2017年02月03日

欲しいモノが手に入らない?

よく、ネット上のニュースで、
「SNS疲れ」について書かれている記事があります。
  
  
「間接自慢」と言って、本題と関係無いなのに、
さりげなくブランド品を背景にした写真を撮る…とか、
  
「結婚テロ」と言って、結婚式の準備から新婚旅行まで、
延々と結婚に関する記事と写真をアップし続ける人…とか、
  
そういった「SNS事情」について、書かれています。
  
   
で、「他人の幸せを素直に喜べない自分」を卑下して、
自己嫌悪に陥り、
  
他人の姿を見てもイヤだし、自分の姿を見てもイヤだし、
堂々巡りしているようです。
  
  
別の言い方をすると、
【「自慢」と「嫉妬」の繰り返し 】に疲れている様ですね。
  
  
私にとっては、「SNS疲れ」は意味不明です(笑)
  
疲れる人の気持ちがわからない。
まぁ、他人を気にしないからでしょうね(笑)
  
疲れる人は、他人を気にしすぎているのです。
    
  
妻の千博さんにその事を話すと、
「私はSNSで疲れる人の気持ち、めっちゃわかる!」と言います(笑)
  
  
この違いの根本原因は何なのか? 
二人で話し合って分析してみました。
  
  
まず、私は他人の自慢を見ても、嫉妬しませんが、
「なぜ、他人の自慢を見て嫉妬する人がいるのか?」
  
というと、
  
・自分の欲しいモノは、手に入らない
・自分がなりたいモノには、なれない
  
という、誤ったネガティブ観念が根本原因だという事がわかりました。
  
  
私は、 
 
・自分が欲しいモノは、自分次第で手に入れられる
・自分がなりたいモノには、自分次第でなれる
 
と思っています。  
  
それが、自分にとって自然な考え方です。
  
  
・自分の欲しいモノは、手に入らない
・自分がなりたいモノには、なれない
  
そんな考え方をしていると、人生が苦痛でしか無いでしょう?(笑)
  
  
そういう考え方をしていると、
人生が「灰色の地獄」になるなぁ…と思います。
  
  
なぜ、私は「自分の願いは叶えられる!」と思っているのか?
  
  
私は、自分で自分の事を頭が良いと言っていますが、
苦手分野もあります。
  
  
「時間制限」と「数字の計算」が苦手です。
  
つまり、IQテストみたいなモノは、私にとっては苦手分野です。
  
  
私は、時間無制限でとことんジックリと考えるのが好きなのです。
  
  
ですから、私がどんなに努力しても、
「数学の世界でトップに立つ事」は出来ないでしょう。
  
自分の得意分野では無いからです。
  
  
で、「自分には絶対に無理だ!」と思う事は、
  
【 そもそも、望まない 】のです。
  
  
逆に言うと、
  
・アレが欲しい!
・ああなりたい!
 
という、願いを持っている時点で、
   
【 願いを叶えられる「可能性」を感じている 】のです。
  
  
可能性を感じない事は、「そもそも望まない」のです。
  
  
私は、自分がプロのスポーツ選手になれるとも思わないし、
なりたいとも思いません(笑)
  
