2016年12月14日

信じるに足るモノ

前回の「科学の記事」の補足ですが、
  
昔の人は、「菌」の存在を知らなくても、
「菌」を活用して、【 発酵食品 】を作っていました。
  
「酒」や「味噌」、「ヨーグルト」などです。
  
  
「菌・発酵・腐敗」のメカニズムなど知らなくても、
  
「菌」を使って発酵食品を作ったり、
  
逆に、「菌」による腐敗を防ぐため、
塩や砂糖を大量に使用して、保存食を作っていました。
  
  
つまり、人類は細かいメカニズムを知らなくても、
使えるモノは使ってきました。
    
  
じゃあ、なぜ何に対しても科学的根拠を求め、
心理やスピリチュアルに懐疑的な人がいるのか?
  
  
結局それは、科学的解明が重要なのでは無く、
  
・「世間」に認められている
・「権威」が認めている
  
という事が、その人の中での基準になっている訳です。
  
  
【 信じる、信じないの基準 】が、
  
自分の経験した事ではなく、
「自分の外側(世間、権威)」におかれています。
  
  
しかし、人間が本当に確信を持てるのは、
  
【 自分が経験を通して理解したことだけ 】です。
  
  
信じるか否か?を、
   
「世間」や「権威」に依存している状態では、
本当に確信を持てませんし、理解もできていません。
  
  
最先端の科学理論や宇宙論は、
凡人には理解できないレベルの話です。
  
  
「パラレルリアリティが存在している」と主張する科学者もいますが、
  
その科学的根拠は、専門家でない私には到底理解出来ないでしょう。
  
  
アインシュタインの「特殊相対性理論」だって、
存在は知っていても、理解していない人の方が多いでしょう。
  
  
私は、最先端科学は、
  
【 専門家でないとメカニズムを理解できない 】
  
と思っています。
  
  
難しい理解できない話を聞いて、
「わかったつもり」になりたいのは、
    
ただ、【 世間や権威が認めた 】という事実によって、
【 安心したい 】のです。
  
  
自分が信じたいことに確証が持てない、自信が持て無くて不安だから、
  
【 世間や権威の後押し 】を求めているのです。
  
  
他人の言うことを、
カンタンに鵜呑みにしないのは良い事です。
    
  
「なかなか確信が持てない」っていうのは、
裏を返せば「慎重である」ということなので、
  
それはそれで良い特性です。
  
  
カンタンに信じちゃう人は、
宗教みたいなモノにハマっちゃうタイプの人なので、
  
  
「科学的根拠が欲しい」って言う気持ちは、
宗教を盲信するよりはマシです。
  
  
でも、それは「信じる信じないの依存対象」が、
   
「怪しい宗教の教祖」では無く、
「世間で認められている科学的権威」にシフトしただけです。
  
  
それよりもう一個レベルが高いのは、
  
【 自分自身で経験・検証・分析する 】
 
という姿勢です。
  
  
信じる、信じないの基準を、
  
・宗教の教祖でも無く、
・科学的権威でも無く、
  
【 自分と他人の「経験」 】に置く事です。
  
  
私は、
  
パワーストーンの効果に確信を持っています。
「邪気・邪念・悪霊」の類が実際に存在している事に確信を持っています。
  
  
それは、自分が経験した事ですし、他人に試してもらっても、
同じように体感しているからです。
  
   
他人の話を鵜呑みにしたわけでは無く、
  
自分自身が【 実際に体感している 】のです。
   
   
「科学的な根拠や証明」を待たなくても、
  
自分が効果を感じ、
他人に試してもらっても、効果を感じてくれている訳ですから、
    
それは、【 使える知識 】なのです。
  
  
自分が経験する前に、「きっとウソだろう、本当だろう」と言っていても、
真実は判明しません。
  
  
目の前の料理が美味いか?不味いか?は、
食べてみれば一発でわかります。
  
  
パワーストーン? 怪しいなぁじゃなくて、
  
実際に、使ってみれば良いのです。
  
  
ただ、パワーストーンに関して言うと、
  
エネルギーに敏感で無い人は、効果を感じにくいですし、
パワーが強い石は、全体の量からみると少なく、
  
「パワーがほとんど無い石」も巷に多く出回っていますから、
  
その「前提」を加味する必要はありますが。
  
  
昔の人は、
  
「科学的根拠」など理解していなくても、
「菌」の存在を知らなくても、
  
「菌」を使って「発酵食品」を作り、
「菌」による「腐敗を防ぐ方法」を発明してきました。
  
  
