2016年09月23日

善意 × 自己中 = 独善 → みんな幸せ

前回の記事の続きです。
  
  
「自分の幸せ」を求められないのは、
「自分が善人」だと思っていないからで、
  
「自分の幸せ」を願えないと言う事は、
「他人の幸せ」も願えないと言う事です。
  
  
他人の幸せを願えていないのだから、
ますます、「自分は善人ではない」という思いは強くなっていきます。
  
  
「自分の幸せ」を望めない人は、
そういうスパイラル(悪循環)にハマっています。
  
  
自分の幸せを望むためには、
「自分の善意を認めること」と、
  
もうひとつ重要なキーワードがあります。
  
  
それが、【「自己中心的さ」を許す 】
  
と言う事です。
  
  
「自己中心的である事」を裁いている人は、
  
常に、自分の気持ちや行動を、他人に合わせています。
  
  
そういう人も、幸せにはなれません。
  
  
例えば、
  
・リンカーン
・ガンジー
・マザーテレサ
・キング牧師
  
いろんな偉人がいますけど、
  
偉人になった人は、全員「自己中心的」です。
  
  
例えば、リンカーンは奴隷解放活動をしましたが、
  
奴隷経済に依存しているアメリカ南部の人たちは、
奴隷解放に反対しました。
  
  
反対意見もある中で、
  
「奴隷は解放すべきだ!」と、
自分の意見を押し通した訳です。
 
それって、自己中心的って事です。
  
  
「自己中心的である」と言う事は、「意志の強さ」でもあるのです。
   
つまり、「自己中心的さ」を裁いている人ほど、
反対意見に心が揺れたり、心が折れたりしますし、
  
その分だけ、意志は弱くなります。
  
  
成功する人は、全員「自己中心的な部分」を持っています。
  
自己中心的である事は、まったく悪くありません。
  
  
正義のヒーローは、暴力を使って、人々を守ります。
  
暴力自体は悪では無く、ただの「中立的なエネルギー、パワー」です。
 
  
それを、ポジティブに使うか? ネガティブに使うか?
  
が、大事です。
  
  
暴力自体を裁いていると、ポジティブなパワーも失ってしまいます。
  
  
それと同じで、自己中心的である事を裁いていると、
自分の中のパワーを失ってしまいます。
  
  
「反対意見に負けない!」って事が、「自己中心的」って事です。
  
  
人が、ポジティブな事をやろうとすると、
当然ながら、ネガティブな勢力から反対されます。
  
  
でも、自分は善人であり、
自分のやっている事が「世のため、人のため」と思っているから、
  
ネガティブな勢力の反対意見にも負けず、自分の意志を貫けるのです。
  
  
【 自分だけ幸せになったら、他人に悪い 】
  
とか思っている人もいるかもしれませんが、とんだ大間違いです。
  
  
自分が幸せになった分だけ、他人を幸せに出来るのです。
自分が豊かになった分だけ、他人を豊かに出来るのです。
  
  
例えば、私が大金持ちになれば、
弟子たちは、より多くの恩恵を受けることになります。
  
例えば、私が豪邸に住めば、
弟子たちを豪邸に招待する事もできます。
  
  
逆に、弟子たちの収入がグングン上がれば、
彼らを相手に仕事をしている私にとっても、恩恵が大きいです。
  
  
身近な人が幸せになったり、豊かになることは、
自分にとっても、「莫大な恩恵」がある訳です。
  
  
「自分なんかが幸せになっちゃいけない…」じゃなくて、
  
本当に他人の事を思ってるんだったら、
「自分がさっさと幸せになれよ!」って話です(笑)
  
