2015年06月28日

自分で自分を認める

昨日、自分のネガティブ観念を探っていたのですが、
  
私は、自分の「仕事の能力」には、圧倒的な自信があるんです。
  
  
何故かっていうと、
他人と比較して、客観的に見て、
  
世界の著名人の中にも、
  
自分ほど「優れた結論」「優れた表現」に辿り着いている人は
見たことが無いからです。
  
  
私は、自分の「仕事の能力」に自信がありますし、
自分の事を天才だと思います。 
  
それが私のアイデンティティを支えていると言っても良いです。
  
  
もしどこぞの他人から、「アンタの主張は違うと思う!」
  
と否定されても、私は徹底的に考え抜いて結論を出しているので、
  
【私ぐらい徹底的に考えて抜いてから言って欲しいな。
 私の正しさがわからないのは、あなたの考えが浅いからだ。
  
 もっと経験を積んで、視野を広げたら、
 私の言っている事の正しさがわかるだろう。】
  
と、自信満々で切り返す事ができます。
  
  
しかし、「人間性」という領域になると、
  
【仕事ほどの自信が持てていない】という事に気付きました。
  
  
私は、自分の意見に圧倒的自信があるにも関わらず、
 
・「他人に理解して欲しい」
・「誤解されたくない」
 
と思っていました。
  
  
自分のメッセージ(真意)が他人に誤解されて、
ネガティブに捉えられると、
  
被害者意識を持ったり、罪悪感を持っていました。
  
  
なんでかなぁ?と考えてみると、
 
「他人に喜んで欲しい」と思っていて、
「他人に喜ばれないと意味(価値)が無い」と思い込んでいました。
  
  
【 他人の感情を満たせるかどうか? 】
  
と言うことに、とても執着をしていました。
  
  
他人を喜ばせる事によって、自己重要感を満たしていたので、
他人がネガティブな反応をすると、被害者意識と罪悪感を感じていました。
  
  
これまで、
「自分の良さがわかる人、自分の良さを見抜ける人」と出会いたい…
  
ずっとそう思っていました。
  
  
そういう人が、
 
「仕事のプロとしての自信」では無く、
「一人の人間としての自信」を強めてくれる人だからです。
   
   
でも、「自分の良さ」が見抜ける人には、なかなか出会いません(笑)
  
 
誰も「自分の良さ」を理解してくれない…。
  
だから、ずっと孤独でした。
  
  
まるで、「白馬の王子(自分を迎えに来てくれる相手)」
を待っているプリンセスの様です(笑)
    
  
私は、仕事の領域では、
世界中の人から「お前は間違っている!」と言われても、
  
【私の言うことは正しい! 私は天才だ!】と、主張出来ます。
  
他人の評価に依存せず、自分で自分を評価できます。
  
  
でも、人間性の領域では、そこまでの自信が持てず、
「お前は悪い人間だ!」と言われたら、
  
【うーん、そうかもしれない…。】と思ってしまっていました。
  
  
なぜなら、私は他人に「ネガティブ感情」を感じさせるからです。
  
  
・他人にポジティブ感情を与える → 人として価値がある
・他人にネガティブ感情を与える → 人として価値がない
  
という観念を持っている限り、
私は「人間としての自分」に自信が持てない訳です(笑)
  
  
でも、よくよく考えてみると、
 
私は、ポジティブな動機を持って、ポジティブな行いをしている訳です。
 
それを他人が勝手に誤解して、ネガティブな反応をしたとしても、
私が悪い人間か? と言われると、そうじゃない。
  
  
だから、私は「自分の良さを完全に理解してくれる人間」が現れるのを
待つのは止めて、
  
仕事の領域の様に、【まず自分で自分の事を認めよう】と思いました。
  
  
仕事の領域の様に、
 
冷静に考え、客観的に見て、他人と比較しても、
  
私ほど「愛の深い人間」はいないと思います。
私ほど「他人を想い、他人を愛している人間」はいないと思います。
私ほど「他人の為に全力で尽くせる人間」はいないと思います。
私ほど「他人に無条件の愛を注げる人間」はいないと思います。
私ほど「他人を幸せにできる人間」はいないと思います。
私ほど「他人の人生を深く考えられる人間」はいないと思います。
 
