2016年05月27日

「厳しさ=悪」という洗脳

「厳しさ、暴力、怒り」などを、
「悪」だと思い込んでいる人は非常に多いでしょう。
  
私も、過去にはそう思い込んでいましたが、
成長していく過程で、考えを改めました。
  
  
「厳しさ、暴力、怒り」は、「悪」ではありません。
  
  
正義の味方であるアンパンマン、ウルトラマンも、
「暴力的」と言えば、「暴力的」ですね?
  
  
でも、やっている事の本質は「正義」です。
  
  
じゃあ、【 正義の定義 】って何なの?って話なんですけど、
  
精神的に成熟していない人は、
「正義」というのは、「悪者をやっつける事」だと思っています。
  
「悪者を根絶やしにする事」だと思っています。
  
  
しかし、それは、
    
何かを「裁く」というネガティブな価値観に基づく、
「ネガティブな正義感」であって、
  
ポジティブな正義感ではありません。
  
  
「ポジティブな正義感」とは、
  
ただ【「公平(バランス)を求める」という気持ち 】です。
  
  
(※ 以前の記事でも書きました。)
http://growheart.livedoor.biz/archives/51925978.html
  
  
  
アッサリと言っていますが、
  
私は、この結論に辿り着くまで、哲学的な思考を徹底的に繰り返し、
ようやくこの本質にまで辿り着きました。  
  
  
テレビやアニメに出てくる正義のヒーローは、
なぜ正義なのか?というと、
   
【 自衛の為 】に戦っているからです。
  
  
【 自分の敵だから悪者、悪者だからやっつける 】
  
という「善悪の捉え方」は、非常にレベルが低い訳で、
  
「善悪を基に」では無く、「バランスを基に」判断し、
公平にバランスを取ろうとするのが、ポジティブな正義です。
  
  
インディペンデンス・デイという映画がありますけど、
  
宇宙からネガティブな侵略者がやってきます。
  
  
その侵略者に対して抵抗せず、
ただ殺されてしまうのを待っているのは、
  
ポジティブな行為でしょうか?
  
  
違いますよね?
  
  
「ネガティブな存在」が「ネガティブな行為」を働こうとする時、
  
それを止める事は、バランスを取る行為です。
   
  
「警察」も、そういう目的で存在していますよね?
  
  
で、警察官の人は、柔道をやったり、拳銃を持ったりしていて、
  
武力を所持していて、強いわけです。
  
  
ネガティブな存在に対し、バランスを取るために、
  
ポジティブな目的の為に、
  
【「厳しさ、暴力、怒り」が必要だ 】と言うことです。
  
  
世の中の人類全員がポジティブな人たちばかりだったら、
  
ネガティブな人たちを取り締まる為の警察は必要ありません。
  
(※ 将来的に、警察の要らない世の中になって欲しいですが。)
  
  
でも、「ネガティブな人」は少なからず存在しているし、
  
そのネガティブな人に、ネガティブな行為をさせない為に、
  
ポジティブな「厳しさ、暴力、怒り」が必要なのです。
  
  
警察が「凶悪な犯罪者」に対して、
優しくて、怒りもしなかったら、頼りないですよね?
  
  
  
子供を躾けるのだって、
  
甘やかしてばっかりいたら、ろくな子供に育ちません。
  
  
子供をまともに育てるには、ある程度の厳しさも必要です。
  
  
なぜなら、愛とは【 「優しさ」と「厳しさ」の両面 】だからです。
  
  
しかし、今の世の中、「厳しさ」を否定する人が多いのは、
  
「昔の日本人が厳しすぎた反動」では無いかと思います。
  
  
昔の日本人は、とにかく厳しかったと思います。
  
そして、それなりに暴力的だったと思います。
  
  
しかし、太平洋戦争でボコボコに負けて、
  
それ以来、暴力に懲りて、暴力が嫌いになったのだと思います。
  
  
「厳しさ」と「優しさ」の軸があったら、
  
昔は極端に「厳しさ」に寄っていた反動で、
今では、極端に「優しさ」に傾いてしまった。
  
  
  
