2015年10月22日

過保護を改める

いつも思うことなのですが、今日また改めて、
つくづく自分は「過保護なお人好し」だなと思いました。
  
そして、それは変えて行かなければなりません。
  
  
私は、過去に自分が苦しんで来たせいもあって、
   
「他人の苦しみを取り除いてあげたい」
というモチベーションが強かったわけで、
    
将来的に「苦しい人生」に向かっている人に対しては、
  
【 そっちには行かない方が良いよ! 】
  
と、警鐘を鳴らしてきました。
  
  
しかし、私には未来が見えますが、
  
警鐘を鳴らされている当人たちには
未来は見えていませんし、
    
私の言っている事がなかなか伝わらないどころか、
どちらかというと、敵意を向けられることもあります。
  
  
それでも、人間には「変化する可能性」があるから、
  
その可能性を信じて、
私はメッセージを伝え続けて来ました。
  
  
でも、どれだけ自分が頑張っても、
変わらない人は変わらないのです。
  
  
それを認めると、
 
「今までの自分の頑張りは何だったんだ?
 すべて無駄だったのか?」
 
って言う思いもよぎりますが、
  
それでも、事実は認めるべきです。
  
  
【 自分の認めたく無い「事実」を、素直に認める事 】こそが、
成長なのです。
  
「頑なに事実を認めようとしない」という事は、
現実逃避ですから。
  
  
これから「苦しい人生」に向かう人を見ると、
私は心が痛みます。
  
  
私には、その未来が明確に"映像で"観えるからです。
   
  
ドラえもんの道具に、
「タイムテレビ」という道具がありますが、
  
ヴィジョナリーな人(先見の明がある人)というのは、
タイムテレビが脳みその中に備わっているようなモノです。
  
  
タイムテレビで、
  
・成長して「ポジティブな人生」を歩む自分と、
・ラクな方へ逃げて「ネガティブな人生」を歩む自分と、
  
それぞれを比較したならば、
みんな成長を選ぶんじゃ無いかなと思います。
  
  
それぐらい、人間が感じうる苦しみは大きい。
  
  
私は修羅場を経験してきたから「絶望の味」がわかりますが、
  
修羅場を未だ経験していない人…、
特に「環境に甘やかされて育ってきた人」には、
  
きっと、それがわからないと思います。
  
  
だからこそ、先回りして教えてあげようとしてきた訳ですが、
 
頑なに知ろうとしない人には、私も教える事は出来ません。
  
  
結局、そういう人に対して私は無力で、
  
ただただ、その人の行く末を見送る事しか出来ない訳です。
  
  
誰だって、無力さは感じたくないでしょうが、
  
「無力さを感じる事」が成長の一環です。
  
  
それをわかっているから、
私は無力さを感じる事に抵抗しません。
   
  
ただ、「自分には何も出来ない」という事実を認め、
自分の無力さを受け入れます。
  
  
そうすると、過保護にしようという気が無くなります。
  
  
目の前の相手がもし「絶望の人生」に向かうとしても、
  
【本人の責任であり、本人の選択であり、本人の実力】だから、
仕方無いよねって、
    
そういう風に思えるようになります。
  
  
結局、周りから「救いの手」は差し伸べられているわけで、
  
それを掴まないのは「本人の責任、選択、実力」です。
  
  
そういう人に関しては、
「苦しみの人生、絶望の人生」を送る事になっても
     
仕方が無いなって思います。
  
  
これから、地球の波動上昇に伴い、
  
【 ポジティブとネガティブの二極化 】が益々進んでいきます。
  
  
ポジティブな人は、よりポジティブになっていきます。
   
私みたいに、「仕事」も「遊び」もどんどん充実していきます。
  
  
ネガティブな人は、よりネガティブになっていきます。
   
【 孤独、貧乏、病気 】などに襲われてていきます。
  
  
私の周りには、
  
「確実にポジティブな方向に向かっている」
という人もれば、
   
「ポジティブとネガティブの中間」を彷徨っていて、