昔の人は、
  
「科学的メカニズム」を理解していなくても、 
「発酵食品を作る方法」は理解していました。
  
  
しかし、スピリチュアルに科学的根拠を求める人は、
  
「科学的メカニズム」は理解しようとしていても、
「現実で使える有効な手段」が理解できていません。
  
  
科学的根拠を求める人は、
自分自身が科学的メカニズムを理解したいと思っているのでは無く、
  
本質的には、
【「世間や権威が認めている事なんだ」という安心感 】が欲しいのです。
  
  
科学的なメカニズムは、
専門家の科学者で無いと理解できないレベルです。
  
  
それが科学者と同じレベルで理解できるなら、
科学者になった方が良いのでは無いでしょうか。
  
  
自分の人生を良くするために、
本当に理解しなければならないのは、
      
・「菌」の科学的メカニズムでしょうか?
・「発酵食品」の作り方でしょうか?
  
  
「発酵食品の作り方」を理解するには、
  
何度も繰り返し作ってみて、練習する事です。
   
   
練習する事で、コツが掴めます。
  
「コツを掴む」と言うことが、「方法を理解する」と言う事です。
  
  
私は「現代科学」よりも、
  
【 自分自身の経験、他人の経験 】を信頼しています。
  
  
現代科学を盲信する人は、
  
自分に自信が持てず、「自分軸」では無く、
世間や権威という「他人軸」で考えているのです。
  
  
自分の経験したことより、世間の方を信じているのです。
  
  
私は、「世間が間違っている事もある」と思っているので、
  
【 世間が認めているから信じる 】という発想がありません。
  
  
私が信じることは、
  
私が「経験」した事、他人が「経験」した事がベースです。
  
  
自分が試してみて効果がでた。
他人が試してみて効果がでた。
  
それだけで、【 有効性を信じるに値する方法 】という事です。
  
  
私の場合、その確率を限りなく100%に近づけたいと思っています。
  
自分が効果を感じても、他人が効果を感じないというのであれば、
それは、【 万人に共通する方法 】とは言えません。
  
  
私は、限りなく100%、誰にでも効果がある方法を研究しています。
  
  
ですから、私は自分が研究している方法に自信があります。
  
  
現代科学的でなくても、効果があるかどうか?は、
  
自分で試して、他人で試して、  
「実際に効果があるかどうか?」検証してみれば良いのです。
  
  
もちろん、それには頭を使います。
  
  
自分の頭を使いたくない人が、
  
「宗教の教祖」や、
「世間、権威、科学」の言うことが無条件に正しいと鵜呑みにします。
  
  
とにかく、
  
教祖だって間違っているかも知れないし、
世間だって間違っているかも知れないし、
権威だって間違っているかも知れないし、
科学だって間違っているかも知れません。
  
  
何が正しいか? 間違っているか? わかりません。
  
  
「自分が経験したこと」と「他人が経験したこと」が、
  
唯一信じられることです。
  
  
経験もしていないのに、
  
「あれが正しいだろう、あれが間違っているだろう」と論じるのは、
非常に無意味な事です。
  
  
自分が正しいと思い込んでいる事が、実は間違っているかも知れません。
  
  
それを確かめる方法は、自分で経験するしかありません。
  
  
そして、自分で経験した後に、それが他人にも適応されるかどうか?
  
他人にも試してもらう事です。
  
  
それを繰り返して、ようやく確信が持てるようになります。
  
  
【 誰の言っている事が正しいのか? 】
 
 
世間なのか、教祖なのか、科学なのか、権威なのか、
  
頭の中では、絶対に答えは出ません。
  
  
自分で経験してみるしかありません。
  
そして、他人にも経験してもらうしかありません。
  
  
現代科学は「確か」だと思い込んでいるかもしれませんが、
  
私から見れば、現代科学も「確か」ではありません。
  
  
自分の経験だけでもダメだし、(自分がおかしいかもしれない)
他人の経験だけでもダメです。(自分に当てはまらないかもしれない)
   
自分と他人の経験を両方検証して、
「信じるに値する情報や方法か?」がわかります。
    
  
自分の経験、他人の経験、その圧倒的な「質量、経験値」以上に、
  
「確か」と言えるモノは無いのです。


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