2017年01月20日

貪欲に学ぶ人間とそうでない人間

昨日の弟子会議では、
  
【「学び」に高い価値を感じる人間 】と、
そうで無い人間の心理の差について、深掘りしてみました。
  
  
学びに価値を感じない人間は、
「勉強」に対して義務感を持っていて、
  
・やらなければならない
・他人にやらされている
  
という感覚を持っています。
  
  
何事にも共通して言えることですが、
  
・義務感を持って何かに取り組む事と、
・主体性を持って何かに取り組む事では、
  
モチベーションに天地の差が生まれますし、
そのまま「生産性」や「効率」に甚大な差が生まれます。
  
   
つまり、【 義務感で勉強している人間は、賢くならない 】と言う事です。
  
  
私は「学び」に何よりも高い価値を感じていますが、
  
なぜ、「学び」に対して高い価値を感じずに、
学びを義務感で行っている人は、どういう思考をしているのか?
    
という事を掘り下げると、
  
  
結局、
  
【 自分の人生の舵取りを、無意識的に他人に任せている 】
  
という事でした。
  
  
つまり、無意識的に
「自分の人生を他人に何とかしてもらおう」と思っているから、
  
自ら貪欲に学ぼう、深く理解しようとしないのです。
  
  
じゃあ、「なぜ自分の人生の舵取りを他人に任せているのか?」
  
というと、
  
【 実際は頼りにならないモノを、
 「頼りになる、アテになる」と、勘違いしているから 】です。
  
  
例えば、「北斗の拳」みたいな世界になったら、
自分が強くなるしか、生き残る方法って無いと思います。
  
【 自分しか頼れる存在がいない 】って事です。
  
  
で、「北斗の拳」の世界じゃ無くても、現代社会でも、
  
【 最後に頼れるのは自分しかいない 】のです。
  
  
それが、真実です。
  
  
例えば、この世に出回っている情報は、「ウソ」と「間違い」ばかりです。
  
ほとんどの政治家も、メディアも、大学教授も、学校の先生も、両親も、
「ウソ」と「間違い」ばかり教えます。
  
  
今まで、どれだけ世間で信じられてきた事が裏切られてきたでしょうか?
  
  
就職氷河期 → 「学歴主義」の崩壊
リストラ  → 「終身雇用」の崩壊
少子高齢化 → 「年金」の崩壊
  
  
私たちの両親の世代は、
  
「偏差値の高い学校」を出て、
「大手企業、一流企業」に就職して、
「厚生年金」を払いながら、定年まで勤め上げて、
  
【「退職金」と「厚生年金」で、老後は安心 】
  
という、ストーリーを信じていました。
  
  
で、フタを開けてみたら、それはみんな間違っていたわけですよね?
  
  
当時の大人達は、みんな「間違った事」を信じていたわけです。
  
  
「頼りにならないモノ」を、頼りになると勘違いし、
「アテにならないモノ」を、アテになると勘違いしているから、
  
裏切られるわけです。
  
  
私は、中学の時に挫折しました。
  
真面目にルールに従うことが、正しい事だと思っていました。
  
しかし、その結果、自分は報われず、不幸のどん底を味わいました。
  
  
終身雇用を信じていて、愛社精神に溢れ、
企業に身を捧げるつもりで働いていた人が、
  
ある日突然リストラを食らうくらいの衝撃です(笑)
  
  
その経験から、私は
  
【 世間で信じられている常識はアテにならない 】
  
という事実を、脊髄反射できるくらいまで深く理解しました(笑)
   
