2016年05月24日

「同じ事」と「違う事」をバランス良く認める

私は、偉大な事を成し遂げている人を見ると、
「あの人に出来るなら、自分にも出来るはずだ」と思います。
  
それは、【 他人と自分は同じ人間である 】
  
という信念を持っているからです。
  
  
しかし、全ての人がそう思う訳では無く、
  
偉大な人を見たときに、
「あの人は特別優れていて、自分は特別劣っている」
  
【 だから、自分には不可能だ 】と思う人もいます。
  
  
これは、どちらも真実を含んでいます。
  
  
私は昔から、
「自分と他人も同じようなモノだろう」と思っていました。
  
  
だから、「生まれつきの高い身分」という概念が、
好きではありません。
  
  
例えば、王様や殿様の子が、
自分より年上の召使いなどに偉そうにする
  
というシーンがありますけど、
  
そういうモノに違和感を感じて来ました。
  
  
生まれた家が違うだけで、まだ何も成していないのに、
なぜこうも扱いに差が出るのか?と。
  
  
でも、これまで他人を深く観察してきて、
  
「自分と他人は違うのだ」と
認めざるを得ない様な事実に出会ってきました。
  
  
私はこれまでの人生で、精神的な地獄を耐え抜いてきました。
  
  
過去には、「なぜ自分ばかりこんな目に遭うのか?」
  
と、世の中を恨んでいました。
  
  
でも、その苦しみに耐えて来れたのは、
  
私の精神が強いからです。
  
  
自分でも耐えれた訳だし、
他の人にも耐えられるだろうと思ったら、
  
それが大きな間違いで、
  
人によって「精神力」には、
【 天と地ほどのバラつき 】があります。
  
「理想の高さ、忍耐力、頭の良さ、視野の広さ…」
  
人によって、まったく違います。
   
  
あぁ、普通の人には、自分のマネは出来ないんだ…。
  
という事を理解しました。
   
   
「自分のマネが出来ない人」とたくさん出会う度に、
   
周りが特別弱いのではなく、自分の方が強すぎるのか…。
  
  
という事実を受け入れざるを得ませんでした。
  
  
私は、実際は自分と周りは違うのに、
自分では「自分と周りは一緒だろう」と思っていたから、
  
そのギャップに苦しみました。
  
  
逆に、実際は「周りと一緒」なのに、
「自分が周りと違う特別な存在なのだ」と思い込むのも、勘違いです。
  
  
大事なのは、【 客観的事実 】を自覚する事です。
  
  
私は、「自分は特別な存在だ!」と言っている人が
好きではありませんでした。
  
身分が高い家に生まれただけで、何の実力も無いクセに、
偉そうにしているイメージがあるからです。
  
  
それか、「新興宗教の教祖」のイメージがあります。
  
  
ただ、【 私は周りと違って、特殊な人間である 】
 
過去はそう思っていませんでしたが、
  
今ではそう思った方が、スムーズに事が運びます。
  
  
強い人には、強い人なりの対応をした方が良いし、
  
弱い人には、弱い人なりの対応をした方が上手く行きます。
  
  
個性や才能がバラバラなのに、
みんな画一的に同じ扱いをしようとした方が、
  
上手く行きません。
  
  
おそらく、私は自分の子供に、
  
「お前は他とは違う特殊な子だ」と教えるでしょう。
  
  
「お前はみんなと同じ、平凡な子だ」と教育した方が、
  
弊害が出ると思うからです。
  
  
実際、私は自分自身を「平凡な人間」だと思っていました。
  
  
28歳くらいになって、
ようやく自分は他人と根本的に違うのかも知れない…
  
と思い始めました(笑)
  
  
それまでは、
「自分にとっては当たり前の感覚や考え方」が、
他人に通じないことに対して、非常に不可解でした(笑)
  
  
「あぁ、自分は他人に見えていないモノが見えているんだ。」
  
そういう風に考えた方が、納得が行きます。
  
  
魂という観点から見ても、
  
「人間という肉体」は同じですが、
 
中に入っている「魂のレベル(成熟度)」は、
【 人によって「天と地ほどの差」 】があります。
  
  
その事実を、ようやく素直に受け入れようと思いました。
  
  
でも、「人には可能性がある」という信念は変わりません。
  
  
宇宙の法則の観点からすれば、
  
【 自分が思い描ける理想は、全て実現可能 】です。
  
  
ただ、人類の多くは、「自分に自信が無い」のです。
  
「自信が無い」から、
「可能性がある」にも関わらず、「理想を手に出来ない」のです。
    
  
幼稚園児、保育園児、小学校低学年ぐらいで、
  
本当は、「各々が自分に自信を持てる様な教育」をするべきで、
   
それをすれば、世の中は確実に良くなります。
  
  
しかし、日本人の中には、
  
【 自分に自信を持つことを悪い事だ 】と思っている人もいます。
  
  
ポジティブな事をネガティブな事だと思っているのだから、
  
非常に厄介ですね。
  
  
結局、他人がどんなにお節介を焼こうとも、
  
「自分で自分の人生を変えたい! 自信を持ちたい!」
  
と、本人が本気で決断しない限り、本人の人生は何も変わりません。
  
  
決断できた人には、周りからのサポートが入ります。
  
決断しない人には、周りからのサポートが充分に受け取れません。
  
  
多くの人は、耐えきれないぐらいの大きな苦しみを感じて、
  
初めて決断をしようとします。
  
  
その決断にも二種類あって、
  
1.もうイヤだ! 絶対幸せになってやろう! という決断と、
2.もう無理だ、諦めよう…。 という決断です。
  
  
【 追い詰められた時に、どちらを選択するのか? 】
  
  
「それで人生は決まる」と言っても、過言ではありません。
  
  
苦しいときに、現実逃避や逃げグセが付いている人は、難しいです。
  
苦しいときに、乗り越える選択を続けて来た人は、割と安心です。
  
  
私も、他人がどういう決断がするのかは読めません。
  
完全に、他人の自由意志に委ねられています。
  
  
ポジティブな決断をして、現在調子が上がっている弟子もいれば、
ネガティブな決断をして、自分から去って行った弟子もいました。
  
  
私は、ポジティブな決断を行う人に対して、サポートを行います。
  
ネガティブな決断を行う人に対しては、何も出来ません。  
  
  
「周りや他人に責任転嫁を続ける人」は、
「自分自身を変えよう」などとは思いません。
    
  
【 自分の人生を変えたい! その為に自分自身が変わる!】
  
  
そう思う人の、私はサポーターです。


mixiチェック

haxe501 at 15:08│clip!