2016年10月01日

性善説を信じる弊害

何度も言っている事ですが、
  
人間というのは、
「自分を基準」に考えてしまう生き物です。
  
  
もし、自分が善いヤツだったら、
周りもみんな善いヤツだろうと思ってしまいます。
  
もし、自分が腹黒いヤツだったら、
周りもみんな腹黒いヤツだろうと思ってしまいます。
  
  
でも、実際には、
「善いヤツ」も「腹黒いヤツ」も存在しています。
  
  
というか大抵の場合、一人の人間の中に、 
「善い部分」と「腹黒い部分」が存在しています。
  
  
私は、自分が善人だと思っていたので、
  
周りもみんな善い人だろうと思っていましたし、
他人を見ても、「ポジティブ面」ばかりを見てしまいます。 
  
その分、「他人のネガティブ面」を見抜けずに、
失敗する事もありました。
  
  
私のやっている心理教育というのは、医療に似ています。
  
  
医者は、「患者の状態、症状の原因」を正確に把握することで、
正しい処置ができる様になります。
  
だから、聴診、レントゲン、MRIなどを行います。
  
  
もし、患者の状態を正確に見抜けなければ、
間違った処置をしてしまう事になります。
   
  
ですから、
  
【 クライアントの状態を正確に見抜く 】
  
というのは、プロとして一番重要な能力です。
    
  
ですから、心理教育者は、
  
他人のポジティブ面とネガティブ面を、
両方正確に見抜く事が求められます。
  
  
私も未熟だった頃は、
先入観で「他人のポジティブ面」ばかりを見てしまい、
  
フタを開けてみれば、
「この人、思った以上に滅茶苦茶ネガティブな部分があるんだな…」
  
と、後になって気付くような事がよくありました。
  
  
  
もし、ポジティブで優秀な人が、「自分を基準」に考えると、
  
  
・自分は理解できるし、みんなも理解できるでしょ?
・自分は自信があるし、みんなも自信があるでしょ?
・自分は強いし、みんなも強いでしょ?
・みんなも自分の事を善人だと思ってるでしょ?  
・自分は幸せを望んでるし、みんなも幸せを望んでるでしょ?  
  
という風に、他人に対する見方もポジティブ寄りになります。
  
  
ネガティブ寄りの偏見では無く、「ポジティブ寄りの偏見」です(笑)
  
  
しかし、正確に他人を見抜けていないわけですから、
  
これには大きな弊害があります。
  
  
私は、論理的な説明によって、
「幸せになる方法」を伝えていますが、
  
私は、
  
【 わかりやすく、「幸せになる方法」を伝えれば、
  みんな実践するだろう 】
  
と思っていました。
  
  
ただし、「幸せになる方法」を理解し、実践するには、
【 精神的な強さ 】が求められます。
  
  
私は、その「精神的な強さ」を持っている人は多いだろう
という風に思っていましたが、
  
実際には、ほとんどいなかった訳です。
  
  
ほとんどの人は、
  
・「自分を善人」だと思っていない
・「自分を善人」だと思っていないから、「自分に自信」がない
・「自分に自信」が無いから、「責任感」が無い
・「責任感」が無いから、「頭を使って考えない、思考力」が無い
・「頭を使って考えない、思考力」が無いから、「理解力」が無い
・「理解力」が無いから、いくら論理的な説明をされても理解できない
  
という風な状態に陥っていて、
   
【 私の理路整然とした解説が、まったく通用しない 】のです(笑) 
   
  
この事実を理解したとき、正直へこみましたけども(笑) 
  
  
【 自分の基準と、世間の基準が、あまりにもかけ離れている 】
   
という事を思い知りました。
  
  
私は、偉そうに振る舞ったり、他人を見下すのが好きではありません。
  
  
私が記事で【 断言 】を多用しているから、
勝手に偉そうだと思っている人もいるかもしれませんが、
  
【 断言 】と【 偉そうに振る舞う事 】は、まったく関係ありません(笑)
  
  
例えば、私が弟子たちと集まっても、
  
「自分が一番良い席、良い椅子」に座ろうなんて思いませんし、
お茶だって、自分で淹れます。
   
  
・俺が「一番良い席」に座るんだ!
・俺が椅子に座ったら、何も言わなくてもお茶をさっさと出せ!
   
