2015年09月19日

表現する事

先ほど、弟子たちに対して、
 
一部の弟子の書く文章は、
「ジャイアンリサイタルだ」と伝えました(笑)
   
  
【 ただの自己満足で、他人に価値を与えようとして書いていない 】
  
という事です。
  
  
「美しい音楽」は誰もが聴きたいですが、
「音痴な歌、不協和音」を延々聴かされても、不快なだけです。
  
  
私は歌をやっていましたから、
その時に、「聞き手がどう感じるかが大切だ!」
  
って事を、教わりました。
  
    
だからこそ、「表現する」って事に対しては、
それを受け取る人たちの目線に立って考えなければなりません。
  
  
いえ、商売も同じですね。
   
「自分はどう思うか?」ばかりの視点では、上手く行きません。
   
「お客さんがどう思うか?」が大切ですからね。
  
  
商売や仕事で上手くない人って言うのは、
  
「他人の目線に立てないから」じゃないかなと思います。
  
  
その【視野の狭さ、独り善がり、コミュニケーション能力の欠如】
が、根本的な問題です。
  
  
だって、全ての仕事は、
【 他人の役に立つ、他人に貢献する 】という事だからです。
  
  
ですから、私の定義では、
「ギャンブル」や「投機」は仕事のウチに入りません。
  
あれは、限られたパイの中での奪い合いですから。
  
  
ギャンブルには敗者が存在します。
  
  
でも、まっとうな仕事に敗者は存在しません。
  
価値に対して正当な対価を払うことは大切な責任ですが、
それでも、みなが利益を得るからです。
  
  
文章を書くと言うことは、
  
それを読んだ人が、学びになったり、喜んでくれたり、
そういう事の為に書くのです。
  
  
もちろん、結果的には、
一部の人が不快感を覚えるかも知れませんが、
   
全ての人に受け入れられる必要はありませんし、 
「他人の為に書く」という【 動機 】が、何よりも大切なのです。
  
  
私がブログを始めた動機は、
 
将来は本を書くような人物になりたいし、
その練習をしようと思って書き始めました。
  
だから、初めっから、
  
【 プロの作家ならどう書くか? 】
  
という視点で、常に書くようにしてきました。
  
  
今でこそ、「若い頃からすごいですね!」
と言われるかも知れませんが、
   
当時だったら、「若いくせに生意気だ!」とも思われたでしょう。
  
  
でも、私はずっと
他人に価値を与えようとして文章を書いてきましたし、
 
だからこそ、私の文章にお金を払う人もいるわけです。
   
   
私がもし、「他人に価値を与えよう」として書いていなかったら、
  
それもジャイアンリサイタルです。
   
   
【 音痴な歌を聞かされるなら、逆に迷惑料をもらいたい 】
   
って言われちゃうでしょう(笑)
   
   
才能とは、経験によって磨かれますから、
 
仕事の才能とは、「他人に価値を提供する習慣」によって、
磨かれるのです。
  
  
自己満足では、何も上達しないのです。
  
  
スポーツ選手だって、一流の人は、
「ファンに喜ばれよう」という動機で努力しているハズです。
  
  
「仕事での成功」とは、
  
【 他人に喜ばれる能力を磨き続けた人間 】にもたらされるのです。
   
   
自分の事しか見えていない人間に、仕事での成功はあり得ません。
  
  
もし、お金の奪い合いゲームで勝者になれたとしても、
  
それは不幸な金持ちって事になりますし、
  
今まではそれで通用してきたとしても、
これからやって来る社会では、それは通用しないのです。
  
  
だからやっぱり、愛の大きい人でないと、
 
まっとうに成功は出来ないのです。


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