2016年05月19日

教育者のプロ意識

私ってあまり怒りませんけど、
唯一激怒する事があるとすれば、
  
弟子が「プロ意識に欠ける仕事」をした時です。
  
  
私という人間は、
悪気は無いのですが、とてもフリーダムな人間です。
  
自分でも嫌気が刺すくらいに、
「他人に合わせる、他人の期待に添える」という事が出来ません。
  
  
社会適応能力が皆無です(笑)
  
だから、サラリーマンが出来ません。
  
  
やりたい様にしか振る舞えず、
自分のやりたくない事を無理矢理やろうとしたら、
  
身体がストップしてしまいます。
  
  
きっと、中学の時にやりたくない受験勉強を
無理矢理やりすぎた結果、ノイローゼになったので、
  
「やりたくない事をやる事」に関して、
身体が危険を感じ、強制的にストップをかけるのです。
  
  
私のクライアントやお客さんたちは、
そんな私のワガママを許してくれる人たちです。
  
  
そんなワガママが許されるのは、
  
「誰よりも何処よりも高い価値を提供する」と言う事に対して、
命懸けだからです。
  
  
高級フレンチのお店に、
活気のある居酒屋の雰囲気を求める人はいません。
  
  
葬儀場には、葬儀場に求める雰囲気、
テーマパークには、テーマパークに求める雰囲気があります。
  
それらは、相反するモノです。
  
  
私は、普通のサラリーマンだったら、
即刻クビにされるような振る舞いをしています。
  
  
服装やコミュニケーションの取り方もそうでしょう。
  
  
でも、【 高い価値を提供する 】と言う事に関しては、
  
誰よりも強い執念を燃やしています。
  
  
お客さんの求めている事はソレだし、
  
私も、自分がソレを提供すると「約束」していますし、
  
お客さんは、私がソレを提供すると「信頼」していくれています。
  
  
ですから、高い価値を提供しなくなったら、
  
【「お客さんの求める高い価値を私が提供する」という約束と信頼 】
  
それらが、崩壊して崩れ去ります。
  
  
ただでさえワガママな私が、
  
高い価値を提供しなくなったら、市場価値がありません(笑)
  
  
だから、そこを何としても死守する覚悟なのです。
  
  
高い価値を提供しない人間に、経済的価値はありません。
  
  
【 お客さんがいなくなって、経済的に破産して、飢え死にする 】
   
そういう末路が待っています。
  
  
ですから、「仕事は命懸け」なのです。
  
  
それがわからない弟子が、
プロ意識に欠けた手ぬるい仕事をしようモノなら、
  
私は烈火のごとく激怒します。
  
  
たとえ「わざと」じゃ無くても、悪気が無くても、軽い気持ちでも、
   
人の命を危険に晒すようなマネをしたら、怒られて当然です。
  
  
「重大なモノが掛かっているんだ」と、
真剣に教える必要があるからです。
  
  
人の命を危険に晒しておいて、
「悪気が無かったら仕方無いね、ハハハ」
  
では、済まないのです。
  
  
子供が遊び半分で、包丁を振り回して友達と遊んでたら、
真剣に止めると思います。
  
それと同じ事です。
  
  
その子供は、
「重大なモノ(命)」を危険に晒している事が理解できていないのです。
    
  
仕事においては、
【 プロ意識や責任感に欠けた仕事をする 】と言う事が、ソレです。
  
  
私にとっては、人殺しに相当するぐらいの事です。
  
他人に怪我をさせるのと同じ事です。
  
  
他人と自分の
  
【 資源・自由(お金、時間、エネルギー)】と
  
【 信頼 】を奪うことです。
  
    
自分と他人に対して、経済的に多大なダメージを与えることです。
  
  
それぐらい、プロ意識に欠けた仕事の影響は、ダメージが重い。
  
  
  
仕事の生命線は、「信頼」です。
  
  
責任感に欠けた仕事をして、「信頼を裏切る」という事は、
  
自分と他人の豊かさを破壊する行為です。
  
  
医療に例えるとわかりやすいでしょう。
  
  
医療の現場では、ほんの少しのミスも、患者の命取りになります。
  
だからこそ、医療の現場では緊張感があります。
  
  
弟子たちも、それぐらいの「責任感」と「緊張感」を持って、
仕事に臨むべきです。
  
  
そうでなければ、私の弟子でいる必要は無いし、
  
ヨソで気楽に生きていけば良いと思います。
  
  
中井貴雄の弟子という看板で仕事をする以上、
  
私の信頼はセットです。
  
  
もし弟子が、プロ意識に欠けた仕事をするならば、
  
私の看板にも傷が付くという事です。
  
  
ですから、私は弟子の仕事振りに厳しくなります。
  
特に、教育は医療と同じく、他人の人生を大きく左右するからです。
  
  
教育という仕事は、非常に重いのです。
  
  
その「重み」を理解できなければ、
  
二流以下の人生しか待っていません。


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