2017年05月03日

聖人、英雄、天才は、時に罪人扱いされる

イエス・キリスト
ジャンヌ・ダルク
ガリレオ・ガリレイ
吉田松陰
  
  
彼らは、後世では認められましたが、
当時の裁判では「罪人」とされ、処刑されたりしました。
  
(※ ガリレオは終身軟禁)
  
  
聖人、英雄、天才、偉人…、
  
凡人たちには理解できない規格外の人物は、
時に、「罪人扱いされる」という事です。
  
  
罪人扱いで無くても、
ケネディやリンカーン、キング牧師、ガンジーなど、
  
暗殺されてしまった人もいます。
  
  
ネガティブな世の中で、
「ポジティブな信念を貫く」と言う事が、
  
どれほど大変で、そして尊い事か…。
  
  
これを理解できるのは、実際に経験した人だけでしょうね。
  
  
私も、よく凡人から「悪者扱い」されます(笑)
  
今では、一切気にならないし、笑って流せますけどね。
  
  
ただ、凡人には理解できないくらいに
頭が良すぎたり、優しすぎたりすると、
    
【 一周回って、凡人からは罪人に見えちゃうんだな… 】
  
という事を、実感します。
  
  
私は、「自分の人生」や「世の中の動き」について、
  
【 常に先を読む 】というシミュレーション行為を、
  
常日頃から行っています。
  
  
将棋や囲碁で、相手が達人だと、
  
「なぜそんな手を打つのか?」と、
  
理解できないことも出てくると思いますが、
  
対局が進むにつれて、
「理解できなかった一手の理由」が明らかになってきます。
    
  
私の現在の行動の「意図」も、
  
きっと5年、10年と経たなければ、  
凡人には理解できないでしょうね。
  
  
で、大切な事は、
  
【 理解できない対象に出会ったときの、自分の反応 】です。
  
  
多くの人は、「理解できない対象」に出会うと、
  
「恐怖」を感じたり、
感情的になって「頭ごなしに否定」したりします。
    
  
そのような愚かで傲慢な人々が、
  
真実を語り、世の為に生きようとした、
  
「イエス・キリスト」を殺し、
「ジャンヌ・ダルク」を殺し、
「吉田松陰」を殺したのです。
  
  
私も、理解できない対象に出会うこともありますが、
  
「理解できない自分がまだ無知で視野が狭く、未熟なのだ…」
  
と思える【 謙虚さ 】を持っています。
  
  
そう思えない人は、
  
「自分が理解できない事は全て間違っている、自分が全て正しい」
  
と言うような、【 傲慢さ、愚かさ 】を持っているのです。
  
  
「自分は愚かな人間である」と認めたく無い人間こそが、
「自分は愚かな人間では無い」と思いたい人間こそが、
  
実際に、愚かになってしまうのです。
  
  
でも、そういう愚かな人々に囲まれながら、耐え続けるという経験も、
  
「聖人、英雄、天才、偉人」にとっては、貴重な経験です。
  
    
私は圧倒的に頭が良く、優しい訳で、
そんな自分が出した「結論」や「愛に溢れる助言」を、
  
誰も理解できないどころか、
反発され、恩を仇で返されるような目に遭う。
  
  
相手にとって良い事しようとしているのに、
恩を仇で返され、逆恨みされる…。
  
そういう経験が、
私にとっても、一番辛かったですね。
  
  
世のため、人のために考え抜いて出した結論を、
自分しか理解できず、他の誰からも共感されない。
  
その想像を絶する孤独感を理解できる人は、
この世にはほぼいないでしょう。
    
  
そういう、巨大な試練こそ、
  
【 偉大な人物となる為に必要な「通過儀礼」】なのです。
 
  
私は、凡人には決して理解出来ないであろう、
  
想像を遥かに超える「論理的思考力」を持ち、
想像を絶するほどの「孤独」を味わってきました。
  
  
私の「優しさ」や「奉仕精神」を理解して、共感できる人はいます。
  
自分と同等のレベルの人は、存在しています。
  
  
でも、私の「思考(先見の明)」と、感じてきた「孤独」は、
  
この世の誰も理解はできないでしょうね。
  
  
きっと誰も理解できないでしょうから、
  
「理解して欲しい」という気持ちすら持っていません。
  
  
今後、私に共感できる人と出会うとすれば、
  
きっと地球人では無く、宇宙人でしょうね(笑)
  
  
自分には理解できないほどに、
「賢く、優しい人間」がこの世に存在している。
  
  
そう思えない人がいるとしたら、だいぶ「世間知らず」です。
  
「偉人の伝記」なども、あまり読んでいないのでしょうね。
  
  
【 自分が出会って交流してきた非常に狭い人間関係 】でしか、
  
「人間という生き物」のポテンシャルを計っていない訳です。 
  
  
自分の想像を超えるほどの、スゴイ人は存在しているのです。
  
  
自分が出会ってこなかったから、この世に存在していないハズだ…
  
自分の目の前に現れて来ないハズだ…、 なんて思うのは、
  
  
だいぶ「非論理的」で、「世間知らず」な思い込みです。
  
  
私は広義でいうところの「科学者」ですから、
  
【 未だ理解できていない事を解明する 】のが仕事です。
  
  
つまり、「自分はまだ理解できていない」という前提で思考します。
  
  
・自分は理解できている
・自分が理解できないモノは、劣っている、悪い
  
  
この世には、
そんな「傲慢さ、愚かさ」を持っている人ばかりですが、
  
そういう愚かな人々に囲まれながら、
  
「凡人には理解できないぐらいに
 自分一人だけ精神性が高く、賢い」というのも、
  
非常に辛く、厳しい試練なのです。
  
  
その辛く、厳しい試練こそが、
他人がマネできないほどに自分を鍛え、高めてくれる訳ですから、
  
悪い事ばかりでもありません。
  
  
イエス・キリスト
ジャンヌ・ダルク
ガリレオ・ガリレイ
吉田松陰
  
  
彼らも、苦しかったでしょうが、
その苦しい経験こそが、自分の魂を高潔にしてくれるのです。
  
  
自分が偉大な人物となる為の試練(ステップ)に、
「愚かな人々」の存在も必要なのです。
  
  
ですから、「愚かな人々」にすら、感謝が湧いてくる。
  
  
それこそが、【 悟りの境地 】です。


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