2017年06月25日

狩りが出来ないチーター

昨日は、弟子のかいじゅんの相談に乗っていました。 
  
テーマは、「お金」です。
  
  
人間が社会で生きる以上、
経済的に快適に暮らしたいのであれば、
  
【 お金の扱い方は、絶対にマスターする必要がある 】
  
という話をしました。
  
  
人生を生きる上では、
  
「他人を頼れること」と、「頼れないこと」があります。
  
  
生活する上で、
  
【 頻度が少なく、複雑な作業 】ほど、
他人を頼った方が効率良く、
  
【 頻度が高く、単純な作業 】ほど、
自分がマスターした方が効率良いのです。
  
  
例えば、お皿洗いは「頻度が高く、単純な作業」ですよね?
   
  
一人暮らしをするのであれば、
どんなに料理の出来ない男であろうとも、
  
皿洗いは自分がやる必要があります。
  
  
家政婦を雇うことも出来ますが、
経済力がある人以外は費用対効果が悪くなるので、
    
自分がやった方が良いという事です。
  
  
それじゃあ、「自動車を所有する」という行為はどうでしょう?
  
自分が自動車を設計し、組み立てる必要はありません。
  
  
それは、生活する上では、
「頻度が少なく、複雑な作業」なので、
  
他人にやってもらって、お金を払って自動車を買うのです。
  
  
自分で自動車を設計し、組み立てる方が、
費用対効果が悪くなるでしょう。
  
  
それじゃあ、【 お金の扱い 】についてはどうでしょう?
  
  
人間は、毎日お金を使っていますよね?
  
  
お金の扱い方について、いちいち他人に電話して聞きますか?
  
保険や家、自動車など、
「頻度の少ない、大きな買い物」なら
  
他人の助言を得る事も賢いですが、
  
  
コンビニなどで小さな買い物をするのに、
わざわざ他人に聞いていたらキリがありません。
  
  
コンビニで無駄遣いをするか? しないか?
  