  
偉人たちは、「善人」であり、「自己中心的」です。
  
つまり、【 独善的 】なのです。
  
  
そして、「独善的な人間」が、世の中を良くしているのです。
  
  
世の中を動かしている人は、必ず【 独善的な要素 】を持っています。
  
  
テロ組織のメンバーも、独善的でしょう。
  
  
しかし、テロリストは、
【 身内だけが大事で、ヨソ者はいくら殺したって構わない 】
 
と思っています。
  
  
一方、偉人たちは、
  
【 人類全員が幸せになれば良い 】
  
と思っています。
  
  
「偉人」も、「テロリスト」も、両方独善的ですが、
  
  
全体の事を考えているのが、偉人。 
  
身内さえ良ければ、他人はどうなっても良いと思っているのがテロリスト。
  
  
その違いです。
  
  
身内と他人を分けて考えている「分離感」が、ネガティブなのです。
  
  
テロリストや独裁者は、自己中心的であり、「利己的(ネガティブ)」で、
  
偉人たちは、自己中心的であり、「利他的(ポジティブ)」なのです。
   
  
つまり、自己中心的である事自体は、何も悪い事ではありません。
  
  
「自己中心的」である事と、「利他的」である事は、両立できるのです。
  
  
日本人の多くは、自己中心的である事を裁いているので、
  
自己中心的な中国人を相手に、修行させられているのです。
  
  
日本人にも悪人はいますし、中国人にも善人はいます。
  
しかし、一部ではなく、国全体という単位でみると、
やはり、中国という国家は自己中心的な振る舞いをしています。
  
  
自己中心的である事を許すことによって、バランスが取れるのです。
  
  
自己中心的という事は、
 
・他人の目を気にしない
・反対意見に負けない
  
という、【 意志の強さ 】でもあります。
  
  
ですから、「善人」が「自己中心的」になれば、
  
「全体の為」という大義名分を持って、
自分の意志を貫こうとするので、
  
「爆発的なパワー」が備わります。
  
  
やはり、いくら自己中心的に振る舞おうとしても、
  
自分がやっている事に
「罪悪感」や「後ろめたさ」があれば、
  
爆発的なパワーは生まれません。
  
  
自分が幸せになる、豊かになる、ライフワークで生きる
  
という事を目指すのであれば、「爆発的なパワー」が必要です。
  
  
それには、「自分は善人である」というセルフイメージと、
  
ネガティブな反対意見に負けない「強い意志(自己中心的さ)」が必要です。
  
  
そして、自分が幸せになり、豊かになるからこそ、
  
他人も幸せに、豊かに出来るのです。
  
  
ですから、
  
他人を幸せに、豊かにしようと思えばこそ、
  
自分は【 自己中心的になる必要 】があるのです。
  
  
その過程で、ネガティブな勢力から反対されるのは仕方ありません。
  
  
でも、その反対意見に負けていては、
  
自分も幸せに出来ないし、他人も幸せに出来ません。
  
  
自己中心的さを裁いていると、
  
ネガティブな勢力からの反対意見に、あっけなく負けてしまいます。
  
  
なぜなら、自己中心的を裁くと言うことは、
  
【 大多数の他人に、自分の意見や行動を合わせる 】
  
と言う事です。
  
  
そして、ネガティブな人の方が、数は多いのです(笑) 
  
  
偉人たちは多数決に負けず、
孤独になっても意志を貫いたから、偉人なのです。
  
  
多数決で判断していたら、いつまで経ってもネガティブな側です。
  
  
多数決を抜け出すには、自己中心的であらねばなりません。
  
  
ネガティブな人ほど、自己中心を裁いています。
  
  
だから、知り合いが自己中心的になろうとすると、
否定的な反応をするでしょう(笑)
  
  
ネガティブな人たちは、
   
「私は幸せにならないし、やりたい事もやらないから、
 お前も幸せになるなよ! やりたい事をやるなよ!」
  
と、お互いを縛り合っています。
  
  
で、身近な人が幸せになったり、やりたい事をやり始めたら、
  
「(ネガティブの)仲間だと思っていたのに裏切られた!」と、
被害者意識を持つのです(笑)
  
  
そして、ネガティブとポジティブの間で揺れ動いている人は、
  
「本当は、幸せになりたいし、やりたい事をやりたいけど、
 そうしたら、ネガティブな人から反対されて、嫌われるしなぁ…」
  
と、葛藤しているのです。
  
  
その葛藤は、自己中心的さを裁いているから、生まれます。
  
  
自己中心的である事を許せば、そんな葛藤は生まれません。
  
  
ポジティブ一直線に進むには、
  
ネガティブな人々の反対や抵抗を押し切る、意志の強さが必要です。
  
  
その意志の強さは、「自己中心的である事を許すこと」から生まれます。
  
  
「自己中心的さ」を裁いていれば、
いつまでもネガティブな仲間内で縛り会う事になり、
  
自分も幸せに出来ませんし、他人も幸せに出来ません。
  
  
「誰か一人が幸せになるより、
 みんなで不幸でいる方が、平等でいいじゃない!」
    
と、社会主義、共産主義のような思想に染まってしまいます。
  
  
言い方を換えれば、【 嫉妬の世界 】です。
  
  
しかし、真実は、
  
誰か一人が幸せになり始めるから、
みんなが幸せになり始めるのです。
  
  
誰かが、自己中心的になって、率先して不幸グループから抜けるから、
  
みんなも不幸グループから抜けやすくなるのです。
  
  
自分の幸せを思えば、他人の幸せを思えば、
  
自己中心的である事を、許すしかありません。


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