2016年11月04日

人生観

私は、20歳で経済的成功を目指し始めました。
  
  
中学生の時に「やりたくない受験勉強」をやり過ぎたせいで、
精神的におかしくなって死にかけたので、
    
とにかく、
  
【 「やりたくない事」をやらなくて済む生き方 】   
  
を求めていたのだと思います。
  
  
ですから、「やりたい事をやるぞ!」というよりは、
   
独立して「サラリーマン以外の何か」になりたかったのです。
    
  
最初の一歩は、そんなに高尚な動機ではありません(笑)
  
  
私がまず初めにやった事は、
とにかく、「自己啓発本」を読み漁りました。
  
そして、「ビジネスチャンス」が目の前に訪れたら、
とりあえずチャレンジしました。
  
  
私は、「それで成功できる」と信じていました(笑)
  
今思えば無謀ですが(笑)
  
  
でも、世間の自己啓発本には、
  
「それで成功できる」みたいな事が書いてあるので、
  
素直にそれを信じちゃっていた訳です(笑)
  
  
過去の私は「経済」についても、「商売」についても、
まったく無知な人間でした。
  
自己啓発の知識だけで、商売が上手くなるはずもありません(笑)
  
ですから、最初は本当に全然上手く行きませんでした。
  
  
でも、【 自分は絶対に成功できる! 】と信じていました。
  
  
その根拠は、
  
  
1.やる気が違う
  
既に成功している人たちとも会いましたが、
自分の方がモチベーション高いんじゃないの?
  
って思う事がよくありました。
  
  
2.頭が良い
  
既に成功している人たちと話していても、
自分の方が頭が良いんじゃないの?
  
って思う事がよくありました。
  
  
と言う事で、
  
「自分には成功できる素質が十二分にある」と思っていたのですが、
  
実際には、なかなか上手く行きません。 
  
  
「やる気」があって、「努力」さえすれば、
  
「結果は必ず出るだろう」と思っているのに、まったく出ないのです。
  
  
結局、勉強して努力するだけじゃ、結果が出るとは限らないのです。
  
  
なぜなら、どんなに努力しても、

【 努力の方向性 】が違っていたら、結果は出ない訳です。
  
  
いくら机の上で勉強しても、スポーツは上達しないのと同じです(笑)
  
  
私は、「1.勉強」「2.チャレンジ」「3.努力」
  
「この三拍子が揃っていれば、成功できる」と思っていましたが、
  
その予想は大きく違っていました。
  
  
本当に必要だった事は、上記にさらにプラスして、
  
「ネガティブ感情に向き合う勇気」と「経済・商売の本質を理解すること」
  
この二つが大切だったのです。
  
  
  
「努力」と言っても、
  
「義務感でイヤイヤやる努力」もあれば、
「自発的に、主体的に、好きでやる努力」もあります。
  
  
私は、中学生の時の挫折で「イヤイヤの努力」は懲りましたが、
  
後者の「好きでやる努力」は続けました。
  
  
音楽の専門学校に通っていた頃の一時期は、
作詞作曲をして、毎日、ピアノを練習していました。
  
毎日練習するから、演奏できるようになる訳です。
  
  
練習が無ければ、演奏もありません。
  
  
【 自分の望む結果を出すために、努力(練習・鍛錬)は必須である 】
  
当たり前の話ですね?
  
  
おそらく親の教育の影響でしょうけど、
  
【 結果を出すには、努力が必要である 】
  
これは私にとって、至って普通の感覚として身に付いています。
  
  
・スポーツ選手になる為には、身体を鍛える必要がある
・ミュージシャンになる為には、楽器の練習が必要である
  
当たり前の話ですよね?
  
  
でも、私が弟子を指導する中で、
  
【 努力せずに結果を出したい 】と思っている子もいて、
  
それに初めはビックリしましたね。
  
  
「それは無理だよ」って事を教えるのに、えらい労力を割きました(笑)
   
「どんだけ人生舐めきってるねん!」という話です。
  
  
私は、「本来は親が教えるべきような事」を
弟子には伝えてきましたし、今もそうです。
    
一回、ネガティブに育った子を
ポジティブに育て直すのは、とても大変な事です。
  
  
私は、【 望む結果を得るには努力が必要 】という人生観に加えて、
  
  
【 そもそも人生とは、(地球上で生きていくという事は、)
  厳しく、辛く、苦しいものである 】
   
という人生観を持っています。
  
  
お釈迦様は、「人生は苦に満ちている」と言ったらしいですけどね。
  
  
・人生とは、厳しいのが当たり前
・人生とは、苦しいのが当たり前
・人生とは、辛いのが当たり前
    
私は、そう思って生きています。
  
  
・貧しい地域では、食べるものがありません。
  
・紛争地域では、毎日の様に人が殺されています。
  
・女性差別が激しい地域では、女性対する虐待が常習です。
  
・豊かな先進国でも、物質的には恵まれていても、
 「精神的に病んでいる人」がたくさんいます。
  
  
この世界を見渡してみても、
  
【 自分の境遇や生活に満足している人 】って、
ほとんど居ないんじゃないですか?
  
