2015年08月08日

「可能性」と「言葉の重み」

ここ数ヶ月、「他人と自分の思考」を比較してみて、
  
私にとっては「自然で当たり前の事」が、
他の人にとっての「自然、当たり前」では無いんだと、
   
  
【 どうやら、自分は特殊な人間なのだ… 】
  
という事に気付かされました。
  
  
私の信条のひとつに、
  
「人の可能性を信じる」という事があります。
   
  
「誰でも頑張れば夢を叶えられる!」
なんて言う風には言えませんし、
 
そこまで現実は甘くありませんが、
  
謙虚さと勇気を持って、正しい方向性で、努力と鍛錬を積み重ねれば、
「自分の望む結果は誰にでも出せる」と思っています。
  
  
ですから、私は「壮大なヴィジョンを語るような人」が好きです。
   
「大口を叩いて、自分の理想を語るような人」が好きです。
  
  
それは、実現可能だと思うからです。
  
  
私は、世界一になると言っていますが、これは本気です。
  
  
でも、他の大口を叩くような人を見ていても、
  
結局は口だけで、本気で一番を目指していないような人ばかりです。
  
  
「あなたは、一番になれるくらいに、
 人並み外れた様な事をやってるんですか?」
  
と言われて、【 即答でイエス! 】と答えられる人だけが、
本当に一番になれると思います。
  
  
私がもし、一番になれるくらいの事をやってるんですか?
  
と聞かれたら、胸を張ってイエス!と答えられます。
  
  
人並み外れた「苦しい試練(精神地獄)」を乗り越え、
人並み外れた量の「徳」を積み、
人並み外れた「集中力」で研究し、
人並み外れた「忍耐力」で人を育てています。
  
  
「どうあがいても他人には真似できないだろう!」
ってぐらいの基準でやっています。
  
  
私は、世界レベルで活躍している様な人を観察していますが、
 
自分とそういう人を比較したときに、
「勝てるくらいのことはやっているな」と自負しています。
  
  
だから、一番を獲れる自信があるのです。
  
そこに根拠があるのです。
  
  
しかし、大口を叩くような人の中で、
  
私の様に思考している人は稀で、
  
ほとんどの人は、
 
「なれたらいいな〜」というレベルで発言していて、
「絶対になる!」というレベルで発言していないのです。 
  
  
「もし一番を獲れなかったら、命を賭けて死ねるか?」
  
と聞かれても、私は命を賭けたって良いです。
  
  
もし人生を懸けて一番を獲れなかったら、死んだって良い。
  
  
それぐらいに、自分の目指している事に人生を懸けています。
  
  
でも、ほとんどの人は、命なんか賭けれないと思います。
  
それぐらいの事をやってないからです。
  
  
私は、
 
自分が発言した「約束」は守りますし、
守れない様な「約束」は初めから発言しません。
  
  
だから、私の言葉には「重み」があります。
  
  
しかし、大口だけ叩いて、実際にそれを成し遂げるために、
ストイックに努力をしていないというの人は、
  
自分自身にウソを付いていることになります。
  
  
自分にウソを付く人間が、本物の自信を持つことはできません。
  
  
自分にウソを付けば付くほど、自信を失っていくのです。
  
  
だから、自分の発言には慎重になった方が良いのです。
   
出来もしないことばかり語っていたら、単なるホラ吹きです。
  
  
出来もしないウソばかり付いていたら、
  
自分に対する自信も失いますし、周りからの信頼も失います。
  
  
それに、自分がウソつきだったら、
「他人の言う事」もウソだと疑って信じられない訳で、
  
ホラばかり吹いている人は、
本当は、他人の言う事など信じていないのです。
  
  
国本さんは、私の仕事に対する姿勢や生き様を見て、
「一度もウソを付かなかった、裏切らなかった」と言っていますが、
  
私は、自分に出来ると信じていましたし、
その通りに、言ったことを実現させてきました。
  
  
弟子を育てていても、
 
大口は叩くクセに、言行一致が出来ていない子もいますが、
そういう子が大成する事は絶対にありません。
  
  
自分の発言に責任を持っていないわけで、
そういう【 無責任な人間が、成功する訳は無い 】のです。
  
  
大成するには、強い責任感が必要です。
   
自ら積極的に重い責任を背負えば背負うほど、上に上がれるのです。
  
  
その責任を背負っていない人間は、成功しないのです。
   
   
まず、自分の発言に慎重になって、
  
・自分が言ったことは死んでも守る!
・守れない事は初めから言わない!
  
それが出来る様になることです。
  
  
その基礎が出来ていない人間が、大成する訳ありません。
   
  
【 言ったことが出来ない、自分との約束が守れない 】
   
この時点で、素質ゼロです。
  
  
まず、
 
・有言実行
・自分との約束を守る
・守れない事を軽々しく言わない
 
これが出来てこそ、成功する為の基盤が整うのです。
  
  
それが出来るまで、何をやっても無駄です。
  
  
軽々しく何でも口走る人間が、大成する訳は無いのです。
  
自分の発言に重みを持たせる人間が、大成するのです。
  
  
私は、自分が発言するときは、極めて慎重です。
  
おいそれと軽はずみな事は言えません。 
  
  
出来もしないことを口走って、
後で「自分の自信」と「他人の信頼」を失いたくないからです。
  
  
普通の人が誰かに「愛しています」と言うのと、
私が誰かに「愛しています」と言うのとでは、
  
同じ言葉でも、
その言葉に込められている" 重み "がまったく違います。
   
  
自分がウソばっかり付いている人は、
他人の発言も信じる事が出来ませんが、
    
私が発言するときは、
「嘘偽りのない言葉」を言うようにしていますから、
  
他人の発言もすんなりと信じてしまう所があります。
  
  
それで、他人の言葉を信じて行動した結果、
裏切られるような目にたくさん遭ってきました。
  
  
「俺はウソつかないのに、なんでみんなウソ付くの?」
   
「みんな言ってることがおかしいんじゃないの?」
   
って、思ってきましたが、
  
どちらかというと、私の方が特殊だったようです。
  
  
みんな、それほど「自分の発言」に責任も持っていないし、
それほど精神が強くも無いのです。
  
  
それがわかったから、
「他人の発言」をすんなり信じるのは止めにします。
    
  
これからは、他人の発言をすんなり信じるのでは無く、
  
【 本気かどうか? 自分の発言に責任を負っているかどうか? 】 
  
それを見極め、見定めさせてもらいます。
  
  
【 有言実行、言行一致 】
  
  
まずは、これが出来なきゃ、人として話になりません。
  
これを出来ない人間が、大成する訳は無いのです。
  
  
逆に言うと、
  
これが徹底できる人間は、充分な素質があるという事です。


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