2017年02月12日

真実を確かめたがらない理由

先日、橋田さんと話していたときに、
  
・なぜ、「真実を確かめよう」としないんですか?
・「納得したい」っていう気持ちが無いんですか?
  
という話になりました。
  
  
私は、【 納得したい! 】という気持ちが非常に強いです。
  
でも、そうじゃない人もいる。
  
  
「自分にとっての当たり前が、他の人にとっては当たり前じゃ無い」
  
そこが、【 自分の盲点 】になります。
  
  
例えば、職場で上司から何か指示があっても、
  
私は、【 なぜそれをする必要があるのか? 】
  
が理解できないと、やりたくないのです。
  
  
だから、サラリーマン失格だとも思うんですけど(笑)
  
  
義務感では、一切何もやりたくないのです。
  
  
やるなら、「意義」や「目的」をシッカリ把握してから、取り組みたい。
  
  
だって、上辺だけやったフリをしても、
  
【 意義や目的を果たせなければ、何の意味も無いでしょう? 】
  
  
例えば、レストランで働いていて、
上司から「客席のテーブルを拭いて下さい」と頼まれるとします。
    
目的は、【 次のお客さんが気持ち良く過ごせる様にする為 】です。
  
  
カタチだけテーブルを拭いても、
もしテーブルがキレイになっていなかったら、意味がありません。
  
お客さんからクレームを言われるでしょう。 
  
  
生産的な活動がしたいから、意義や目的を確かめようとしますし、
  
明確な「意義」や「目的」が理解できないと、私はやらないのです。  
  
  
意義や目的を果たすことが大切で、
  
意義や目的を果たせないのであれば、
何をやっても「無駄に労力を割いただけ」です。
  
  
私は、自分が労力を投下するのであれば、
それを無駄にしたくないし、出来る限り「良い結果」を生み出したい。
  
これって、私にとっては【 当たり前の理屈 】です。
  
  
でも、そうじゃない人もいるんですよね。
  
  
目的や意義がわからなくても、
  
「とりあえず、ここに穴を掘って」って言われたら、
理由もわからず、指示に従い、穴を掘る…、
  
まさに奴隷です。
  
  
そんなのは、コンピュータやロボットがやってくれます。
  
  
人工知能が、囲碁で人間を打ち負かしても、
  
なぜ、勝つ必要があるのか?という
「意義」までは理解していないでしょうね。
  
  
一方人間は、【 意義や目的を理解するかどうか? 】で、
「モチベーション」に天地の差が生まれます。
  
  
・意義や目的を理解せず、義務的に取り組む
・意義や目的を理解して、主体的に取り組む
  
この違いで、エネルギーや集中力が全く変わってきます。
  
  
私は、
  
1.生産的な行為がしたい、無駄な事はしたくない
  
2.その為には、「モチベーション」が高くなければならない
  「努力の方向性」も正しくなければならない
  
3.その為には、「意義」や「目的」を理解する必要がある
  
という事です。
  
  
私にとっては、たとえ誰かに命令されても、
無駄とわかりきっている事はしたくありません。
  
これが、【 主体性 】です。
  
「自分の行動は、他人じゃ無くて、自分が決める」という主体性です。
  
  
私が真実を確かめたいのも、
  
【 1.生産的な行為がしたい、無駄な事はしたくない 】
  
という理由が一番です。
  
  
どんなに努力を積み重ねても、
「努力の方向性」が間違っていたら、望むような結果は出ません。
  
  
間違いなく結果が出るという「努力の方向性」を持つには、
  
真実を知る必要があります。
  
  
「引き寄せの法則」についてもそうですが、
  
間違ったやり方を続けていても、望むような結果は出ないのです。
  
  
例えば、感情のメカニズムについてもそうですが、 
 
【 全ての感情は、自分自身が作っている 】というのが真実です。
  
  
ですから、真実を知らずに、
  
【 感情は他人から与えられるモノ 】と、勘違いしている人は、
  
「いくら努力を積み重ねても、幸せにはなれない」と言う事です。
  
  
自分が「間違った努力、無駄な努力」をしないためにも、
  
何よりも先に、【 真実を確かめる必要 】があります。
  
  
「自分の労力」を無駄にしたくないし、