私は、音楽の専門学校に行っていましたけど、
「怖い先生(講師)」が結構いました。
  
たくさん怒られましたけど、
今ではそれも良かったと思います。
  
  
芸術とかスポーツ、商売って「厳しい世界」なので、
厳しい人も多いと思います。
  
  
一方、大学では「怒ったら怖い教授」
ってあんまりいないんじゃないでしょうか?
  
  
現代社会全体を見ると、あまりにも、
  
「厳しさ、暴力、怒り」に対してアレルギー反応していて、
  
拒絶している様に思います。
  
  
「厳しさ、暴力、怒り」を否定するという事は、
  
依存的で、自立心が無く、甘えた人間になります。
  
  
【「優しさ」と「厳しさ」をバランス良く身に付ける事 】が、
  
「精神的に成熟していく」という事です。
  
  
その為には、「厳しさ、暴力、怒り」を否定していてはいけません。
  
  
では、なぜ「厳しさ、暴力、怒り」がイヤなのか?
  
と言うと、
  
【 自分が傷つきたくない、苦しみたくない 】と思っているからです。
  
  
私は、人を積極的に殴りたいとは思いませんが、
  
それは、自分が殴られたくないからです。
  
(※ 必要性を感じれば殴ると思いますが 笑)
  
  
「他人を殺すという事は、自分も殺されるかも知れない」
  
という事です。
  
  
他人を攻撃できない人は、自分が攻撃されたくないからです。
  
  
「他人に厳しくできない、怒れない」と言う人は、
  
【 自分が厳しくされたくない、怒られたくない 】という事です。
  
  
要は、自分が傷ついたり、苦しんだりする事を怖れているのです。
  
  
正義のヒーローは、自分も傷つく覚悟で、相手を傷つけます。
  
  
これは、「強い精神力」があるから出来る事であって、
  
なかなかマネのできる事では無いので、尊敬されるのです。
  
  
  
「厳しさを身に付けられる」という事は、
  
ポジティブに成長して、
幸せになったり、豊かになったりするために、
    
【 途中の苦しみを受け入れる覚悟がある 】
   
という事です。
  
  
「他人に厳しくできる、自分に厳しくできる」
  
と言う人は、忍耐力や覚悟があり、
  
長期的な目的達成のために、必要な苦しみを乗り越えられる
  
という事です。
  
  
厳しさを身に付けられない人は、
  
「成長する上で必要な痛み、苦しみ」から逃げたいのです。
  
  
ですから、
人生で数々の痛み、苦しみ、修羅場をくぐってきた人は、強いです。
  
  
強いから、幸せにもなれるし、豊かにもなれます。
  
  
「成長する上で必要な痛み、苦しみ」に耐えられない弱い人は、
  
大きく成長する事はできません。
  
  
弟子の中でも、成長に本気な子は、
  
「成長過程でどんな苦しみ、痛みがやってきても、乗り越えてやる!」
  
という覚悟があります。
  
  
厳しさ(痛み、苦しみ)を受け入れる覚悟があるから、
大きく成長します。
    
  
逆に、厳しさを受け入れられない子は、
  
自分が傷つく事、苦しむ事がイヤで、逃げ回っています。
  
  
でも、傷つく覚悟、苦しむ覚悟がなければ、
  
自分にも厳しくなれないし、他人にも厳しくなれません。
  
  
今以上の厳しさを身に付けられないという事は、
  
【 成長もそこで止まる 】という事です。
  
  
結局、どれだけの痛み、苦しみを背負えるか?
  
成長過程で必要不可欠な痛み、苦しみを乗り越える覚悟があるか?
  
  
その「耐久力」と「器」が、その人の人生を決めると思います。


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