2016年06月19日

日和見を許す

先日、「振動数の計測」についてお伝えしましたが、
  
私の周りの人たちも「波動を高める事」に意識が向かい、
その好影響を受け、私自身の波動も高まっている様です。
  
(※ 現在は27万くらいまでは来たかな?)
  
  
ただ、29万に到達する為には、
「私が裁いている事」を許さなければなりません。
  
  
その裁いている事を私自身、自覚しているのですが、
  
私は、【 日和見 】が大嫌いなのです。
  
  
いつの時代もよくあることではありますが、
    
今、東京都知事の舛添要一さんが不祥事を犯し、
世間やマスコミから叩かれていますよね?  
  
  
その時、「都民は怒っている!」
と言う様な表現をされますが、
   
   
そもそも、その政治家を選出したのは、
  
【 選挙権を持つ都民 】ですから、
  
私が思うに、
  
【 まず、「自分たちの人の見る目の無さ」を省みろ! 】
  
と思う訳です。
  
  
舛添さんに投票した人間に対しては、
  
【舛添さんを責める前に、
 まず彼に投票した「自分の判断」を反省しろ】
  
と言いたい。
  
  
結局、政治家に投票する人間の大半は、
  
「自分自身で考えるのでは無く、
 一時のブームや周りの判断に乗っかっているだけです。」
  
  
自分たちで勝手に祭り上げておいて、
  
都合が悪くなったら、
「自分たちが下した判断の責任」は棚に上げて、
  
全部他人に責任をなすりつけて、叩き落とすわけです。
  
  
本当に、「人のせいにするのが好きだなぁ…」と思います。
  
  
民衆、大衆というのは、悪気も無くそういう事をするのです。
  
【 悪意が無いからこそ、余計に厄介 】です。
  
  
人は、自分たちが悪いと思ったら反省しますが、
  
自分たちが悪いと思っていないのだから、反省もしないし、
同じ事を繰り返し続けるのです。
  
  
【 悪意も無く、それが常識だから…と言って、
  
  自分の責任は省みず、他人に責任転嫁して、他人を責め続ける。】
  
  
やってることの本質は、相当ネガティブです。
  
  
  
私は、「人のせいにする人間」と、「日和見人間」が嫌いです。
  
嫌いというか、まだ裁いています。
  
  
長いものに巻かれろ、寄らば大樹の陰、
  
自分の「軸」や「信念」が無く、
  
自分の都合が悪くなったら他人のせいにして他人を責め、
「自分の保身」しか考えていない。 
  
  
目の前で何が起こっていても、
自分に害が降りかかるまでは当事者意識が無く、
   
他人の不幸は「対岸の火事」だと思い込んでいる傍観者。
  
  
そういう人間が大嫌いです。
  
  
そして、そういう人間を総括して、【 日和見人間 】です。
  
  
まぁ、私が相当嫌いだって事は伝わったかと思います(笑)
  
  
でも、それを許すのが、私の最後の修行です。
  
  
【 主体性が無く、自分の「責任回避」と「保身」しか考えない人間たち 】
  
  
そういう人々に、怒りを感じるのです。
  
  
そういうネガティブな人々が投票するから、
   
土壇場で「責任回避」と「保身」しか考えない政治家が選ばれるのです。
  
  
【悪気なく、悪意なく、自分が正しいと思い込み、
 自分の責任は省みず、他人に責任転嫁を続け、
  
 世の為、人に為に、孤独に闘っている人間に対しては、
 自分に直接利益が無いからと「我関せず」の態度で応援せず、
  
 自分に都合が良さそうだと思った人間は祭り上げ、
 自分に都合が悪くなったら、たたき落とす。】
  
  
そういう意識の人間が、
  
「自分たちで投票して政治家を選んでおいて、
    
 その政治家が問題を起こしたら、
 自分たちの判断の責任は省みず、政治家のみを責める。」
  
という、【 責任転嫁の行動 】に出るのです。
   
  
私から見れば、民衆、大衆というのは、そういう人々に映ります。
  
  
私の持っている美学と対極の存在ですから、
  
これを許すのは、なかなか骨が折れます。
  
  
でも、私は世の中をポジティブにする為に生きていますし、
  
これを許さなければ、私は自分の使命を果たせません。
  
  
これを許したら、29万まで行けそうです(笑)


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