という判断は、自分がマスターするしかないのです。
  
  
【 お金の扱い 】は日々の生活に密着しているからこそ、
  
自分がマスターする必要がある訳です。
  
  
「お金は、自分の苦手分野なんだよね〜」とか、
言っている場合じゃ無いのです。
  
  
お金に困っている人の中には、
  
「お金が稼げるかどうか?」を、
【 生まれつきの才能 】などと思っている人もいるでしょう。
  
  
しかし、【 お金を稼ぐ事と、使うこと 】は、
  
個人の生活に密着しているので、
自分自身がマスターしなければなりません。
  
  
もし、あるチーターが、他のチーターを見て、
  
「あいつは狩りの才能があるから良いな〜」
「俺は狩りが苦手だからな〜、やりたくないな〜」
  
とか言っていたとしたら、
  
それはもう、【 餓死するしか無い 】という事です。
  
  
人間にとって「仕事をして、お金を得る」というのは、
   
肉食動物にとっての「狩り」と同じです。
  
  
「狩りが苦手だからやらない」と言うなら、
  
待っているのは餓死です。
  
  
苦手だろうが、生きる為にはやるしか無いのです。   
  
  
仕事もお金も、同じ事です。
  
  
「苦手だから真剣に考えない、やらない」
   
というなら、極貧生活をするしか無いのです。
  
  
「苦手だからやらない」なんて言っていられるのは、
  
単なる【 甘え 】でしか無いのです。
  
  
チーターにとって、狩りが上手くできるかどうか?は、
  
「生き死に」が掛かっています。
  
  
苦手だろうが、得意だろうが、
生き残りたければ狩りにチャレンジし続けるしかありません。
  
  
もし、経済的に恵まれた生活を送りたいなら、
  
「仕事」や「お金」の分野について、
苦手だろうが、腹を括ってやるしかないのです。
  
  
チーターは、子供の頃から狩りを学びます。
  
  
でも、日本人の子供の多くは、
  
親や先生から、「お金」や「仕事」について学びません。
  
  
【 就職活動の履歴書で有利になる方法 】
  
までは教えてくれるかも知れませんが、
  
その先はまったく教えてくれないのです。
  
  
「お金と仕事についてマスターしていない大人」というのは、
  
【 狩りのできないチーター 】と同じです。
  
  
「住む場所」や「食うモノ」にも困るほどに、ヤバいんです。
  
  
かいじゅんが、
親や先生から「お金」について教えてもらえなかった…
  
それは、仕方が無いことです。
  
  
チーターの子供は、親から狩りを教わりますが、
  
人間の子供の場合、「お金の教育」を受けていないのだから、
「狩りの出来ない大人のチーター」の様になってしまっても、 
  
仕方ありません。
  
  
でも、大人になってから、
   
【 狩りを教えてくれる人 】に出会っているのです。
  
  
今までは教えてもらえなかったけど、
  
今は、【 教えてもらえるチャンス 】に出会っているのです。
  
  
そこで真剣に学ばないのだとしたら、それは自分の責任です。
  
一切、言い訳はできません。
  
  
チーターに例えると、
  
自分が狩り(お金・仕事)をマスターしなくても、
「他人が狩った獲物のおこぼれ」を目当てに生きようとしているから、
  
「自分が狩りをマスターすること」に対して、真剣になれないのです。
  
  
要は、他人をアテにして、甘えているから、成長に対して本気になれないのです。
  
  
人間が本気になれない理由は、
  
・自分が本気を出さなくても何とかなるだろうと、
 現実を甘く見ているか
   
・自分がマスターしなくても、他人がやってくれるだろうと、
 他人をアテにして、甘えているか、
  
  
【 世間知らずの現実逃避 】か【 過度の依存 】か、
  
どちらかの理由しかありません。
  
  
結局は、【 甘え 】なのです。
  
  
私は、「現実が厳しい」と何度も言っていますが、
    
私が厳しいというよりは、現実が本当に厳しくて、
私はその事実を正確に伝えようとしているに過ぎません。
  
  
もし、「甘えていても何とかなるよ!」なんて、
  
【 現実とは異なる間違った事 】を言う人がいれば、
それが、本当に「優しい」という事なのでしょうか?
  
  
「真実を伝える人」が、厳しくて、
「間違った事を伝える人」が、優しいのでしょうか?  
  
  
間違った事を言う人が、【「優しい人」の定義 】なのでしょうか?
  
私はそうは思いませんけどね。
  
  
チーターは、狩りができないと餓死します。
  
人間は、お金と仕事をマスターしないと、
「劣悪な環境」で生活せざるを得ません。
  
  
まったく同じ事です。
  
  
チーターは狩りができないと餓死するのに、
  
人間ならお金と仕事をマスターしなくても、
生きていけるだろうと思うのは、
  
それは、【 動物園の檻の中でエサを待っている感覚 】です。
  
  
別に、動物園(自分の面倒を見てくれる親や国)が儲かっているなら、
死ぬまで動物園で生きていけるでしょうが、
  
動物園が潰れたら共倒れで、これまた餓死します。  
  
  
動物園の動物は、狭い檻の中で
来園者に可愛がられているから、エサをもらえます。
  
  
・もし、動物園が潰れたら?
・もし、来園者に可愛がってもらえなくなったら?
  
その動物に「次の引き取り手」がなければ、死ぬしかありません。
  
  
動物も、人間も、どちらも過酷な環境で生きているのです。
  
  
現実は過酷だからこそ、
過酷だと理解して生きていく必要があります。
  
  
動物園(親、国、会社など)に守られていると、 
「自分が狩りをマスターする必要」など感じないでしょう。
  
  
でも、エサをくれる動物園が潰れたらお終いですし、
そうでなくても、不自由な生活を延々続けなければなりません。
  
  
どのみち、経済的に快適に、自由に生きたければ、
  
自分自身が「仕事とお金についてマスターする」というのは、
必要不可欠になってくるのです。
  
  
人間が快適に暮らそうと思ったら、「お金・仕事」だけではなく、
  
「健康」や「心理・人間関係」もマスターする必要があります。
   
   
でも、どれも学校では教えてくれません。
  
  
親が優秀であれば、運良く教えてくれるかもしれませんが、
  
ほとんどの場合、そうではありませんから、  
大人になってから主体的に学び直す必要があります。
  
  
で、教えてくれる人がいるのに、
真剣に学ぼうとしないのだとしたら、  
  
【 幸せで快適な生活など、諦めてもらうしかない 】
  
という事です。
  
  
子供の頃に「狩り」を教えてもらえなかったチーターが、
大人になってから、狩りを教えてもらえるチャンスに出会えた…。
  
それでも、「真剣に狩りをマスターする気が無い」というなら、
  
【 どうぞ、餓死してください 】って事です。
  
  
それが、「現実の厳しさ」なのです。
  
  
多くの人が、人生を本気で生きていないのは、
  
【「世間知らず」で、「現実逃避」を続けているから 】です。
  
  
世間を知り、厳しい現実を理解すれば、
  
・自信が有ろうが、無かろうが、
・苦手だろうが、得意だろうが、
・才能が有ろうが、無かろうが、
  
  
【 どっちにしても、腹を括ってやるしかない! 】
  
という事です。
  
  
そうでなければ、「餓死するしか無い」のです。
  
  
私は、ただ現実の厳しさを正確に伝えようとしているだけで、
  
他意はありません。
  
  
それすら理解したくないというのであれば、
  
【 いずれ潰れる動物園と一緒に、共倒れコース 】に直行です。


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