もし労力を割くなら、「最大限の成果」を生み出したいからです。
  
  
しかし、橋田さんが言うには、 
  
・人によって考え方が違うから、
 真実を追究しようとすると、争いが起きる
 
・真実を語ろうとすると、仲間はずれにされる
  
  
だから、【「曖昧、あやふや、なんとなく」のままで良い 】
  
  
・「真実」よりも、「多数決」が大事
  
・「多数決」で「真実」が決まる
  
  
無意識的に、そんな「思い込み」を持っている事が判明しました。
  
  
結局、「孤独に対する恐怖じゃん!」って話です(笑)
  
  
【 孤独になるくらいなら、真実なんてねじ曲げちゃえ! 】って話です。
  
つまり、「それほど真実を重要視していない」と言う事です。
  
  
自分が、
「生産性の高い活動をするか? 無駄な努力をしないかどうか?」よりも、
   
自分が、
「孤独になるかならないか?」の方が大事なのです。
  
  
ガリレオ・ガリレイも、ニコラ・テスラも、
真実を伝えようとして、理解されず、孤独になりました。
  
  
孤独になってでも、真実を伝えようとしたのです。
  
それは、自分が突き止めた真実に「強い確信」があったからです。
  
  
前提として、【 真実は、多数決なんかじゃ無い 】ってわかってたのです。
  
  
自分が「強い確信」を持っていると、他人に流されません。
  
  
例えば、お鍋に水を入れて、コンロの上に置き、火にかけます。
  
さて、水はどうなるでしょう?
  
A.沸騰する
B.氷る
  
普通、「A」を選びますよね?
  
  
でも、「1億人が参加するクイズ」だとして、
  
自分以外の全員が、「B.氷る」を選びました。
  
  
それでも、「A.沸騰する」と言い続けますか?
  
って話です。
  
  
それで、【 やっぱり人数が多い「B.氷る」にします! 】って人は、
 
確信を持っていないから、他人に流されるのです。
  
  
確信を持っている人は、他人に流されません。
  
【 自分以外の「9999万9999人」の方が間違っている!】と思います。
  
  
他人に流されない人かどうかは、【 確信の強さ 】です。
  
  
以前も言ったように、
  
確信の強さは、「理屈の理解」と「大量の検証」によって身に付きます。
  
  
強い確信を持っていると、
自分が多数決で少数派になっても、
  
【 他人の方が間違っている! 】と思います。
  
  
そう思えるのも、
【 自分が少数派になることに対して「恐怖」や「抵抗」がないから 】です。
  
  
「少数派=孤独」とも思っていません。
  
どちらかというと、
【 少数派同士集まって、「固い絆」が生まれる 】と思っています。
  
  
成功する人は少数派なのだし、優秀な人も少数派なのだから、
  
「少数派でいること」を、とてもポジティブに捉えています。
  
   
自分が少数派になる事に対して、
「孤独の恐怖」を感じている人にとっては、
 
実際、真実なんてどうでもいいのです。
  
  
だからいつまでも「確信」が持てませんし、
「多数決で数が多い方」に流されるのです。
  
  
結局、「孤独への恐怖」によって、「主体性」が持てず、
  
「主体性」が無いから、「意義・目的・真実」を追究しない。
  
  
【 周りに流され、生産性の低い活動、無駄な努力 】を続けるのです。
  
  
そんなんじゃ、ポジティブな現実など創れるハズがありません。
  
  
私がいくら「真実」を語ろうとも、 
  
それを聴いた人が、理解して、検証して確かめない限り、
【 その人の中での真実 】になりません。
  
   
いくら他人から真実を語ってもらっても、
  
主体性を持ち、理屈を理解して、自分で実際に検証して、
【 自分の中での真実・確信 】にしない限り、意味がありません。
  
  
つまり、「主体性」を持て無い限り、
  
【 私が伝える「真実の価値」も、永久にわからないまま 】なのです。
    
  
何に対しても「強い確信」を持てず、
周り(多数決で多い方)に流され続ける「クラゲ人生」です。
  
  
主体性を持って、「少数派万歳!」って思えるようにならないと、
  
幸せで快適なポジティブ人生など、待っていないのです。


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