2016年01月10日

社会的価値・経済的価値

以前、【「役立たず」は切られて当然 】という記事を書きました。
  
http://growheart.livedoor.biz/archives/51945089.html
  
  
要するに、
  
【 社会の役に立たない企業、ビジネスは潰れて当然 】という事です。
  
  
なぜなら、「社会的、経済的に価値が無いから」です。
  
  
そして、それは【 人間の命 】にも当てはまります。
  
  
この社会では、人と人とが「助け合いながら」生きています。
  
  
他人や社会の役に立つ人間は、生かしておく価値が有りますが、
  
他人や社会の役に立たない人間は、生かしておく価値が無いのです。
  
  
だってそうでしょう?
  
  
・「社会の役に立とう!」と、必死に生きている人間と、 
  
・「社会なんてどうでも良い、自分がただラクに生きたい」という人間と、
    
どちらが社会にとって重要人物でしょうか?
  
  
「社会の運営や発展」という視点から見たときに、
どちらを残し、どちらを捨てるか?
  
非常にシンプルな問いです。
  
  
たまに、「一人の生命は地球より重い」という人がいますが、
  
それは、完全なる「キレイ事」です。
  
  
実際、貧しい国で人がバタバタと死んでいても、
多くの場合、見殺しにされています。
   
    
貧しい国に生きる人は、まともな教育さえままならず、
  
人々が世の中の役に立つ様な
「経済的価値」を生み出せていないからです。
  
  
宇宙的にではなく、
  
この社会・経済における「人一人の生命の価値」は、
その人が【 社会的・経済的にどれだけの価値を提供できるか? 】
  
という事なのです。
  
  
  
それが、【 「社会で生きる」という事のシビアな現実 】です。  
   
  
もし、死にそうな人が【 社会にとっての重要人物 】であれば、
  
社会は、その人を何としてでも生かそうとします。
  
  
これは、「宇宙的に価値が有る無い」と言う話ではありません。
   
  
「社会的、経済的に価値」が有れば、社会は生かそうとするし、
   
「社会的、経済的に価値」が無ければ、社会から淘汰されて消えるしか無い。
  
  
自分が社会に価値を与えた分だけ、
社会から価値を受け取って、生きていられるのです。
  
社会に価値を与えない人間は、社会から価値を受け取れず
ホームレスのように自給自足するしかありません。
  
  
要は「経済」とは、【 価値の交換 】をしている訳です。
  
  
「社会に価値を与えていない」という事は、
  
社会から見捨てられても、淘汰されても、文句は言えません。
  
  
だから、
 
・社会の役に立てるか? 
・他人の役に立てるか?
 
という事は、【 死活問題 】なのです。
  
  
自分が、
  
・社会の役に立てるか? 
・他人の役に立てるか?
  
という事は、自分の【 生き死に 】が掛かっているのです。
  
  
・社会の役に立っていない
・他人の役に立っていない
  
そういう人が、
  
社会や他人から守ってもらえる訳がありません。
  
  
自分がたくさんの価値を社会から受け取ろうと思ったら、
 
自分の方から、【 たくさんの価値を社会に与える事 】です。
  
  
私は、経済的に豊かになりたいですから、
  
出来る限り、たくさんの人の役に立ちたいと思って生きています。
  
  
それこそ、最終的には世界中の人々の役に立つつもりです。
  
  
世界中の人々の役に立てる人間は、大富豪や大金持ちになって当然です。
  
それだけ、他人を助けているからです。
  
  
今しているのは、【 社会経済の話 】です。
  
別に、貧しくとも幸せを感じる事は出来るでしょう。
  
  
「豊かな日本より、ある貧しい国の方が、幸福度が高い」
  
なんていうデータもあるくらいです。
  
  
でも、「経済力があまりにも無い」という状況であれば、
   
自分の命すら守れなくなります。
  
  
貧しい国では、ワクチンが無くて、死ぬ子供が多いそうです。
  
そのワクチンも、お金で買えるわけです。
  
  
お金が無いから、命を守れないのです。
  
  
それは、日本でも同じで、 
住む場所、食べる場所、病気の治療費。
 
何にでもお金はかかります。
  
  
その分だけ、他人のお世話になっている訳です。
   
  
自分はたくさん他人のお世話になって生きておきながら、
   
自分は「他人のお世話をしたくない」って言うのが、
   
【 非常に甘えた、子供じみた考え 】なのです。
  
  
お金があるかどうかは、自分の命を左右する死活問題です。
  
  
そして、「お金が得られるかどうか?」は、
 
【 自分がどれだけ社会の役に立っているか? 】という事です。
  
  
私たちは、「他人や社会のお世話」になって生かされています。
  
   
だから、自分が「他人や社会に奉仕・貢献しない」という事であれば、
  
自分も、他人や社会から生かされる事も無いわけです。
  
  
【 「社会的な助け合い」に参加しない人間は、社会から孤立して当然 】
  
という事です。
  
  
これこそが、【 本質の経済学 】です。
  
  
自分という存在が、
 
・社会の役に立てるかどうか?
・他人の役に立てるかどうか?
 
で、
  
「自分が社会や他人から生かされるかどうか?」が決まります。
  
  
私たちは、社会や他人から助けられ、生かされているわけで、 
「社会や他人の助け」が得られなければ、生きていけないのです。
  
【 死ぬしか無い 】のです。
  
   
【 働かざる者食うべからず 】という事です。
  
  
他人の役に立つ、社会の役に立つ、
   
これを真剣に考えている人間が、社会的、経済的に豊かになるのです。
  
  
他人の役に立つ気が無い、社会の役に立つ気が無い、
 
そんな人間は、他人からも、社会からも、見捨てられて当然なのです。


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