2016年12月28日

人生はテーマパーク

私は、「人生」というモノを、
  
閉園時間が決まっている
テーマパークの様なものだと思っています。
    
そこで、自分の好きに、自由に時間を過ごして良い訳です。
  
  
多くの人は、テーマパークに行ったら、
  
「出来る限り効率良く巡って、
 アトラクションを出来る限り楽しみたい」
  
と思うのではないでしょうか?
  
(※ 近所に住んでいる年間パス保持者は除いて 笑)
  
  
私は小学校4年生の時に、ディズニーランドに行きましたが、
  
当日までにガイドブックを眺めながら、
「何処を回ろうか?」と、考えていました。
  
  
人生に対しても、同じような気持ちです。
  
  
閉園(死ぬ)までに、効率良く、
いろんな楽しい事を体験して巡りたいのです。
  
  
ただ、「人生」と「テーマパーク」の違いは、
  
人生には、
  
・不快、地獄エリア
・退屈、我慢エリア
・快適、天国エリア
  
の、大きく分けて3種類のエリアに分かれています。
  
  
で、閉園時間(死ぬまでの時間)は限られている訳ですから、
  
出来る限り早く、「不快・退屈エリア」から抜け出して、
  
「快適エリア」で、残りの時間を過ごしたいと思っているわけです。
  
  
「人生は苦しいことしかない」という人生観を持つ人もいるでしょうが、
  
この世には、底辺から這い上がった人もいます。
  
  
実際に、「快適エリア」で生きている人は存在していますし、
  
覚悟を決めて、努力すれば、そうなれる訳です。
  
  
  
人生を別のカタチで表現すると、 
  
ほとんどの人たちは、
【 カタログの中から選ばされる人生 】に慣れきって、
  
ゼロから自分の方向性を考えるっていう事が出来ていないんです。
  
  
高校受験、このリストの中から選んでください。
大学受験、このリストの中から選んでください。  
就職活動、このリストの中から選んでください。
  
  
例えば、レストランに入って、メニューを広げて、
  
その中に本当に欲しい食べ物がなければ、
  
別のレストランに行くって手もあります。
  
  
でも、ほとんどの人は、
  
・目の前に他人が提示してきたメニューやリスト以外のモノを選ぶ
・ゼロから、自分が本当に求めているモノを考え、選ぶ  
  
という事をしていません。
  
  
人生の全てを、【 リストの中からの消去法 】で選択しています。
  
結婚相手ですら、そんな感じで決めている人が多いでしょう。
  
  
本当に自分の理想を手に入れたければ、
    
リストの中から消去法で選ぶような、受け身の姿勢では不可能です。
  
  
「世間の常識」が用意した
人生のカタログ、メニュー、リストは全部捨てて、
  
ゼロから、自分で考え、探し出さなければなりません。
  
  
カタログ、メニュー、リストもなしに、
 
どうやって、自分の理想を見つければ良いのか?
  
  
それは、積極的に【 憧れる人物 】を探す事です。
  
  
積極的に、世の中で活躍している人を
調べてみよう、観察してみようと思えば、
  
自然と出てくると思います。
  
  
「自分が憧れる人物」とは、
 
【 自分の理想の一面を現してくれている存在 】です。
   
  
私には、憧れている人物がたくさんいます。
  
  
完全にその人になりたいって訳では無くて、
  
いろんな人の、
「この部分は自分にとって理想的だな…」という部分を、
  
自分の人生にも取り入れたいという事です。
  
  
・「経済力」で憧れるのはこの人
・「外見」で憧れるのはこの人
・「教育者」で憧れるのはこの人
・「研究者」で憧れるのはこの人
・「政治家」で憧れるのはこの人
・「ポジション」で憧れるのはこの人
  
