2017年03月12日

無駄な努力は存在する!

今日は、弟子の佐々木さんと会って喋りました。
  
  
佐々木さんは、
【「陰陽表裏一体」の理解に対して、抵抗感が出てくる 】
  
という事だったので、
「その抵抗感の原因」を特定するためです。
  
  
佐々木さんが言うには、 
  
自分に良い事が起こって、有頂天になっている時に、
他人から「冷静になった方が良いよ」と言われると、
  
自分の良い気分に、水を差された様な気がするらしいです。
  
  
でも、それって裏を返せば、
「自分で自分を冷静にする事ができない」って事です。 
  
「自分が間違った選択」をしようとしていても、
【 慎重さ 】を持っていないので、それを自分で止める事ができません。
  
  
「自分の思い込み、先入観の中」に閉じこもってしまって、
それ以外の可能性を感じたり、模索する事ができません。
  
  
ここで、気付きました。
  
  
あぁ、
  
・自分の信じてきた事が否定されること
・自分が信じてきた事を覆されること
   
を、強く否定しているなって。
  
  
「自分が信じてきた対象が、間違っていた」と【 認めたく無い 】のです。
  
  
私の場合、中学生の挫折で、
  
・「学歴主義」や、
・「ルールを守る事が正しい」とか、
  
今まで自分が信じてきたモノが崩壊しました。 
   
  
「自分の信じてきたモノが違うんだ」って事を、
認めざるを得ない状況を経験しました。
  
  
じゃあ、もう一段階深掘りして、
  
【 なぜ自分が信じてきた事を否定されたくないのか? 】
   
という事を考えてみると、
  
人間は、自分が信じている事をベースに努力します。
  
  
・キリスト教を信じている人は、キリスト教の教義に基づき、努力します。
・イスラム教を信じている人は、イスラム教の教義に基づき、努力します。
・学歴主義を信じている人は、やりたくない勉強でも頑張って努力します。
  
  
人間は、【 自分が信じている事をベースに努力 】するのです。
  
  
しかし、もし「自分が信じてきた事が間違っていた」となると、
  
【 それまでの努力が全て無駄だった 】という事になります。
  
  
それを、認めたくありません。
  
  
【 無駄な努力が存在する 】と言う事を認めたく無いのです。
  
  
私は、中学生時の挫折によって、
「それまで自分の信じてきた事」が崩壊して、
    
【 無駄な努力は存在する 】って事が、よく理解できました。 
   
   
努力っていうのは、
「努力の量」も大切ですか、それよりも先に【 方向性 】が大切です。
  
  
どんなに頑張って努力しても、方向性が間違っていたら、
まったく成果が出ないどころか、むしろ逆効果になってしまいます。
  
  
例えば、目的地に辿り着きたくて、全力で走っても、
  
もし、「自分の進む方角」が間違っていたら、
むしろ目的地から離れていくし、辿り着かないし、遠回りです。
  
  
私は、「無駄な努力が存在する」という事を理解しているので、
  
努力を始める前に、
【 自分がしようとしていることが、ちゃんと結果に結びつくのか? 】
  
ということを、真剣に考えます。
  
  
努力を始める前に、慎重なのです。
  
  
しかし、
  
「無駄な努力が存在する」と言う事を認めず、
「努力は全て報われるべきだ」と思い込んでいる人は、
  
【 努力の方向性 】を慎重に考えません。
  
  
そうなると、
「間違った方角に走ってしまう確率」が、とても高くなります。 
  
  
「無駄な努力の存在」を否定している人は、
  
結局、その「自分が否定している現実」を引き寄せてしまい、
【 自分が「無駄な努力」を重ねてしまう事 】になるのです。
  
  
1.「自分が無駄な努力をしてきた」という事実を認めたく無い
   ↓
2.【「無駄な努力」が存在する 】という事実を認めたく無い
   ↓
3.今まで、自分が信じてきたモノをベースに努力を重ねてきたので、
  自分が信じてきたモノを否定されたくない
   ↓
4.「自分がこれまで信じてきた対象」に固執するようになり、
  「自分が信じてきたモノが間違っていた」という可能性を考えなくなる
   ↓
5.自分がクロと決めつけたら、完全にクロと思いたいし、
  自分がシロと決めつけたら、完全にシロと思っていたい。
   ↓
6.だから、陰陽表裏一体という理解、
  バランスの取れた見方・捉え方が出来ないし、したくもない
   ↓
7.自分が「間違った方向」に進んでいても、「無駄な努力」を重ねていても、
  「暴走」していても、バランス感覚が狂っているので、【 自分で自覚ができない 】
   ↓
8.暴走の果てに、バランスを崩して転び、現実で失敗し、痛い目を見る(笑)  
  
  
というステップになっている訳です。
  
  
結局、「思い込みが激しい宗教の信者っぽい人」って言うのは、 
   
【「無駄な努力が存在する」という事実を、認めたく無い 】のです。
  
  
さらに、【 強者が弱者を救うべきだ 】という、
   
間違った思い込みも強く持っています。
  
  
そういう、弱者保護のネガティブ観念を持っていると、
    
自分が弱い人を助けて、
「良い事をした気分」に浸れるかも知れません。
  
しかし、【 自分も誰かに救われるべきだ、助けられるべきだ 】と、
依存的な発想をしてしまいます。
  
  
・バシャールのような「ポジティブな宇宙人」に助けて欲しい
・「宗教の教祖」に助けて欲しい
・「自分の信じる神さま」に助けて欲しい
・「国、企業、目上の人」に助けて欲しい
  
  
そういう依存心を抱えることになり、精神的に自立できません。
  
そうなると、主体性が持てませんし、
自分の頭で考えたり、検証したりしなくなります。
  
つまり、【「物事に対する理解力」が著しく低下する 】のです。
    
    
・「無駄な努力」が存在する事を認めたく無い
・「強者が弱者を助ける」のは当然だ
  
それこそが、
  
【 宗教の信者が持っているネガティブな思想 】です。
  
  
別に、特定の宗教の信者じゃ無くても、
 
思い込みが激しくて、
宗教っぽくて、痛々しい人は存在しています。
  
  
そういう人は、
「物事の見方・捉え方のバランス感覚」が崩れているので、
  
痛々しいのです。
  
  
その根本原因は、
  
【 無駄な努力が存在する 】という事を認めたく無くて、
   
努力を始める前に、「努力の方向性」を慎重に考えないからです。
  
  
私は、【 無駄な努力が存在する 】とわかっているので、
  
努力を始める前に、慎重に、真剣に、考えます。
  
  
だから、無駄な努力を重ねませんし、失敗もしないのです。
  
  
努力は、「量」も大切ですが、その前に「方向性」が大切です。
  
  
どれだけ全力で走っていても、
  
ゴールと「真逆の方向」に進んでいたら、ゴールに辿り付けません。
  
  
まず、方向性を正しく合わせる必要があるのです。
  
  
この世には【「無駄な努力」が存在する 】とわかれば、
    
人は、努力を始める前に、慎重に、真剣に考えるようになるでしょう。 
  
「無駄な努力」や「失敗」を避けるためです。
  
  
それが、【 バランスの取れた見方・捉え方 】に繋がっているのです。 


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