  
「 なれない = なりたいと思わない 」は、セットです。
  
  
ですから、
  
【 自分の望み = 実現の可能性がある 】
  
という方程式が成り立ちます。
  
  
【 自分の望み = 手に入らない 】
 
というのは、間違った思い込みです。
  
  
で、次に「実現の可能性がある」と思っていても、
  
それが、自分のチカラで成し遂げられるとは思わない…、
  
という人もいます。
  
  
・「宝くじに当たる」とか、
・「玉の輿に乗る」とか、
  
そういう、【 外的要因のラッキー 】でも起こらない限り、
自分には無理だろう…と思っている人もいるでしょう。
  
  
私は、可能性があるなら、あとは自分次第だと思っています。
  
  
なぜそう思えるのか?というと、
 
【 どん底の状態から、自分のチカラで人生を変えた! 】
  
と言う人たちが、腐るほどいるからです。
  
  
そういうエピソード、ストーリーをたくさん知っています。
  
  
いろんな状況から「人生を変えた人」がたくさんいるんだから、
  
自分だって出来るし、他人だって出来るハズです。
  
  
【 自分だけ特別に出来ない 】って事は無いでしょう。
  
  
そういう理屈で、
  
・自分が欲しいと思っているモノ
・自分がなりたいと思っているモノ
  
  
これらは、「手に入る可能性」が存在している訳で、
  
【 それは、自分次第で手に入れられる 】と、私は思っているのです。
   
  
・自分の欲しいモノは手に入らない
・自分がなりたいモノにはなれない
  
そんな風に思っていると、人生がとても苦しいでしょう。
  
希望が持てませんし、絶望しかありません。
   
それは、安易に想像できます。
  
  
しかし、「希望がある」と言う方が、紛れもない真実です。
  
理屈で考えれば、
「希望はある方が現実的だ」と思えるでしょう。
  
  
他人に嫉妬する人は、
【「自分は無力で、どうにも出来ない」と勘違い 】しているのです。
  
  
他人に嫉妬する人は、自分の願いが叶えられるかどうか?は、
  
「自分次第」では無く、【 他人次第、ラッキー次第 】だと思っています。
  
  
しかし、そう思っている限り、
  
「自分から変わろう、自分を成長させよう」と思いませんから、
現実が良くなる事はありません。
  
  
「嫉妬」は、
  
【 自分の人生好転や現実好転に繋がらない、非生産的な行為 】です。
  
  
そんな無駄な事をしているよりは、
本当に自分が幸せになりたいのであれば、
  
他人に気を取られるより、自分に集中する事です。
  
  
【 自分の望み = 実現の可能性がある 】です。
  
  
そして、自分の望みを実現させている人が腐るほどいる中で、
  
どうして、「自分だけは実現させられない」と思うのでしょう?
  
  
それは、他人次第、ラッキー次第と思っていて、
  
他人やラッキーをアテにしているからでしょう。 
   
  
その分だけ、「自分から変わろう」という気が持てません。 
  
  
自分を変えて、自分の願いを実現させている人は、
非常にたくさんいます。
  
  
しかし、「自分の考え方を変える」と言うことは、
  
【 今までの自分の考え方を否定する 】と言う事でもあります。
  
  
普通の人は、それをやりたがりません。
  
「今までの自分」を否定したくないのです。
  
  
今までの自分を否定して、
ポジティブな未来を手に入れるより、過去に固執します。
  
  
私は、「過去の否定」が成長だと思っています。
  
あらゆる企業は、
過去を否定する様な「新商品・新サービス」を開発しています。
  
  
今までの自社商品が古くさく感じる様な、
新しい商品を開発しています。
  
それこそが、成長だと思います。
  
  
大企業でも、過去を否定せず、逆に過去の栄光を守ろうとする企業が、
成長せず、淘汰されていくのだと思います。
  
  
成長したければ、新しい未来の為に、
「過去を否定し続けること」でしょう。
    
それは、当たり前の事だと思います。
  
  
変化とは、「過去とは変わっていく」という事です。
  
過去に固執していたら、成長もありません。
  
  
・過去の自分はバカだったなぁ…
・過去の自分は未熟だったなぁ…
  
そう思えることが、成長だと思います。
 
 
それは、情けない事では無く、素晴らしい事です。
  
  
逆に、「過去の自分は賢かったんだ!」と思いたい人は、
成長しないのです。
  
  
過去の自分は勘違いして、間違った思い込みを持っていた…。 
  
それを素直に認められる人が、人生を変えていくのです。
  
  
非生産的な嫉妬を止めるには、
  
過去の古い思い込みや考え方を捨て、
  
  
【 自分の願いは、実現の可能性がある 】
  
【 そして、それは自分次第である 】
  
  
という「真実」を理解し、「新しい考え方」を持つ事です。


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