  
むしろ、【 不幸と貧乏が当たり前。】 
  
これが、「地球で生きる」と言うことだと思います。
  
  
私は、そういう前提で生きているから、
  
多少の「苦しみ、辛さ、厳しさ」っていうのは、
既に覚悟しているんです。
  
覚悟しているから、耐えられるんです。
  
(※ 「我慢し続ける」っていう意味じゃ無くて、
   必要な試練を「乗り越える」っていう意味でですよ。)
 
   
でも、多少の「苦しみ、辛さ、厳しさ」で、
 
「すぐに音を上げてしまう人」って言うのは、
     
【 どれだけ今まで苦労もせずに、
  他人に守られて生きてきたんだろう? 】
  
と思います。
  
  
日本人には、
  
【 強者が弱者を守るのが当たり前 】
  
と思っている人が多いと思います。
  
  
みなさんは、役に立たないモノは買いたくないですよね?
  
一回買ってしまっても返品できればしますよね?
  
  
でも、経営者からしてみれば、
  
一回雇った正社員が役に立たなくても、
すぐにはクビを切れないし、給料を払わなければなりません。
  
  
どう考えても、圧倒的に【 労働者に有利な条件 】です。
  
そして、それがさも当たり前のように思われています。
  
  
「非正規雇用が問題だ!」と言いますけど、
  
「自分が労働者として非常に優秀」という自負があっての事でしょうか?
  
  
要は感覚として、
  
【 経営者はたくさん人を雇用して、他人の生活を守ってあげてね!】
  
という訳です。 
  
  
「強者が弱者を守る」  それが日本の常識なのです。
  
  
でも、経済がグローバル化していく中で、
  
それを続ける事も出来なくなってきています。
  
  
強者にも、「弱者を守る余裕」って言うのが
無くなって来ているのです。
    
そうなると、弱者は切り捨てられます。
  
  
スポーツで言うところの、【 戦力外通告 】です。
  
  
そうなると、「強者が弱者を守る!」ではなく、
  
「生き残りたければ、自分が強くなって下さいね!」
「自分の身は、自分で守って下さいね!」
  
という論理になってきます。
  
  
今まで、日本では、
  
【 強者が弱者を守る 】という習慣が当たり前でした。
  
 
だから、
  
「努力せずに結果を出したい」という人とか
   
「苦労知らずの平和ボケ」の人が、普通に生まれるのです。
  
  
親に守られ、企業に守られ、強者に守られ、
  
それで成り立っている生活を、
「自分の実力」だと勘違いする人がたくさん生まれてしまいました。
  
  
そうやって、強者に守られ、苦労を知らずに生きてきた人は、
  
ちょっとやそっとの「厳しさ、辛さ、苦しみ、苦労」で、
  
すぐに音を上げるようになってしまいます。
  
  
精神的に「ひ弱」なのです。
  
  
現実的に、お金を稼げなければ、人間は死ぬしかありませんが、
そのお金を稼ぐ事も、本来はとても大変な事です。
  
ですから、生きていく事自体が、
「この地球上において生存を維持する」という事自体が、
  
本来は大変で当たり前なのです。
  
  
多くの人が人生に対して真剣じゃ無くても生きていられるのは、
多くの場合、「家族のカネ」をアテにしているからです。
  
しかし、経営者はみな、真剣で無いと商売が潰れてしまいます。
  
  
私は、人生とは、
  
・厳しいのが当たり前
・辛いのが当たり前
・苦しいのが当たり前
 
と思っています。
  
  
私は、自分が成功を目指す過程で、
「強者に助けられた事」がほとんどありません(笑)
  
  
ですから、どんな試練も自分一人で乗り越えてきました。
  
  
しかし、【 強者に助けてもらえるのが当たり前 】と思っている人は、
  
・厳しいのが当たり前
・辛いのが当たり前
・苦しいのが当たり前  
  
とは、思えていません。
  
  
ちょっとやそっとの「厳しさ、辛さ、苦しみ」で、
  
すぐに音を上げて、折れてしまいます。
  
  
日本には、過保護が蔓延しています。
  
  
でも、自分も過保護で、周りも過保護だったら、
  
差を感じないので、自分たちが異常である事に気づけません。
  
  
世界の常識は、日本の非常識なのです。
  
  
  
・「強者に助けてもらえる」のは当たり前では無い
・人生は、「厳しい、辛い、苦しい」のが当たり前
  
私は、そういう人生観ですし、苦しみを背負う覚悟があります。
  
  
だから、多少の苦しみは当たり前であり、付きものだと思うので、
  
自分にとっては、別段、騒ぎ立てるほどのモノではありません。

  
  
・「強者に助けてもらえる」のは当たり前では無い
・人生は、「厳しい、辛い、苦しい」のが当たり前  
 
こういう人生観を持っていると、
  
いちいち試練に対して「逃げ腰」にもなりません。
  
  
試練に対して逃げ腰の人は、
  
たいして苦労もせず、強者に守られてきたからでしょう。 
   
   
別に、絶対に苦労しなきゃならないって話でもありません。
  
賢い人は、他人の経験からも学習します。
  
  
他人の経験から学習できる人は、苦労しなくても良いんです。
  
  
他人の経験から学習しない人は、身を持って苦労を経験する事になります。
  
  
そこは、その人が素直であるか? ひねくれているか? の違いですね。
  
  
そして、私は【 苦しみに耐え続けるのが当たり前の世界 】で、 
  
「根本的に幸せに、豊かになる方法」を伝えているのだから、
   
非常に高い価値を提供しているという自負があるのです。
  
  
私は「弱者を守る」のではなく、
「弱者が強者になれる方法を伝える」ことによって、
  
【 苦しみの根本解決 】を目指している訳です。


mixiチェック

haxe501 at 10:41│clip!