2017年04月04日

聖人に対する誤解

以前にも書きましたが、
  
私は自分の中の「ネガティブ観念」をゼロにしました。
  
  
つまり、「罪悪感」と「被害者意識」がゼロになったという事です。
  
  
日常では、不安や恐怖もほぼ感じません。
  
「モノを落としそうになって、一瞬ヒヤッとする…」
とかいうのはありますが、
  
それは「大切な何か」を守る為にも、
【 健全で正常な反応 】です。
  
  
で、精神性の高さで言うと、
  
私は「イエス・キリスト」や「仏陀釈迦」などと、
同等以上のレベルにある事になります。
    
  
「どんだけ毒舌で辛口の聖人だよ?」と思われるかもしれませんが、
  
【 毒舌で辛口の聖人は存在しない 】という思い込みこそが、
  
そもそも、「既存の宗教による刷り込み」でしょう。
  
  
イエス・キリストや仏陀釈迦は、
死後に神格化されて、「後世の人々の脚色」が加えられている訳で、
  
生きていた頃の実際の人物像は、
現代人がイメージするのとは、もっと違っていたと思うんですね。
  
  
「聖人は、何があっても怒らないんじゃ無いの?」
と思われるかもしれませんが、 
  
バシャールも、15秒以内で消える怒りの感情は、
「正常かつポジティブの範囲内」と言っています。
  
  
そもそも、他人から攻撃されそうになったとき、
自分の身を守る為には、「怒り」や「厳しさ」が必要になります。
  
  
高次元にもネガティブな勢力は存在していますから、
  
そういうネガティブな勢力から身を守る為にも、
高次元存在は、当然ながら「怒り」や「厳しさ」を持っています。
  
  
そもそも、「怒らないことが素晴らしい」なんていう思い込みが、 
  
神仏の「愛」や「慈悲」の側面ばかりを伝えようとする、
宗教的教えの刷り込みです。
  
  
ヨーロッパでも、日本でも、
昔は「天災」が起こると、【 神の怒り 】だと捉えられていました。
  
古代では「神さまだって怒るんだ」と認識されていた訳ですよ(笑)
  
  
ところが、近代の宗教では、愛とか慈悲とか、
そういう「優しい側面」ばかりが強調されるようになった訳です。
  
  
そもそも、宇宙はバランスですし、
「無条件の愛」というのも、【 優しさと厳しさの両面 】です。
  
「深い優しさ」と同じ分だけの、「強い厳しさ」を持っていることが、
【 精神的に成熟している 】と言う事です。
  
  
私は普段会っている人から
「中井さんほど優しい人はいない」と言われます。
  
まぁ、自分でも底なしに優しいなぁと思いますが、
優しいだけでは、精神的に成熟しているとは言えません。
  
【 優しさと同等の、厳しさ 】を持ち合わせる必要があります。
  
  
だから、私が厳しい内容のメッセージを発信するのも、当然のことです。
  
  
優秀な企業の創業者・経営者なども、
  
「優しさ」だけで無く、「厳しさ」を持っているから、
  
「優しさ」だけしか認めない「スピ系おばさん、おじさん」よりは、
【 精神的に成熟している 】と言えるのです。
  
  
ちなみに、私の書く記事は
「ニュートラルなエネルギー」を放っていますから、
  
「傲慢な人」が読めば、謙虚になり、
「自虐的な人」が読めば、自分に自信が持てるようになっています。
  
  
私が「依存的で傲慢な人」に対して、
「厳しい内容のメッセージ」を発信する事によって、
  
相手は謙虚になり、精神が「感謝の状態」に近づきます。
  
  
一時的に気分は落ち込むかも知れませんが、
  
結果的には相手の精神状態のバランスを取ってあげている事になるので、
相手にメリットを与えている事になるのです。
  
  
何が言いたいかって言うと、 
  
ほとんどの人が、
「聖人だとか、精神性が高い状態が、どういったモノなのか?」
  
という事を、誤解しています。
  
  
キリストや釈迦の死後、
後世の人から神格化され、たっぷりと脚色されたイメージを、
  
そっくり、そのまま信じている訳です。
   
  
「そもそも、そのイメージ自体が間違ってるんじゃ無いか?」
  
と、一般的なイメージを疑う事もありません(笑)
  
  
まぁ、私の事を聖人だと思ってもらっても、もらえなくても、
そんなことは別にどっちでも構いません。 
  
  
ただ、「精神性が高い状態」を誤解していたら、
  
【 そもそも、幸せになるために目指している方向性が間違っている 】
   
と言う事になります。
  
  
【 精神性が高い状態 】とは、
  
実際とは違う、神格化され、脚色された
クリーンな「釈迦やキリストのイメージ」とはまったく異なります。
  
  
精神性が高い人は、「厳しさ」や「怒り」の価値も理解し、
  
状況に応じて【 自由自在に使いこなせる人 】の事です。
  
  
別に、私は他人に対して怒ったり、厳しくする事もありますが、
  
決して相手を裁いている訳ではありませんし、
被害者意識を持っている訳でも無く、
    
ただ、【 自分と他人のバランスを取るため 】に、そうしているのです。
  
    
別に、憂さ晴らしとか、八つ当たりでは無く、
  
自分と相手のポジティブな目的の為に、行っているのです。
  
  
「厳しさ」や「怒り」を無条件にネガティブなモノだと捉え、
  
否定し、裁いている人こそが、精神性の低い人なのです。
  
  
もちろん、怒りや厳しさには、多少の不快感を伴いますが、
  
どんなに精神性を高めようとも、
  
地球上で生きている限り、
不快感自体をまったくのゼロにする事はできません。
  
  
肉体がある限り、
  
気温によって寒くなったり、暑くなったり、
身体に痛みを感じることもあれば、
  
  
周りにネガティブな振る舞いをする人がいたら、
  
自分と相手の為にも、
その人の舐めた態度を正してやらなきゃならない時もあります。
  
その時に、「怒り」や「厳しさ」のエネルギーは必要なのです。
  
  
そもそも、ネガティブな惑星に暮らしてるんだから、
    
どんなに精神がポジティブになっても、
  
周りをネガティブな存在や物質で囲まれているので、
多少のネガティブな影響は受けますよ。
  
  
私だって、都会に住んでいる限り、
排気ガスを吸わなきゃなりません。
  
精神性を高めたって、
口にフィルターが付く訳じゃありません(笑)
  
人間の肉体における制限はあります。
  
 
それに、バシャールだって、チャネリングの時、
  
自分自身の波動を地球に合わせて落とす事になるので、
多少の波動的不快感は感じているでしょう。
  
その不快感を上回る情熱を感じているのでしょうけど。
  
  
これが、精神性が高い人の実状です。
  
  
おそらく、ほとんどの人が、
  
「精神性が高い」と言えば、
  
優しくて慈悲深い振る舞いしかしない、
脚色された釈迦・キリストのイメージを持っているでしょうね。
  
  
そもそも、それが間違っている訳です。
  
  
私の精神性は、紛れもなく高いんですけど、
  
そういう風に見えないのだとしたら、
人々の持つ「精神性が高い人のイメージ像」の方が、間違っているのです。
  
  
そのイメージ像は、既存の宗教によって造られている訳ですが、 
  
宗教の教え自体が間違ってますからね。 
  
  
宗教が伝える「聖人のイメージ自体」も、間違っているのです。


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