  
「世間の常識はアテにならない」となると、
  
あらゆる情報を、疑ってかかります。
  
  
「コイツは、本当の事を言ってるんだろうか?」と。
  
  
人は、平気で間違った事も言いますし、ウソも付きます。
  
自分に都合の悪い情報は隠して、ウソを言うのです。
  
  
例えば、アメリカでは
「地球温暖化の原因は、二酸化炭素のせいではない」
  
と言う事を信じている人が大勢います。
  
  
それは何故か?というと、
  
二酸化炭素の排出に制限を掛けられたくない企業が、
金に物を言わせて、専門家を抱え込んで、
  
自分たちに都合の良い「報告」や「研究内容」を発表させているからです。
  
科学者の風上にも置けない人たちだと思いますが…。
  
  
そして、一般庶民は、
「金で買収された科学者たち」の言うことを信じている訳です。
  
  
政治家も、企業も、「自分に都合の悪い情報」は言わないし、
「自分に都合の良い情報」を広めようとします。 
  
それも、メディアを使って。
  
  
自分は、都合の悪いときに平気で「ウソ」や「間違い」を言うのに、
  
「大学の教授は、自分に都合の悪い事でも、
 真実をきちんと語ってくれているだろう」と、信じているのです。
   
   
【 お人好し過ぎ 】ですね(笑)
   
   
ほとんどの人たちは、
  
・学校の先生
・大学の教授
・専門家
・政治家
・企業
・両親
・宗教と教祖
・メディア
   
の広める情報を、安易に鵜呑みにしています。
  
  
【それらが「頼りになる」】と思っているからです。
  
  
実際はまったく頼りにならないのに…です。
  
  
この世に溢れる情報は、ウソだらけ、間違いだらけです。
  
  
【 まず、そういう前提を持って生きているか? 】
   
ですね。
  
  
学ぶ事に貪欲で無い人は、 
  
頼りにならないモノを、頼りになると思っていて、
アテにならないモノを、アテにしているのです。
  
  
学歴主義も、終身雇用も、年金も、平気で信じているのです(笑)
  
どれだけ裏切られれば、「この世はウソだらけ」と気付くのでしょう?
  
  
先日も、キュレーションメディアが問題になりましたが、
  
まず、この世に溢れる情報は、
【「ウソ」と「間違い」だらけ 】って事に気付かないといけません。
  
  
あと、【 自分の人生の舵取りを、他人に任せている理由 】に、
  
  
「自分が困ったら、きっと誰かに助けてもらえる!」という、
  
根拠の無い自信を持っているのです(笑)
  
  
「んなわけない!」です(笑)
  
  
困っている人なんて、この世にいくらでも存在していますが、
  
自分は、自分の身を犠牲にしてまで、
困っている人に何かしてあげているのでしょうか?
  
  
自分がしてないんだったら、他人もしてくれる訳ありません。
  
  
「今まで他人に助けられてきた」っていう人もいますが、
  
それは、単に「過去世で行ったカルマ」が返ってきただけで、
  
【 無限に助けてもらえる権利 】を持っている訳ではありません。
 
  
そもそも、困っている人を助けたいと思っている人はたくさんいますが、
  
自分が【 他人からの助けを受け取る器・理由 】を持っていなければ、
  
「他人からの助け」を受け取る事は出来ません。
  
  
  
私のご先祖は、京都の資産家でしたが、
戦後の「財産税」と「インフレ」で、全ての財産を失いました。
  
だから、お金(貯金)だってアテになりません。
  
  
不安定な世の中で、頼りになるのは、
  
・「法則」と「論理」(理数系の学問)
・自分の「成長」と「貢献」
  
だけです。
  
  
これだけは、いくら世の中が変化しようと、誰が死のうと、
   
【 絶対に頼りになる 】と言い切れます。
   
  
例えば、学校で習う「理科」と「数学」という学問は、
代表的な【 法則と論理を扱う学問 】ですが
  
インドでも、ヨーロッパでも、中東でも、
どこでも学ぶ内容は変わりません。
  
つまり、間違っている可能性はほぼありません。
  
なぜなら、主観的では無く、「客観的な学問」だからです。
  
  
しかし、歴史という学問は、
国によって教える内容は違うでしょう?
  
