2016年09月18日

自分を愛する

私の妻の千博さんは、
自立心が強く、自分に厳しく、他人に甘えない人です。
  
そして、いつも自分の事よりも他人の事ばかり考えている、
奉仕精神のカタマリみたいな人です。
  
  
そういう風に、私と「釣り合う要素」があるからこそ、
私と彼女は、一緒に暮らしているのだと思います。
  
  
ただ、彼女の奉仕精神は、
主に「私」や「赤ちゃん」などの家族に向けられていて、 
  
私の様に、「人類愛」と言う所まで、広がっていません。
  
  
そこは、【 家族を特別視して、他人を信頼できない 】
  
そういう分離感が働いているからです。
  
  
私にとっても家族は大事ですが、
  
私にとっての家族とは、  
「血の繋がり」ではなく、「魂の繋がり」です。
  
  
「血が繋がっている価値観が違う人」より、
「血が繋がっていない価値観が同じ他人」の方が、
  
より自分にとっては身近に感じる存在です。
  
  
千博さんは、昔に比べてかなり幸せになったし、
【「今以上の幸せ」がイメージ出来ない 】と言います。
  
  
私にしてみれば、まだまだこんなもんじゃなくて、
  
「まだまだ上の幸せがあるよ」って感じなのですが、
  
  
【 今で充分幸せ、今以上の幸せなんて別に要らない 】
   
と言っちゃう人は、
  
・理想が低い
・基準が低い
  
という事です。
  
  
それも自分に自信が無いから、理想と基準が低くなるわけですが、
  
そもそも、「人が幸せを望む」のは、自分を愛しているからです。
  
  
【 自分を愛していない人は、自分の幸せを貪欲に求めない 】のです。
  
  
そういう事を、千博さんと話していて気付きました。
  
  
私は生まれつき、自分を愛しているし、自信もありました。
  
  
だから、「自分を愛していない人、自分に自信が無い人」
  
の気持ちがあまりよくわかりません。
  
  
でも、ほとんどの人類には自信がありませんし、
  
「自信が無い」と言う事は、
「自分を愛していない」と言う事とイコールです。
  
  
・もっと幸せになりたい!
・もっと豊かになりたい!
  
  
そういう「霊的向上心」や「成功願望」というのは、 
  
【 自分を愛する気持ち 】から生まれてきます。
  
  
向上心が乏しいは、自分を愛していないのです。
  
もっと自分を大切に想っても良いのに、
なぜか、「自分を大切に想う事」に対して、強い抵抗があるのです。
  
  
その抵抗感が、私には理解不能なのですが…。
  
  
千博さんは、私の事をとても愛してくれています。
  
それを、私は感じています。  
  
  
私も、千博さんを愛しています。
  
でも、千博さんは私の注ぐ愛の「13%」くらいしか、
感じられない様です。
  
  
自分を愛し、自信があればあるほど、
他者の愛も、感じる事ができます。
  
  
しかし、自分を愛してこなかった人は、
  
そもそも、【 自分の愛し方 】が分からない様です。
  
  
「自分の愛し方」を知らない人に、
「自分の愛し方」を理解させるには、どうしたらよいのか?
  
って話なんですけど、
  
  
そりゃ、【 自分を愛している人と一緒に暮らす 】ってのが
一番だと思います(笑)
  
  
「自分を愛する」と言う事には、
感覚的な事が多く含まれますからね。
    
  
論理的な説明を受けただけで、
一輪車に乗れる様にはなれません。
  
一輪車を乗りこなすには、練習が必要です。
  
  
既に一輪車に乗れる人で、しかも教え方が上手い人から、
マンツーマンで教えてもらえたら、それが一番でしょう。
  
  
それと同じで、自分の愛し方も、
  
既に自分を愛している人から、
マンツーマンで教えてもらえたら一番です。
  
  
ただ、それにも条件があります。
  
  
千博さんは、「他人を愛し、他人の幸せ」を想い続けてきたからこそ、
  
そのカルマが返ってきて、今私から愛を受け取っている訳で、
  
そういう「徳」を積んでいない人が、良い目を見られる訳がありません。
  
  
結局、「他人を深く愛したカルマ」が返ってきて、
  
「他人から深く愛される」という現実を引き寄せているのです。
  
  
それに千博さんは、【 徳を積む事 】を怠っていません。
  
  
多くの人は、自分が幸せになったら、徳を積む事を怠り始めます。
  
自分が徳を積んできたから、幸せになれたのに、
徳を積む事をやめたら、現状の幸せを維持できる訳がありません。
  
  
自分を愛せる様になるには、
自分を愛している人を直接見て、直接学ぶのが一番だと思います。
  
  
それは、歌を上達させようと思ったら、
独学でやるより、プロのボイトレを受けた方が良いのと同じです。
  
  
宇宙は等価交換です。
  
  
プロのボイトレを受けるには、「対価を払うこと」が必要です。
  
  
それは、「お金を払う事」かも知れませんし、
お金を払う以外に「徳を積む事」かも知れません。
  
  
結局、【 自分が積んだ徳、支払った対価 】の分だけしか、
  
自分は受け取れないのです。
  
  
「お金を稼ぐ」でも、「徳を積む」でも、
  
本質は、【 他者に奉仕・貢献する 】と言う事です。
  
  
他者に奉仕・貢献した分だけ、自分は受け取れるのです。
  
  
徳を積むのを止めた人は、
自分の貯めてきた「徳貯金」を使い果たして、
  
もう受け取れなくなってしまいます。
  
  
「自分の愛し方を知りたい」と言うのであれば、
  
とにかく、報酬があろうが無かろうが、
  
【 全力で他者に奉仕・貢献する生き方が出来るかどうか? 】
  
です。
  
  
他人を大事にできない人は、
  
「他人から大事にされない」と言う事で、カルマが返ってきます。
  
  
高次の視点から見れば、
他人を大切にすることと、自分を大切にすることは同じです。
  
  
他人を蔑ろにする人は、自分を蔑ろにしていますし、
他人を見下す人は、自分を見下しているのです。
  
  
だからこそ、「自分の心を清く磨こう!」という気持ちで生きる事で、
  
全てが良い方向に回り始めるのです。
  
  
物語の主人公のように、勇気を持って、善い行いをするから、
良い結果が返ってくるのです。
  
物語の脇役の様に、自分の保身に走った人間には、
良い結果は返ってきません。
  
  
・善い行いをするか? 
・保身に走るか?
  
その二択で迷ったとき、どちらの行動を取るのか?
  
  
その「積み重ね」で、【 人生の質 】は決まっていくのです。
  
  
良い結果が返ってこない人は、保身に走った回数の方が多い。
   
ただそれだけです。
  
  
本質は、いつもシンプルなのです。


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