という風に、
  
いろんな人の、自分にとって理想的なパーツを、  
自分に組み込んでいる訳です。
  
  
で、「憧れの人物」を見つけたとしても、
  
それを素直に目指せない、また一つの大きな抵抗が生まれます。
  
  
それは、【 特別な人間 】というコンセプトです。
  
  
世間で活躍している人を見て、
  
「あの人は、生まれつき特別だから…」
  
と言うような、発想です。
  
  
私は、「生まれつきの身分」って言うのが嫌いです。
  
  
貴族の生まれだろうが、
ろくでもないヤツはろくでもないし、
  
スラム街の生まれだろうが、
素晴らしい人間性と才能を備えた人はいます。
  
  
貴族の生まれだからと言って、
ロクデナシでも、さも偉い存在かのように扱う。
    
スラム街の生まれだからと言って、
素質ある人間でも、価値が低い存在かのように扱う。
  
  
そういう風に、
実力主義で無く、不公平に扱われる事が嫌いです。
  
  
私は、「先天的な才能」と、「後天的な努力」は、
半分半分だと思います。
  
  
確かに、どんなに努力しても乗り越えられない、
「先天的才能の差」ってモノは存在していて、
  
野球少年の誰もが、イチローみたいになれる訳では無いと思います。
  
 
先天的才能を持っている人は、過去世で努力してきた人です。
  
それを、今世一代だけではひっくり返せません。
  
  
しかし、どれだけ「先天的な才能」に恵まれていても、
努力をせずに堕落している人もいます。
  
  
類い希なる才能を持っていても、
麻薬に溺れて堕落していくスポーツ選手も存在しています。
  
ミュージシャンも、そうです。
  
  
【 特別な人間 】というコンセプトを信じている人は、
  
おそらく、90%くらいは、
先天的才能で決まっていると思っているでしょう。
  
しかし、それは違います。
  
  
人生は、予め勝者が決まっている出来レースなどではありません。
  
  
「先天的才能」が50%
「後天的努力」が50%
  
として、
  
先天的才能を「引き出す」のが後天的努力だとしたら、
  
後天的努力を「5%」しか頑張っていない人は、
自分の先天的才能も、「5%」しか引き出せていないと言う事です。
  
  
そうだとして、自分はその50%の後天的努力を
MAXまで頑張っていると言えるでしょうか?
  
  
そうで無ければ、
まだまだ自分には「伸び代がある」と言う事です。
  
  
もちろん、努力は義務ではありません。
  
真面目に生きなきゃいけないって事もないですし、
努力しなきゃいけないって事もないです。
  
  
私は、自分の幸せの為に努力する訳だし、
  
自分の幸せに繋がらない努力など、微塵もしたくありません。
  
  
・人生には「幸せエリア」が存在する
  
・その「幸せエリア」に行けるのは、
 生まれつき特別な人間などではなく、
 「後天的努力」を絶やさなかった人間である
  
  
そういう前提を理解した上で、
  
・人生の「幸せエリア」に行きたいのかどうか?
・自分は理想を手に入れたいのかどうか?
・その為に、努力を続けたいと思うのかどうか?  
    
と言う事を、考えていく必要があります。
  
  
別に、絶対に幸せにならなきゃいけないって事もありません。
  
ポジティブな選択をしなきゃならないって事もありません。
  
 
自分は何を選択しても良いのです。
  
  
もし自分が「不快エリア、退屈エリア」で人生を過ごしても、
誰にも文句を言われる筋合いはありません。
  
  
それぞれのエリアの「メリット・デメリット」を総合的に判断して、
  
他でもない【 自分の為 】に、決めれば良いのです。
  
  
人生観がネガティブな人は、
  
【 特別な人間 】というコンセプトを強く信じていると思います。
  
  
私は、「特別な人間などいない」と思っています。
  
  
先天的才能に恵まれていても、堕落する人もいるのです。
  
  
世間で活躍し続けられる人は、後天的努力を怠らなかった人です。
  
そこが、尊敬に値する部分だと思います。
  
  
それは、義務感のイヤイヤやっている努力では無く、
  
【 自分自身の長期的幸せの為の努力 】です。
  
  
私に対して、
  
「中井さんは生まれつき特別だからなぁ…」なんて言われても、
まったく嬉しくありません。
  
私は、血がにじむような苦労と努力を重ねていたので、
どっちかというと、そっちの方を評価して欲しいです。
  
  
誰でもそうだと思います。
  
  
「生まれつき恵まれてていいね!」なんて言われるより、
  
「普通の人が諦めそうな所でも、めちゃくちゃ頑張ってるね!」
って言われた方が嬉しいでしょう?
  
  
「最終的な結果」しか評価しないから、ネガティブなのです。
  
  
本当に大事なのは、【「プロセス」と「努力」 】です。
  
  
結果で評価するってことは、まぐれの一発屋でも評価するって事です。
  
  
しかし、まぐれは続きませんし、
  
コンスタントに結果を出し続けるには、
  
確固とした【「プロセス」と「努力」 】が必要です。
  
  
安定的に良い結果を出し続ける為にも、
  
「プロセス」や「努力」を高く評価しなければならないのです。
  
  
人生における「幸せエリア」に行けるのは、
  
特別な人間では無く、後天的努力を怠らなかった人間。
  
  
・恐怖やネガティブ感情と向き合い続ける
・自分の幸せや理想について考え続ける
  
  
そういう【 継続的な取り組み 】を続けた人間です。  
  
  
「特別な人間」というコンセプトは、
  
自分が内面と向き合う努力を怠ける言い訳にしか過ぎません。
  
  
「特別な人間などいない」と自分の意識に刷り込むことも、
  
ポジティブな人生観を持つ上で、必要な事です。


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