どちらに転ぶかわからない様な人もいます。
  
  
でも、その中間の人も、 
【 どちらに向かうか選択しなければならない時期 】にいます。
  
  
もし、ネガティブな人生に向かおうとすれば、
  
それ以降、ポジティブな人生に戻れるチャンスはありません。
  
  
【 死ぬまでネガティブ確定 】です。
   
2017年〜2020年頃から、人生における大きな厄災が始まり、
  
孤独、罪悪感、被害者意識、貧乏、病気などで、
死ぬまで苦しみます。
  
  
これは、宗教家が使うような「根拠の無い脅し」では無く、
  
物理的にそうなるようになっているのです。
  
  
それは、外部から何かをされるという訳では無く、
  
「自分の無意識内に溜まっているネガティブ感情」が、
全て【 現実化 】してくるようになる結果です。
  
  
つまり、
  
自分の無意識内に残っているメンタルブロックの総量で、
以後、どれだけネガティブな人生が待っているか?
  
が、決まってくるのです。
  
  
メンタルブロック(恐怖)があまり無い人には、
楽しい人生が待っているし、
  
メンタルブロック(恐怖)をたくさん抱えている人は、
めっちゃ苦しい人生が待っています。
  
  
だから、今のうちから、
必死にメンタルブロックを外して置いた方が良いよ!
  
と言っている訳です。
  
  
特に、「他人の評価」が気になる人は、
孤独のメンタルブロックを持っている訳で、
  
それをそのままにしておくと、
そのうち、めちゃくちゃキツイ孤独感を味わう事になります。
  
  
私は、
 
・誰も自分の味方がいない
・自分には一人も味方がいない
  
という状況を味わったことがありますが、
  
自分の存在意義を疑いたくなる様な気持ちに襲われます。
  
  
「他人に好かれているから、自分には価値がある」
と思っている人は、
  
「本当は、誰も自分の事を大切に思ってないんだ…」
と感じたら、
  
「自分には存在する価値が無い」という気分になります。
  
  
【 自分には存在する価値が無い 】
  
ただ文章にして読んでみても、
それほど何とも思わないかもしれませんが、
 
これを実際に体感すると、
まさに【 絶望 】と呼ぶに相応しい心理状態でしょう。
  
  
「自分には存在する価値が無い、生きる価値が無い」と感じつつ、
生きていかなければならない苦しみが想像できますか?  
  
  
私は、他人に嫌われる事を受け入れ続けて来たので、
 
他人にどう思われようとも、たとえ味方がいなくても、
 
「自分には存在する価値がある」と思えるようになりました。
  
  
自分で自分の存在意義を認めているのです。
  
  
これが早く出来るようにならないと、未来ですごく苦しみますよ。
  
  
と言っても、私の話を素直に聞く人はごく少数でしょうけども。
  
  
私は、【 ポジティブ確定 】の人間ですから、
   
ネガティブな人生を歩む人とは、
自動的に縁が切れていくことになると思います。
  
  
別に、私の言葉を信じるも信じないも自由です。
  
  
ただ、ネガティブな人生に向かう人は、
  
・自分の人生を自己責任で生きていない(責任転嫁している)
・恐怖から逃げ続けている(保身しか考えていない)
  
ということは言えます。 
  
  
【自分の人生を自己責任と捉え、
 何が起こっても他人のせいにする事無く、
  
 自分自身に原因があると捉え、
 内面のネガティブ感情に立ち向かっていく】
  
  
これが、「ポジティブな人生を生きるための条件」です。
  
  
こういう風に生きていこうと思えない人には、
   
私はもう、お節介を焼くのを止めたいと思います。
  
  
来世以降も、
ずっと苦しみながら学んで行くのが相応しい魂なのです。
   
それが、紛れもない本人の選択ですからね。
  
  
私は苦しみたいという人の自由意志を尊重し、
無条件に愛したいと思います。


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