2017年01月16日

スピリチュアル学の基礎

先日、「ポジティブ思考・肯定解釈」は、
自己啓発における基礎中の基礎だ…、
  
という話をしました。
  
  
何でも「基礎の理解」が大切です。
  
  
スピリチュアルについて勉強すると、
  
【 人間は「創造主(神)の一部」である 】
  
という話がよく出てきます。
  
  
これも、耳にタコができるくらいに、
方々で言われている事です。
  
  
私は、それが真実だと信じていますが、
  
これも、「ちゃんと心の底からそう思えているか?」
  
って事が大事ですね。
  
  
「自分が創造主の一部であると、本気で思えているのか?」
  
って話です。
  
  
……、実際には、思えていない人が多そうですね(笑)
  
  
少し、スピリチュアル、宇宙の法則についておさらいすると、
  
宇宙の全ては、【「エネルギー」=「意識」】で出来ています。
  
  
これは、全ての物質が
「原子(中性子、陽子、電子)」で出来ているという、
  
中学の理科で習う話からも、イメージしやすいと思います。
  
  
根本は非常にシンプルであって、
その「シンプルな要素」の「無限の組み合わせ」によって、
  
ありとあらゆる物質が出来ている訳です。
  
  
中学で習う理科と違うのは、
  
【「エネルギー」と「意識」は同じモノである 】と言う事です。
  
  
つまり、物質は原子で出来ている…、というのと同じ感覚で、
  
・宇宙は「エネルギー」で出来ているとも言えますし、
・宇宙は「意識」で出来ているとも言えます。  
  
  
そして、宇宙の「全てのエネルギー、全ての意識」を指して、
「創造主」と言っているのです。
  
  
宇宙に存在する全てがエネルギーであり、
「創造主の一部」と言う事です。
  
  
だから、自分も、他人も、椅子も、机も、
普段、踏みつけまくっているコンクリートも、全て創造主の一部です。
  
  
そして、
  
創造主(エネルギー、意識)のあり方や動き方を、
「宇宙の法則」と言います。
  
宇宙の法則は、創造主にもねじ曲げる事が出来ません。
  
  
例えば、「ボール」を手に持ち、離せば落下します。
  
重力が働いているからです。
  
  
しかし、ただのボールが重力をねじ曲げる事はありません。
  
  
それと同じように、エネルギーそのもの(創造主)が、
  
エネルギーの法則(あり方、動き方)を
ねじ曲げる事はありません。
  
  
ですから、
  
創造主は常に変化していますが、  
宇宙の法則は、一切変化しないのです。  
  
  
宇宙の法則は、
宇宙で唯一、絶対に揺るがない因果関係・メカニズムなのです。
  
  
そして、宇宙における
「エネルギーと意識のあり方」には、階層があります。
  
  
それは、水分子が温度によって、
  
「固体(氷)、液体(水)、気体(水蒸気)」
にカタチを変えるのと同じです。
  
  
そして、全ての人間は、霊的成長を続ければ、
「キリスト」や「仏陀」の様になります。
  
  
キリストや仏陀を特別扱いしている人には悪いですが、
  
誰でも「キリスト」や「仏陀」の様になれるし、
霊的成長を続ければ、いずれ誰でもそうなる様になっているのです。
  
  
そもそも、キリストや仏陀というのは、
「高次の意識に目覚めた人」に対する敬称ですからね。
  
高次元文明の人々は、
全員が仏陀(悟った人)であるという事です。
    
  
全ての人が、創造主の一部であり、
  
誰でも成長すれば、キリストや仏陀の様に、
高い意識に到達できる素質を持っている訳です。
  
  
しかし、現実を見てみると、
全ての人が霊的成長に目覚めている訳ではありません。  
  
  
地球に暮らす多くの人々は、まだまだ未熟なのです。
  
  
全ての人がキリストや仏陀になれる素質を持っていると言っても、
  
「強い意志」と「不断の努力」を続けなければ、そうはなれません。
  
  
「強い意志」を持てない人間は、ラクな方に流され、
ネガティブな現実の中で、生活し続けるしかないのです。
  
  
【「ポジティブな存在」になれる素質を持っていても、
  その意志がなければ、「ネガティブな存在」のまま 】
  
それが、「人間の姿」という訳です。
  
  
人間は、
  
絶対的にポジティブな存在という訳でもなければ、
絶対的にネガティブな存在という訳でもありません。 
  
本人の選択次第で、【 どちらにもなり得る 】という事です。 
  
  
そういうポジティブとネガティブの両方を
バランス良く眺める、ニュートラルな人間観を持つ事で、
  
【 自分の本当に望んでいる生き方 】が出来る様になります。
  
  
まず、自分自身を、
  
・創造主の一部
・キリストや仏陀の様に、高次の意識に目覚める素質ある存在
  
という風に見なす事が、基本となります。
  
  
既存の宗教では、
「創造主」と「人間」は別物と教えられているかもしれませんが、
  
創造主とは、「無限のエネルギー(意識)そのもの」であって、
別に、ヒゲを生やしたおじいさんの姿をしている訳ではありません(笑)
  
  
既存の宗教が、神と崇めているのは「宇宙人」だったりします。
   
そして、その宇宙人にも、
ポジティブな宇宙人もいれば、ネガティブな宇宙人もいた訳です。
  
  
「宗教系の依存的な波動」を持つ人は、
  
どうも、「意志を持たない法則」よりも、
「意志を持った何らかの存在」を崇めようとします。
  
  
私から見ると、「意志を持った存在」に依存する方が、
危険だと思いますけどね。 
  
意志を持った存在は、心変わりしますし、
もしかしたら、ネガティブな存在かもしれません。
  
だから、私にとっては、
そういう危険性の無い法則が指針なのです。
  
  
これが、私の理解している「人間の姿」です。
  
  
全ての人間は、仏陀やキリストの様になれる素質を持ちつつも、
  
強い意志を持たなければ、
ラクな方に流され、ネガティブな現実の中で生き続ける。
  
  
だから、私は人間は「弱い存在」だと思う訳です。
  
  
すごい素質が備わっていても、
奴隷根性にまみれていて、自信も無く、弱いから、
  
自分の奴隷根性を叩き直す覚悟が無ければ、
素質も開花しないのです。
  
  
【 すごい素質を備えていても、意志を持たず、
  何もしなければ、ラクな方に流され続ける弱い存在 】
  
  
すごい素質はあっても、そのままでは弱い存在だからこそ、
強くなろうとしなければ、ポジティブな現実は手に入らない。
  
  
それが、私の人間観です。


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