もしかしたら、間違っている可能性も高い訳です。
  
  
「法則」と「論理」は、
  
【 客観的・中立・不変 】だから、信頼できる訳です。
  
  
さらに、「自分の成長と貢献」も頼りになります。
  
  
成長すれば、現実は好転しますし、
 
貢献によって「ポジティブなカルマ」を積みまくれば、
自分の人生にポジティブな結果がたくさん返ってきます。
  
  
これは、100%言い切れる事です。
  
だから、絶対に頼りになります。
  
  
そういう理由で、私は
  
・「法則」を「論理的に理解する事」の重要性
・「成長」と「貢献」の重要性
  
を説いているのです。
  
  
他人はアテになりません。
  
政治家も、企業も、大学の教授も、両親も、
誰の発言も、アテにならないのです。
  
  
それに、人間というのは「気が変わる生き物」です。
  
  
「この人は、自分を守ってくれるだろう」と思っていても、
  
人は、気が変わります。
  
  
意志や意図を持っている存在は、【 気が変わる可能性がある 】のです。
  
  
しかし、「論理」と「法則」は気が変わりません。
  
なぜなら、「意志や意図が無いから」です。
  
  
例えば、みなさんは電卓を使って計算するでしょう。
  
「機械」は気が変わらないし、間違いを犯さないから、
「電卓の出力する数字」を頼りにしているんでしょう?
  
  
人間に計算させたら、間違うかもしれないし、
状況によっては、故意にウソを答えるかも知れません。
  
  
「論理」と「法則」は、そういうリスクがありません。 ゼロです。
  
意志や意図を持った存在と違って、情に流されることもありません。
  
  
学ぶ事に貪欲で無い人は、
  
無意識的に、頼りにならないモノを頼りにし、
アテにならないモノを、アテにしています。
  
  
それが、
  
・国かも知れないし、
・企業かも知れないし、
・政治家かも知れないし、
・大学の教授かも知れないし、
・メディアかも知れないし、
・宗教や教祖かも知れないし、
・スピチュアル的な非物質存在かも知れないし、
・両親かもしれません。  
  
  
全てに共通して言えますが、
  
【 「ウソ」や「間違い」を教えている可能性は高い 】わけです。
   
  
今まで、散々「ウソ」や「間違い」を教えられてきたでしょう?
  
そろそろ「お人好し」は止めて、
情報を鵜呑みにせず、自分で検証してみることです。
  
  
ウソだらけの社会だとしても、
  
「論理」と「法則」だけは、誰にもねじ曲げる事は出来ません。
  
  
例えば、普通の人は、 
 
・学歴があれば、自分の生活は安心じゃ無いか?
・資格を取れば、自分の生活は安心じゃ無いか?
・お金があれば、自分の生活は安心じゃ無いか?
  
という風に想っていますが、
そんなもの、絶対に頼りになるモノではありません。
  
時代が変われば、
いとも容易く、アッサリと、役に立たなくなります。
    
  
自分が頼りにしている人も、
  
いつ死ぬかわからないし、やっぱり気が変わるかも知れません。
  
  
最後に頼りになるのは、【 自分の成長と貢献 】しかありません。
  
  
絶対に揺るがない宇宙の法則のひとつは、
  
【 与えたモノが返ってくる 】です。
  
  
自分の生活を安泰にさせたければ、他人に貢献し続ける事です。
  
自分自身が成長し、「他人に提供できる価値」を高め続ける事です。
  
  
これが、【 100%、安心できる方法 】です。
  
  
「周りが頼りになる」と勘違いしているから、
  
「自分がシッカリしなくても大丈夫だな」と、気が緩むのです。
  
  
「周りが頼りにならない」と言う事がわかると、
  
「自分がシッカリしないと!」という気持ちが芽生えます。
   
  
・「論理」と「法則」
・自分の「成長」と「貢献」
  
上記以外をアテにしている人は、真実が見えていません。
  
  
「間違った真実」を信じているから、
自分の外側にある「他人」や「お金」をアテにしているのです。
  
  
そして、実際は頼りにならない「自分以外の何か?」をアテにしているから、
「学ぶ事」に貪欲になれないのです。
  
  
貪欲に学ぶ意欲を持つためには、
  
・「論理」と「法則」
・自分の「成長」と「貢献」
  
以外は、頼りにならない、アテにならない
  
と言う事実を認め、理解する事です。
  
  
上記に集中する事で、
【 100%、絶対に安心できる生活・人生 】が手に貼ります。
  
(※ 成長って言うのは、主に精神的成長と仕事の能力向上。)
  
  
それ以外は、
  
アテにならない、頼りにならないリスクと可能性が、
常に存在しているのです。


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