私ほど「自分がどれほど苦しくても、他人の幸せを優先して考えられる人間」
    はいないと思います。
  
   
だから、他人に理解されなくても、誤解されても、
  
私はポジティブな動機でポジティブな行いをしている、良い人間です。
  
  
世界中の人たちから、「お前は悪い人間だ!」と言われても、
  
・私ほど「良いヤツ」はいない!
・私ほど「良い男」はいない!
・私の良さがわからないのは、君たちが精神的に未熟だからだ!
  
そんな風に跳ね返したいと思います。
  
  
私の(人としての)良さを理解できなくても良い、誤解しても良い。
  
そんな事で、私の価値は変わらない。
  
私が良い人間であるという事実は揺るがない。
  
  
私の良さを理解できない人間の方が未熟であって、
  
そんな人たちの「評価」や「感情」に振り回される必要は無いんだ。
  
  
そういう風に思えるようになりました。
   
  
私は、たとえお客さんが喜んでくれなくても、
「自分が良い仕事をした!」と思えば、自分の仕事に満足できます。
  
自分で自分を評価しているからです。
  
  
でも、プライベートの領域になると、
どれだけ自分が相手の事を考え、尽くしても、
  
相手が喜んでくれなかったり、相手が不快感を感じると、
罪悪感を感じていました。
  
他人の評価に依存している訳です。
  
  
でも、それはもう「止め」です。
  
  
プライベートの領域でも、
  
私は他人の幸せを願い、他人の為に
自分が出来る全力を尽くしている事には変わりありません。
  
  
仕事に対する姿勢と同じです。
  
  
だから、他人の評価や感情に振り回されるのでは無く、
まず、自分で自分を認めます。
  
  
【 自分は良い人間。 自分は良い男。】
 
それは、誰がなんと言おうと変わらない。
  
  
自分の良さを他人に理解してもらって、
他人に評価してもらおう、他人に認めてもらおうと思うのでは無く、
  
まずは、自分で自分を認める。 自分で自分を評価する。
  
  
いくら他人に喜ばれなくても、他人がネガティブな反応をしても、
 
私はポジティブな動機を持ち、ポジティブな行いをしている以上、
良い人間、良い男なのです。
  
  
それがわからないのは、相手の方が精神的に未熟だからです。
  
  
そう思うと、
  
自分が少し無理をしてでも、
相手に喜ばれようとしていた事に気付きました。
  
  
もうそんな事をしなくても良くなったので、
今までそこに割いていたエネルギーが浮きましたね(笑)
  
  
自分を認めるために、
無理して他人を喜ばせる必要がなくなりました。
  
  
ただ、私の近くにい続けると、その人は絶対に幸せになります。
  
  
もちろん、私と付き合っていく事によって、
時には「ネガティブ感情」も沸くでしょう。
  
      
でも、それは「波動が高まった影響」で
【精神のデトックス】が起きている訳で、
   
私のせいでは無く、仕方が無い事です。
  
  
そのネガティブ感情を乗り越えてでも幸せになりたいという人は、
私の近くにいたら、必ず幸せになります。
  
  
仕事のプロとしてでは無く、
一人の人間、一人の男としてでも、そう思います。
  
  
私は、他人にポジティブな感情だけを与える人間にはなれません。
  
宇宙の法則的に、それは不可能です。
  
  
でも、私が「良い人間」である事には変わりありません。
  
  
私は、自分がどれほどポジティブな動機で行動しても、
まったく他人に理解されてこなかったから、
  
「自分で自分は善いことをしているんだ!」と、
  
自分で自分を褒め、自分で自分を励まし、
自分で自分を勇気付けて生きてくるしかありませんでした。
  
  
言い換えれば、他人に期待するのを諦めてきた訳です(笑)
  
  
でも、結果的に見れば、それがポジティブな姿勢というモノです。
  
  
またひとつ、他人に期待するのを諦めて、
  
精神的依存を脱却し、精神的に自立できました。


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