こういうのが、私が思う「偉そうな振る舞い」です。
  
  
私は、「生まれながらの身分の差」とか、「権力」が好きじゃ無いのです。
  
人権は平等だと信じているからです。
  
  
でも、一般大衆は、
  
「偉そうな振る舞いをする人」
「権力を持った人」の言うことを聞きたがるのです(笑)
  
  
自分に自信のある人ほど、「腰の低い人」に好感を持ちますが、
    
自分に自信の無い人は、
【 偉そうな人の方が、パワーを持っている 】と勘違いしているのです。
  
  
ですから、「セルフイメージが低い国民」が暮らす国家では、
独裁者が生まれるのです。
  
  
国民のセルフイメージが低いから、独裁国家が生まれるのであって、
  
国民のセルフイメージが高まれば、民主国家に生まれ変わります。
  
  
イラクでサダム・フセイン大統領を追い出したって、
「イラク国民全体」のセルフイメージが高まらなければ、
  
独裁国家から民主国家に生まれ変わる事は出来ないのです。
  
北朝鮮も同じです。
  
  
「ネガティブな独裁者」に権力を与えているのは、「ネガティブな国民」です。
  
類は友を呼ぶ。 似た者同士が集まる。 これも宇宙の法則です。
  
  
それと同じで、「偉そうに振る舞う人」に権力を与えているのは、
  
【 自分に自信の無い人たち 】です。
  
  
私が知っている自己啓発団体の主催者は、とても偉そうな人ですが、
  
「そこに集まる人々は、
 なんであんな偉そうで横暴なヤツの言うことを聞いてるんだ?」
 
と疑問に思っていましたが、
  
自分に自信が無い人ほど、【 偉そうな振る舞い 】に弱いのです。
  
  
「偉そうな振る舞い」をする人を、「偉い人」だと勘違いするのです。
   
   
私は、自分に自信がありますから、
  
「誰に対しても腰の低い人」ほど、真に優秀な人だと思っています。
  
  
例えば、松下幸之助さんの様なタイプです。
  
松下幸之助さんは、誰に対しても謙虚で腰が低かったと言います。
  
  
絶大な影響力を持ちながら、決して偉そうに振る舞わない。
  
私は、それこそスゴイ事だと思います。
  
  
私は、個人的に偉そうに振る舞うことは嫌いですが、
  
「自信が無い人たち」に大きな影響を与えようと思ったら、
  
偉そうに振る舞うことも、権威や権力を持つことも大切です。
  
  
これも、
   
「自分が思っている以上に、みんな自分に自信が無いんだな…」
  
と、【 世間の基準 】を理解したからこそ、辿り着く結論です。
  
  
私は、みんなに対して、強く、賢くあって欲しかった。
   
でも、実際は、実態は、
ほとんどの人は強くも無く、賢くも無いのです。
  
  
そういう目で世間の人々を見る事に、抵抗がありました。
  
何となく、他人をバカにしているような感覚だからです。
  
  
でも、「自分が思うより世間の基準が低い」という【 事実 】を認めることも、
  
正確に状況を把握し、適切な判断を下すには必要な事です。
  
  
実際には能力が低い人に対して、
「能力が高いだろう」と買いかぶっていても、
  
適切な判断は出来ないのです。
  
  
私はよく、「他人に対する買いかぶり」で失敗してきました(笑)
  
  
・「平等な部分」は、平等と認める。
  
・「大きな差がある部分」は、大きな差があると認める。
  
  
これが、適切な判断には必要です。
  
  
世間の人々の多くは、あまりにも自信が無く、理解力に乏しい。
  
これが、現実です。
  
  
他人をバカにしているようで、
そういう風に思う事に抵抗してきましたが、
  
事実は事実と認める必要があります。
  
  
  
例えば、ネガティブな政治家は「バラマキ政策」をしますけど、
  
本質は、【 「票」のために、国民を「餌付け」している 】訳です。
  
  
で、政治家たちは、
  
【 餌付けにひっかかるほどに、国民はとんでもないバカ共だ 】
  
と思っているのです。
  
  
そして実際に、その「餌付け」にひっかかる人が多いのです。
  
  
バラマキ政策を行う政治家は、国民をバカにしていて、
  
しかも、その餌付けにひっかかるバカな国民が多い訳です。
  
  
これが、日本の現実です。
  
  
国民をバカにしている政治家が、権力を持つのです。
  
それもこれも、実際にバカな国民が圧倒的に多いからです。
   
   
国民をバカだと思っていて、
そのバカ共を上手くコントロールしてやろうと思っているのです。
  
  
結局、国民一人一人が、自分の善意に気付き、
  
自分に自信を持たなければ、国は変わりません。
  
  
日本は、独裁国家ほどネガティブでは無くても、
  
まっとうに運営されるほど、ポジティブな国でもありません。
  
  
でも、私は「いずれ人々は賢くなるはずだ」と信じて疑いません。
  
それが、【 世界平和に必要な条件 】だからです。
  
  
しかし、人類が、日本人が、賢くなるためには、
  
【 大きな痛み 】が必要だと思います。
  
  
日本は、太平洋戦争で「大きな痛み」を味わい、
  
そこから、多くを学んだと思います。
  
  
世の中がポジティブになる為に、人々が賢くなる為に、
  
それに【 必要な痛み 】が、近い将来訪れるでしょう。


mixiチェック

haxe501 at 21:24│clip!