  
  
「私たち目上に取って、扱いやすい人で居て下さいよ?」
  
っていう洗脳的教育です。
  
  
私という人間が、真面目か不真面目かは、
見る人によって違うと思いますが、
   
別に私が昼間から酒を飲んでゴロゴロ寝ていても、
ちゃんと仕事で価値を提供していれば、
  
お金は入ってくるのです。
  
  
「真面目・不真面目」じゃなくて、
  
大事なのは、【 責任・無責任 】の方です。
  
  
世間や社会で上手く行くかどうかは、
 
「真面目・不真面目」で決まるのでは無く、 
 
  
【 責任感が強いか? 無責任なのか? 】
   
で、決まるのです。
   
   
いくら真面目でも、無責任なら世間では上手く行きません。
   
  
  
ぜひ、「真面目教」の洗脳を解いて、棄教して、
   
【 責任教の信者 】になって見て下さい(荒)
   
   
「真面目」を軸にして上手く行かなくても、 
  
「責任」を軸に行動すると、上手く行きますから。
  
  
で、義務感で行動する人は、
一見、責任感が強そうに見えて、実は無責任です。
  
  
【 自分が義務感で真面目に一生懸命に行動して、
  もし上手く行かなかったら、他人や社会のせいにするぞ! 】
  
という、「責任転嫁する気持ち」を無意識に抱えているからです。 
  
  
【 自分がいかに真面目になろうが、
  誰も他人や社会は責任を取ってくれない! 】
  
その事実を理解すれば 
 
義務感で真面目に!なんて、バカバカしくてやってられません。
  
  
世間では、現実では、
「真面目」に価値が有るのでは無く、「責任」に価値があるのです。
  
  
間違った教えを信じてる人が多いから、うつ病患者も多いのです。
  
  
【「真面目」教 】では上手く行きません。 
  
【「責任」教 】に鞍替えしたら、上手く行きますよ。


mixiチェック

haxe501 at 18:51│clip!