2017年04月12日

スピリチュアルの定義

前回に引き続き、弟子に語った事ですが、
  
弟子から、
「スピリチュアルの定義ってなんですか?
 目に見えない事ですか?」
  
と、聞かれました。
  
  
そこで私はこう答えました。
  
  
スピリチュアルの定義は、
  
【「人間の五感」と「現代科学の機械」で認識できない事だ 】
   
という風に。
  
  
何が言いたいのか?って言うと、
  
昔は、落雷も「神の怒り」だと思われていて、
スピリチュアルだった訳ですね(笑)
  
  
でも、科学が発達して、
カミナリが電気だって解明された訳です。
  
  
人間の目には見えないモノに、  
紫外線、赤外線、マイクロ波、エックス線、放射線、電気、磁力
  
人間の耳には聞こえないモノに、
超音波
  
などがあります。
  
  
でも、これらは人間の目や耳で認識できなくても、
  
「現代科学の機械」で認識できるから、
スピリチュアルとは言われなくなったのです。
  
  
でも、科学が発達する前の古代ギリシャでは、
  
ホコリを引き寄せる「静電気」ですら、
魔法だと思われていた訳です。  
  
  
例えば、現代の機械…、 
 
たとえば、
 
「携帯電話」や「電子レンジ」を
江戸時代に持って行って使えば、
  
【 完全に、魔法にしか見えない 】と思います。
  
  
つまり、何がスピリチュアルかどうか?っていうのは、
  
【 現代の人間からどう見えるか? 】という「見え方」でしか無い訳です。
   
  
バシャールに言わせたら、
  
チャネリングだって、テレパシーだって、チャクラもオーラも、
全てが物理学であり、科学でしょう。
  
  
で、人間が愚かなのは、
  
自己中心的に考え、 
【 自分が認識できないから、存在しないと決めつける 】
   
という態度です。
  
  
「どんだけ自分、エラいねん! 自分が神さまだとでも思ってんの!?」と、
  
ツッコミを入れたくなります。
  
  
江戸時代の人から見れば、
「電子レンジ」や「ラジオ」が魔法に見えても、これは科学です。
  
  
それと同じで、
  
【 今現在、「魔法に見える事」でも、いつかは科学になる 】
  
という、こんなにもカンタンな事が、なぜわからないのでしょう?
  
  
江戸時代の人にラジオを見せたら、
  
・中に生き物が入ってるんじゃ無いか?とか、
・科学じゃ無くて、詐欺なんじゃ無いか?とか、
  
何かしら「疑う人」もいるでしょうね。
  
  
でも、「現在の自分に理解できないから」と言って、
安易に否定したり、「存在しない」と決めつける…、
  
それが、どれだけ愚かな考えか?
  
歴史が証明しているでしょう。
  
  
常に、「自分の理解を超えた事」は存在しているのです。
  
  
・自分が理解できないから…、
・現代科学で証明されていないから…、
  
と言いますが、
  
  
・自分がどれだけ賢いねん!
・現代科学がどれだけ万能で完璧やねん!
  
と、逆に言いたくなります。
  
  
自分はそこまで賢くないし、
現代科学も、そこまで優れている訳では無いのです。
  
  
こういう当たり前のことすら、わからないのが愚かな人間です。
  
  
だから、いつでも凡人は天才を否定します。
   
  
ライト兄弟に対して、
「空飛ぶ飛行機なんて作れる訳がない!」とかね。
  
  
凡人は、狭い自分の思い込みや先入観で天才を否定しますが、
  
天才は、凡人が不可能だと思い込んでいる事を実現させるのです。
  
  
凡人ほど、自分中心に考え、
  
「自分の想像の外側」にある事に対して、
  
・出来る訳が無い
・存在しているハズが無い
 
と、安易に否定するのです。
  
  
【 自分の考えや想像力の方が、浅はかなのかも知れない… 】
  
と、自分のアタマの質を省みることがありません。  
  
  
それこそが、傲慢な態度なのです。
  
  
江戸時代の人から見たら、
現代の家電や電子機器は、みな魔法にみえるでしょう。
  
  
じゃあ、今魔法に見えていることが、
いつか科学になるかも知れない…
  
  
それくらいのことは、想像に容易いでしょう?
  
  
ですから、スピリチュアル自体が怪しいのでは無く、
  
「スピリチュアルに興味ある人には、怪しい人が多い」
  
というのが、的確な捉え方です。
  
  
常識からはみ出す人は、いつも奇人変人に思われますし、
 
実際に、奇人変人が多いとも思いますしね。
  
  
スピリチュアルが怪しいと思っている人は、
  
カメラと写真を見て、
撮られると「魂が抜かれるらしい!」
  
と、迷信を信じている江戸時代末期の人たちと同じです。
    
  
別に怖かったら、カメラも写真も使わなきゃ良いですが、
    
ただ、便利なのに怖がって使わないのも勿体ないと思いますけどね。
  
  
だから、私は便利で使えるスピリチュアル的なアプローチを
ガンガンに行います。
  
私のスピリチュアル的アプローチを怪しんでいる人は、
カメラの写真撮影を怖がっている人に見えます。
    
  
私の説明で、現代から過去を振り返ると、
「いかに昔の人がバカだったか?」って事がわかりますよね?
  
それと同じように、
   
現代に生きる人も、未来の世代から振り返ると、
「いかにバカだったのか?」って思われますよ。


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